王女様と文化祭:Page.02
「ジェラルドー、こっちこっちー!」
校舎の壁際で輝く、正しく天使の笑み。荒みかけていた心に栗髪が優しく揺れていた。彼女に呆れていたのも馬鹿らしくなる程。
先にエルナの元へと向かっていたウェルシュの両手には、オレンジのストライプがあしらわれた紙コップが二つ。何か買ったな、あいつ。
「もう、何やってたの? 誰かと話してたみたいだけど」
「別に。何でもない」
それより何を買ったんだ。護衛が尋ねると瞳をこれでもかというほど輝かせ、王女は如何に手元のフライドポテトが美味しいかを語る。
一つ食べなさい、そう言われて小さな一本を食すと、カリカリになった外側、じゃがいもらしい中のほくほく感に、じんわりと塩味が染み込む。
ね、美味しいでしょ? 身を乗り出して嬉しそうな表情に、そうだなと短く返す。思わず口角が上がったのを、二人は見逃さなかった。
「あら、珍しいわね。あんたが笑うなんて」
普段からもっと笑顔を振り撒けば良いのに。勿体ないわ。
すっかり何時もの生真面目な顔に戻った護衛に、王女が諭す。
「俺が笑ったって、誰も喜ばないだろ」
「何でそんな事言うのよ。少なくとも私達は嬉しいわ、ねえウェルシュ」
そう言って医者の卵に同意を求める。ウェルシュが一も二もなく賛同すると、ほら! と胸を張る。全く、何て押しの強い。
空になった紙コップを丸めて近くのゴミ箱へ捨てた後、一同は再び歩き出した。
「折角だから、この校舎の中も見てみたいわね。入れるの?」
「ええと……校舎は開放されてませんよ」
ウェルシュの申し訳なさ気な報告に、残念だと露骨に落ち込むエルナ。仕方ない、演武でも見に行こう。気を改めて進む。
「体育館なら、この校舎に沿って歩いた先です」
機嫌を取り直し、意気揚々と先を行く王女。それに付き従う二人の青年。
あちこちで行われている催しを気にかけながら、目当ての演武会会場である体育館を目指す。
その途中、ふと彼等の視界に数人の少女が映り、ジェラルドが彼女達の上空にある異変に気付いた頃。
「危ない!」
王女はもう傍におらず、焦りを残して彼女等へ突進。そして――
「きゃっ!」
ばしゃん。ガタン。喧騒に埋もれた中で、その音は厭にはっきりと耳に入った。
「大丈夫?」
バケツを被りずぶ濡れになったエルナが、無事を問う。何が起こったか理解していない少女達は揃ってその存在に目を白黒させた。
「あ、の……お、王女、様、です、よ、ね……?」
俄に信じ難い、と訴えてくる六つの瞳に、エルナは静かに頷いた。ええ、そうよ。と事もなげに。
「エルナ様! ご無事ですか!」
ウェルシュが必死の形相でバケツを払い除け、上着を脱いで被せる。続いてジェラルドも同じようにする。そして、上空を睨みつけた。
「ウェルシュ、エルナを頼む。急いで城に戻れ」
「……解った。気をつけて」
何が“解った”のか、何が“気をつけて”なのか。二人の中で勝手に会話が完結され、こちらには知らされない。そのまま護衛は校舎へと姿を消した。入ってはいけないと言っていたのに。
「さあ、早く帰りましょう」
「え、あ、うん……」
走って行ってしまった彼の方向を見つめ、エルナは予定より早い帰路についた。