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09:00


目当てのモノはやはり寝室にあったが、充電ケーブルは外されていた。
おそらく充電完了を確認してケーブルを抜き取ってくれたのであろう花京院に心の中で礼を言って(どちらにしろ今は伝えられない、どちらにしてもだ)、しかし「やってくれたな」と内心苦笑しながら端末を仰ぎ見る。

花京院のものと同じ薄型のそれは、ベッドの上でも、もちろん床に転がっているのでもなく、小さなチェストの上に置かれていた。
小さな、と言ってもそれは普段の俺にとってであって、今は精一杯顎を反らさなければ天辺が視界に入らない。
そうして見上げた木製の天板から、ちらりとはみ出して見えるのが目的の物だった。

高さに問題はない。見た目にも記憶にも、先ほどのダイニングテーブルより数センチ高い程度のはず。
問題は、飛び乗るスペースが無い、ということだ。
この木製のローチェストは、この部屋を借りて間もない頃に花京院とふたりで訪れた家具屋で、あいつが一目惚れして衝動買いしたものだ。以来、意外と財布の紐の緩みやすい花京院の、気に入りの写真立てや置物やなんかがあいつなりのこだわりの配列で並べられるようになった。
いわば、花京院のテリトリーだ。

本物の猫であれば、あるいは何も動かしたり倒したりすることなくあそこへ飛び乗り、そして降りてくることが可能なのかもしれない。
だが俺はまだ猫歴10時間にも満たない猫初心者なのだ。いや初心猫なのだ。

そっと後足で立ち上がり、前板に前足をついて直立の適わない身体を支える。
めいっぱい腕を伸ばしても届かないことを確認して、俺はウォールナットのそこから前足を離した。

(…叩き落す、…いや、)

引き出しに足をかけてよじ登るのはどうだろう。
もう一度前板に手を伸ばす。が、そこでひとつの危険要因に気がついた。
爪だ。
俺はもさもさとした自分の手を見つめた。肘の稼動域の違いから真っ直ぐに手のひらを見ることは難しいが、湾曲した細く鋭い鍵爪と弾力のある肉球は確認できる。
しばらくその手をくわっ、と開いたり、ぐぅッ、と握りこんだりさせてから、俺は意を決してなるべく垂直に飛び上がった。

かくして、薄型の割に重さのあるそれは見事一切の空気抵抗を感じさせずに、俺の頭頂部を経てカーペットに着地したのだった。




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