その夜、あたしはカキョウインさんの病室を探し当てた。医者も患者も、もちろん見舞い客もいない廊下を静かに進み、そこへと辿り着いたころにはあたしはうっすらと汗をかいていた。 どうやら個室らしいことを確認し、意を決して、扉を開ける。 とうに消灯時間を迎えた室内は真っ暗で、閉め損ねたカーテンの隙間からの、月明かりだけが頼りの視界だった。 そのなかに。 (―――っ、) ベッドの上、真っ白なシーツに包まれたその姿をみて、ぎくり、と心臓が跳ねる。 …ああ、あの目が、見えない。眠っているからじゃあない。シーツと同じ白さで、幾重にも覆われているからだ。ジョウタロウを見つめていた、あの目が。 観光旅行なんかじゃないことは勿論わかっていた、何か目的があっての旅だって。(確か初めて逢ったころに娘のためだと、ジョースターさんが、) 何度も危ない目に遭った。いつもみんなが何とかしてくれたから、あたしは喉元を過ぎればただ、スリリングな体験ができたとしか思っていなかった。だけど。 (…いや、…いやよ、) 本当はあたしなんか構っている場合じゃなくて、本当はいつでも、こういう事態が隣り合わせで。 ああだから、あんな、 あんな目が、できるんだ。 思い出して、あたしの心臓はまたぎくりと引きつった。 そうよ、思い出すだけでこんなにも痛い、なんて切実な視線だっただろう。 (…おねがい、おねがいよ。あたし、もう終わりにするから) カキョウインさん、 (いかないで。) 祈りを込めて、あたしは清潔な白にくちづけた。 思い出すのは、あの日みた泣き顔みたいな微笑み。 やわらかそうな赤毛と、しろい肌、ただひとりを見つめるあの目。 その視線を見つめ返す、強い緑の瞳。 それはなにも知らなかった少女のころの、初恋の記憶。 (2009/11/10) (2011/04/01) 同タイトルの歌をイメージして 書いたはずだったんですけど… 何かずれました。 それっぽい雰囲気を感じていただければ 幸いです。 |