王女様と誘拐事件:Page.03
犯人は捕らえられ、少女は無傷で解放された。そして、その代償は城中に大きく圧し掛かった。
「――何?」
王の私室に出向いたジェラルドは、“護衛を辞める”と輝きのない瞳で進言した。王が頓狂な声で訝しがっても、彼は何も返さず。
左腕と肩を負傷したエルナは城に帰るとすぐに医務室へと担ぎ込まれ、処置を終えた今も眠っている。
辞めるなら、今のうちだ。ジェラルドはエルナを見舞う事無く、此処へと一直線にやって来た。
「確かに、主人があんな事になっては護衛であるお前への非難は必ず起こるだろう」
王は納得しかねていた。
エルナにみすみすと守られたジェラルドにも責任はあるが、護衛を庇うという無茶な行動をしたエルナにだって責任がない訳ではないだろう。
一方的に片方を責め切れない。どちらにも非はあるのだ。
「陛下、俺とあいつを対等に見ないで下さい。立場が違う」
決めあぐねている王の心情を読み取ったのか、ジェラルドは即決を促す。
「俺はただの護衛、甘んじている訳にはいかない。留まってはあいつの名に傷が付きます」
罪悪感を抱えたまま王宮にいたくはない。幸い、今ならまだ決心は揺らがない。
「お前や他の者達はそれで解決するだろう。だが、重要なのは主であるエルナがどう思うかだ」
「……陛下は、あいつに甘過ぎます」
顎を抱える王に痺れを切らしたジェラルドが、焦燥感溢れる声音で呟く。
「彼女の意見を尊重すべきと考えているからだ。私はただの雇い主であって、お前の直接の主ではない。相談するなら、エルナの元へ」
「それでは駄目だ」
王の言葉を遮り、ジェラルドは声を尖らせた。誰に対する憤りなのか、王にはすぐ判断がついた。
「そう自身を責めるな」
「じゃあどうすれば!」
何があってもポーカーフェイスを貫くジェラルドが、この時ばかりは不思議と年相応に見えた。彼も、心の奥底では悩んでいるのだろう。本人は気付いていないようだが。
「貴方が辞めろと言えば、あいつだって受け入れる筈だ。なのに!」
「落ち着け」
「無理です!」
王はジェラルドの本心を暴くように、穏やかに接する。それがジェラルドを困らせると知っていて。
「……とにかく、俺は護衛を辞めます」
冷静さを取り戻したのか、ジェラルドは塞いだ表情で急いで言った。王は返答しない。それどころか、視線をこちらに寄越さない。
こちらを無視するように遠くを見る王の目線を辿って振り返ると、アリ―ヌに付き添われながら愕然とこちらを見つめるエルナがいた。
瞠目した彼女が無言で走り去っていく姿にピクリと神経が反応したが、はっとして動きを止める。
「どうした、追わないのか?」
王の一言にアリ―ヌがその場を離れるとまたガタンと音がして、今度は支えられていた扉が閉まった。それでも護衛は動かない。
「お前は? ジェラルド」
誘うように王が問う。硬く結ばれた口元が、ゆっくりと開かれる。
「俺に、そんな資格は……」
“ない”と言いかけて、ジェラルドは噤んだ。喉へと言葉を押し返してしまった。
主である彼女に、せめて別れの一言でも残すべきだろうか。ならば、有難うと感謝すればいいのか、すまないと謝辞を述べればいいのか。
「…………っ」
分からない。ただ一言、簡単な挨拶をして出て行くだけだ。なのに、今会ってしまうと踏ん切りがつかなくなりそうで怖い。
意見を仰ごうと、伏せていた目を開き、王を見遣る。その無言の問い掛けに王が穏やかな顔つきで行ってこいと諭すと、刹那の逡巡の後、迷う思考回路に渇を入れるように頭を振って、彼女の後を追った。
「全く、気難しい奴だな。ジェラルドは……」
苦笑して独りごち、王は止めていた仕事の続きに手を掛けた。