王女様と文化祭:Page.01
「文化祭のお知らせだって。何これ」
「こら返せ。勝手に見るんじゃない」
アリーヌが三時のおやつと一緒に持ってきた白い封筒を拾い上げ、エルナはその中身を確認する。といっても宛名は護衛のものであり、あっさりと封筒ごと取られてしまった。
「何で? 見せちゃいけないものなの?」
王女がむう、と頬を膨らませて尋ねると、そういう訳じゃないとの返事。なら良いじゃないかと詰め寄ると観念したらしく、ぶっきらぼうに便箋が手渡された。
「へえ、学校ってこんなイベントがあるのね」
何とも国のお姫様らしい事を呟いて、しみじみと文字を見つめ。
大怪我は、あれから2ヶ月が経とうとした今、完治に近付いており、すっかり以前の元気が戻っている。
だが王は未だに彼女の外出を許さない。王宮のこの階から出ない、文字通り引き籠りのような生活を命じている。
「良いなあ……行くのよね、ジェラルド」
「無理だ。こんな理由で仕事をサボれるか」
仕事、なんて冷たい。子供じみた膨れっ面で抗議する目に、護衛は真白の便箋を取り上げた。
じゃあ何て言えば良いんだ。などと反論はしない護衛。手紙をしまいながら、代わりに吐息を零す。
「……行きたい」
「は?」
今、出来れば聞きたくない単語が飛び出した気がする。アリーヌが嗚呼、と天を仰いだ。
「私、その文化祭って所に行ってみたい!」
爛々と輝く琥珀が透き通り、こちらを射抜く。此処で護衛も予感を確実にした。
「駄目だ。陛下が許可を出すと思うか」
「でも楽しそうじゃない」
尤もな答えを返すが、諦めきれない様子。言い出したら折れない瞳は、意地でもこのイベントに参加したいらしい。
「なら俺じゃなくてまず陛下に」
「解ったわ、行ってくる!」
「おい待て!」
王の執務室はこの階上だ。フロアを出るなという堅い言い付けを破るのか。
――小言は一つとして届かなかった。もう姿が見えない。
「ったく、あいつ……!」
護衛が追い付いた頃には、エルナはしっかり外出権を獲得していたのである。
*************
車を飛び降り、王女は聳える建物を見上げた。
武医術専門学院。何とも歴史のありそうな格調の石版が空間の名を知らせる。既に人でごった返していた。
「うわあ、凄い!」
早くも彼女の挙動は浮き足立っている。
まさかこんな形で母校に訪れるとは。そう呆れているのは護衛だけで、念の為にと付いてきたウェルシュは素直に懐かしんでいた。
「卒業以来だね。教授方もいらっしゃるかな」
胃がキリキリと、何故痛むのか。王女に振り回されるのは慣れた筈なのに。
「二人共ー、早くー」
無邪気な呼びかけに渋々歩き出す。
この踏み入った先に嫌な予感。気が進まない。宜しくない日々の残像が見えそうだ。頼むから何事も起こらないでくれ。
先へと向かったウェルシュの存在に胸を撫で下ろし、ジェラルドは渋い表情で喧騒に突っ込んだ。
*************
校庭には出店が溢れ、体育館では演武会が開かれ。王宮にはない賑やかさはどれも新鮮だった。
おまけに自分の正体は余りバレていない模様。デザートから軽食まで、値踏みするのも楽しい。
まるで子供だ。と護衛は評した。
「元気がないね、ジェラルド」
胃薬飲む? と鞄から取り出されたそれを丁重に断り、彼女を見張る。その一挙一動を目で追う最中。
「あれえ? 何でお前が此処にいるんだ」
何処かで聞いたような声。そんな奴もいたなと、記憶の彼方に追いやっていた存在。
「やっぱお前じゃねえか。首席の天才」
どうしてこうも自分は色々と突っかかられるのだろう。学院を首席で卒業したのは努力の賜物であって、天才だからじゃない。
「待てよ」
隣のウェルシュの存在など無視するように、彼等――かつてのクラスメイトであり、ジェラルドに特に敵対心を抱いていた3人組――は離れようとする背に毒づいた。
「お前、王宮で働いてるんだってなあ? しかも王女の護衛とか、さっすが」
「で、何でそんな天才がこんな所にいる訳? もしやクビにでもなったか?」
こちらが口を開かないのを良い事に、好き放題喋り、嘲る。嗚呼、鬱陶しい。
ひとしきり笑った三人はいいザマだと吐き捨てて消えた。何がしたかったのか甚だ謎である。