風の音が部屋に響く。
静まり返った室内。後悔なんか、しない、してない。
叶わなくても、伝えた。届かなくても、シズちゃんの心に多少なりとは痕を残せたと信じてみる。


止まらない涙は、相変わらず俺の頬を濡らす。
ぽたり、と落ちたそれはシズちゃんの頬も濡らした。


「.....はは、馬鹿みたい。」

「....」

「...笑いなよ、.....笑ってよ、ねぇ....」

「....臨也、」


ごめん、とシズちゃんは言った。優しくて、穏やかな声で。
それは拒絶だった。悲しくない、と言ったら嘘になる。でも、返事がないよりかはましだった。


「あ〜ぁ、終わっちゃったね。」

「....」

「 俺が特定の人を愛すのは珍しいことなのにね。」

「わりぃ...。」

「....冗談だよ、馬鹿。」


一度、きつく瞼を閉じて顔をあげた。
これ以上シズちゃんの前で泣くのは、癪に障る。握り締めていたナイフの破片で傷つかないと分かっていながらもシズちゃんの腹を刺してみた。
案の定、傷つかない肌。少し、かなしかった。でも笑顔を浮かべた。


「....何やってんだよ。」

「はは、本当にどうなってるんだろうねシズちゃんの体...」

「黙れ........手、大丈夫か?」


シズちゃんはきっと俺の作り笑いに気づいてる。でも、何にも言わないのは優しさだ。
あっさりとナイフの破片を奪われて、指先で粉々にされる。
シズちゃんに言われて、俺は自分の掌を見た。シズちゃんと違って、ナイフで簡単に傷つく肌。
破片は深く俺の掌を抉っていた。が、不思議と痛みはなかった。


「うん、大丈夫。」

「....なわけねぇよな、ほら手、出せ。」

「うるさいな、黙ってよシズちゃん。今何時だと思ってんの?」

「.....手前本当口だけは一人前だな。」

「....どういう意味かな?」

「いいから、手かせ。」


ぐい、と強く手を引かれる。俺の赤に染まった手を見て、シズちゃんは眉間にしわを寄せた。
血はとっくに止まっているのだからそれほど深い傷じゃないというのに。
顔を歪めるシズちゃんに思わず笑みがこぼれた。


「これ、新羅に見せた方がいいんじゃ...何笑ってやがる...」

「別に...大丈夫、ほっとけば勝手に塞がるよ。」

「....とりあえず、これでいいか...明日一応新羅に見せろよ...」


びり、という音が響いてシズちゃんの服のそでがやぶける。呆然とする俺をよそにシズちゃんはてきぱきとそれを俺の手にまきつけた。
布が巻きつけられた手を開いて、閉じて...そんなことをしていた俺をシズちゃんは布団の上へと投げた。


「もう寝ろ。明日どうせはやいんだろ。」

「....ねぇ、シズちゃん。」

「あぁ?」

「アイラブユ−」

「....は?」

「....帝人くん、シズちゃんのこと好きだから、大丈夫だよ...」

「....」

「それじゃ、おやすみ。」

「...おう...」


シズちゃんがくちを開く前に俺は布団を頭からかぶった。
好きだよ、好き。だから、アイラブユー。
『わたししんでもかまわない』なんて、馬鹿げてるかな。

でも、シズちゃんが帝人くんと幸せになれるのなら、君を愛す俺は死んでも構わないよ。

シズちゃんが布団に入る気配を感じながら、俺は小さく笑った。




「......馬鹿だな、手前は...」


翌朝、目が覚めると部屋の中の荷物がかすかに減っていた。臨也の身の回りのものだけがない。
机の上にあったのは、綺麗な字で書かれた手紙が、ひとつだけ。

残りの荷物は、そのうち取りに帰ってくるかもしれないからそのままにしておいて。
それじゃぁ帝人くんによろしく。

おそらく、新羅のところにでもいったのだろう。
どっちにしろ、あいつはここに戻ってはこない。もう二度と。

ぐしゃりと、手の中の手紙をつぶした。


少し広くなった部屋を見渡して、空虚感に見舞われる。
心のどこかに穴があいたような、そんな感覚。


「ご飯できましたよ〜!」


帝人の明るい声が朝の空気を震わせた。
その声に、俺は頭を振って、階段を下りた。


*******
シズちゃんはこれから帝人くんを愛せば愛すほど違和感を感じていくのです。
何かが違う、何が違う?
答えは、目の前にあるのに、気づかずに、永遠に迷い続ける。
臨也さんは一応シズちゃんを思っての行動なんですけどね←


 


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