『シズ....ちゃん....?』


驚きのあまり不意に口から放たれた言葉はきちんと音になったかはわからなかったが、まだ自分の中に響くので多分シズちゃんに聞こえた、と思う。
なにやってるんだい、こんな所で。ついにクビになったの?と悪態をついてみるものの涙は俺の言うことを聞かずシズちゃんのシャツを濡らした。


『.........臨也、』


俺を抱きしめたまま停止している平和島静雄は先刻から俺の名前しか口にしない。何?と聞き返したところで返ってくるのは沈黙のみで。また涙が溢れて、迷子の子供みたいに声をあげて泣いた。
シズちゃんがここにいる、という実に頭がついていけない状況で、逆に俺はあぁ、新羅の奴めと呑気なことをおもった。

あいつは昔から変な奴だ。
運び屋が〜、とか言って怪我してる俺を追い返したかと思いきや医療道具をもって突如やってきて結局怪我の治療して。
やっぱりあの時新羅にはなにも言うべきじゃなかったかな、と思いつつ実はよかったかななんて思ったりして。
久しぶりに触れた人の体温は俺の涙腺をあっさりと崩壊させた。


シズちゃんは子どものように泣きわめく俺を殴るでもなくただ、大きな手で頭を撫ぜた。
その手は優しくて、暖かくて。人にこういう風に触れられることなんていつぶりだっけ、と考えを巡らせていると不意にシズちゃんが言葉を紡いだ。



『.....悪ぃ、お前がこんなんになってるなんてしらなくて、』

『......?』

『.....忘れてたのかもしんねぇな。お前が俺の攻撃をひょいひょい避けるもんだから、その』

『......あぁ、そういうこと。そりゃ俺は人間だからバケモノの君と違って体は脆いよ。』


俺のその言葉にシズちゃんの体が揺れる。離れて行きそうになるその体温を、逃がすまいと俺はシズちゃんの首に手を伸ばした。
そしてそのままの勢いで、シズちゃんの唇を塞いだ。


『......謝んないでよ、君が悪いわけじゃない。自業自得だと思わないかい?俺は日ごろの行いが悪いからね。罰が当たったとでも思えばい』

『臨也!!』

『ん......ふ.......』


いきなり叫んだかと思えば、そのまま手首を掴まれて床に押し倒されてキスされて。あぁ、なにこの体制。とはぐらかしてみようとして、やめた。
シズちゃんのまっすぐな目、に。薄い膜ができていた。何バケモノが泣いてるんだよ。
しばらくみない内にシズちゃん、おかしくなった?ほら、良く見て。目の前に居るのが俺だってわかってる?
まず第一に俺がキス、したんだから普通そこは殴るのが正論でしょ。何キスしてんの?


と、心のなかでぐちぐちと言ってみたけど。思えば思うほど、泣きたくなった。



『臨也、好きだ。』

『.......、何言って....』

『臨也、好きだ...........。こんなことになって初めて気づく、なんてな。』

『.......馬鹿。』


一旦止まった、と思っていた涙が俺の視界を歪ませる。どれだけ頭を働かせたって、シズちゃん、しか言葉が出てこなくて。
何度も、何度も名前を呼んだ。


普段ならうざい、と一言で切る捨てられるのに。目の前に居る平和島静雄はただ無言で俺を抱きしめた。










『......なぁ、臨也。今どのくらい聞こえてんだ?』

『ん?耳元で話してくれればまだ聞こえる.......よ』

『.....まだ、って....』


あのまま泣き疲れてぐったりした俺をシズちゃんはそっとベットへと下した。シズちゃんの服の袖を掴めば、少し笑ってシズちゃんも俺の隣に横になった。
俺の体を抱き寄せてシズちゃんは複雑な表情を浮かべた。


『多分もうすぐ........』

『.......』

『もうすぐ、聞こえなくなると思うんだ。........そうなったら、俺どうなるのかな....、なんてね』

『......怖い、か?』


シズちゃんの大きな手が俺を頬を包む。その体温が、暖かくて優しくて。俺は思わず笑みを浮かべた。


『怖くはないよ。__________』

『..........馬鹿だな。』

『そうかい?』

『あ、そう言えば.......お前の秘書からの伝言。晩飯なにがいいかって』


シズちゃんの手と俺の手を絡ませて遊んでいると、不意にシズちゃんが思い出したように呟いた。
そういえば波江に何も言わず出てきたなぁ、なんて思って。

『......鍋』

『.......お前まだ根に持ってんのかよ。』

『.....シズちゃん知ってたの?』

『あぁ、新羅が..........。鍋、いいな。最近寒ぃし。』

『....寒いとかそういう感覚あるの?』


笑いながらメールを打つ俺を、今日はじめてシズちゃんが叩いた。
そのまま、シズちゃんの唇が降ってきて。このまま、生きていければいいのにと、思った。






ふと、目が覚めた。隣で眠っているシズちゃんと俺の手は繋がれたままで。その光景に思わず笑みがこぼれた。
時計を見てみればもう9時で、あどけない顔をして眠ってるシズちゃんをまだ見ていたい気持ちはあるけど、仕方ないかと肩に手を掛けた。


『          』


体の奥底で、何かが崩れる音がした。
シズちゃん、起きて。と言った、つもりだった。けど、それは俺自身にすら響かなくて。
ついに来たかとどこかで冷静な自分が呟いた。でも、途端にすごく怖くなって........。


ガタガタと震える体を抱きしめた。怖い、怖い怖い怖い怖いこわ、い_...
シズちゃん!と叫んだ。ちゃんと叫べたんだと思う。シズちゃんが驚いたように、起きて。

一瞬大きく目を開いたがすぐに理解した、ようで。苦笑いのような表情を浮かべながら、俺の涙を舌でぬぐった。



( だ い じ ょ う ぶ か )


シズちゃんの唇がそう言葉をつくる。ゆっくりと、シズちゃんが俺を抱きしめる。その体温にゆっくりと震えがおさまっていく。
もう大丈夫、と笑って見せた。あぁ、そうだ、大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

1人で、この無音の闇に放り込まれるのは耐えきれないけど、シズちゃんが居てくれる。
だから、大丈夫だと。


( い ざ や ? )


不思議そうに首をかしげるシズちゃんの手をとった。暖かいその手を頬にあて、呟いた。
大好きだよ、と。だから、そんな泣きそうな顔しないでよ、シズちゃん。
俺がこうなったの、自分のせいだとか思ってるんでしょう、君は。


俺より泣きそうな顔をしているシズちゃんの唇を塞いだ。そして昨日と同じことを口にしてみた。
シズちゃんが居てくれるなら怖くないよ、と。
俺のその言葉に、シズちゃんが優しく笑う。そして、そのまま俺の頭を撫ぜて______



庶幾ハクハ、我ガ罪ヲ赦セ
どうか、私の罪を許して下さい






fin


 


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