第三十二話

――――小夜視点


初めて……私は、彼に告白をした。
マダラを失いたくない、その思いで一杯になり、私は今までの思いを彼にぶつけた。
このまま彼を失いたくなかった。愛しい人を危険な道に進ませたくない。私の力で、彼を止めたい……




……すると、マダラは襖の前で立ち止まり、ゆっくりと私の元に歩み寄った。
私は顔を上げてマダラの顔を見てみると、彼の目は…虚ろで……とても冷たい目をしていた。
戦に明け暮れ、沢山の人々を殺めた成れの果ての姿のように思えた。そんなマダラの姿を見ると、自然に涙を流してしまう。


「……マダラ…」


マダラは目の前で立ち止まると、私の目を見つめていた。
私は彼の手に、そっと触れようとすると、いきなりマダラが私の着物の襟を乱暴に掴み、顔を近付けた。



「……オレを愛しているだと? 笑わせるな。イズナが死んで、他に男が居なくなったからか? オレをたぶらかすのも、いい加減にするんだな」


「私は…そんな意味で言ったんじゃないわ! 本当に貴方を愛しているのよ!」


「……フッ、お前も変わったな。男を誘う術を身に付けるとはな。」


「何を言ってるのよ!? マダラ、私は貴方を…」



マダラは私の言うことに一切耳を貸さなかった。何度も、私がマダラに想いを伝えても…ただ、彼は私を見て笑うだけだった……。

何故、私達は…思いを通わせる事ができないのか。



「……何で私を信じてくれないのよ…。マダラ…貴方は何度も私を愛しているって言っていたじゃない!!」


「……では聞くが……あの時イズナの部屋で、お前は…イズナに何をした?」


その時、私は……やっと理解した。

彼が私から離れた理由を。


あの時――それは、私がイズナさんに自ら口付けをした時の事だった。

私は、自分の気持ちを整理するために……あのような行動をとってしまった。だけど、こんな事…彼には言えない。たとえ、その事を彼に伝えたとしても…信じてもらえる筈がない……。嗚呼、どうすれば良いのか……。



「……それは…」


「フッ、やはりな。イズナが死んで、オレをイズナの代わりにするつもりだったのだろう? お前のような浅はかな女を妻にした己が悔やまれる」


「マダラ…違うのよ! 私は…あの時…」


「もう言うな! 二度とオレの前に現れるな! お前の顔など見たくもない」



マダラは私を畳の上に叩き落とすと、襖を開けて部屋から飛び出て行った。



「待って!! 行かないで!!」



私は体を起こし、マダラを追いかけた。お腹の中に子供がいるからか、以前よりも体が重く感じて、うまく走ることができない。

このまま…彼を戦に送り出したくない。イズナさんのように…彼の身に何かがあったら……



私は長い廊下を走り、広間にやっと着くと……マダラは既に皆を集めて、出陣の準備を始めていた。彼の元に駆け寄ろうとすると、近くにいたヒカクさんが私を止めた。



「ヒカクさん、離して!!」

「奥様、もう出陣の準備は整っております。邪魔をされては皆が困ります。」

「邪魔ですって!? 私はマダラを…」



ヒカクさんは真剣な面持ちで私を見ていた。

彼の表情を見ていると、私は次第に力が抜けていくのを感じた。

彼らは感情を捨てて、戦に向かっているのだ。私のような者が入ってはいけない世界なのだと、私は感じた。


ヒカクさんは私の様子を見て、近くにいた加代に私を委ねると、マダラの元に向かった。


マダラを先頭にして、うちはの忍達が屋敷の大門をくぐり、戦場へと向かって行く……。

彼らの表情を見ていると、全てを覚悟したかのように……真剣な面持ちで一点を見つめていた。


屋敷に残された…彼らの妻達は、夫の背中を見届けながらも涙を流さずに彼らの背中を見つめていた。

うちはの勝利を願い、その思いを彼らに託しているのだ。

しかし、私は彼女達のように…涙を流さずに見ている事ができなかった。
どうしても、マダラが心配で…嫌な予感がしてならなかったのだ。
彼は…イズナさんを失い、誰一人として己の肉親はいないのだと思っている。また、私がマダラを愛していないと思い込んでいる。


そう思えば思う程に、自分の無力さを痛感させられるのだった。


彼の妻として……何一つ支える事ができない。
しかも、いつも彼を傷付けてばかりで…優しい言葉をかけてあげる事すら出来ない……。


結局、マダラが言っていた通りで…私達は…本当に似た者同士だった。


彼も…最初は私に想いを伝える事が上手く出来ずに、無理矢理行為に及び、私に愛を必死に伝えようとしていた。



そう思うと、余計に彼が心配でならなかった……。

彼も…心の隅では……戦を望んでいないのかもしれない。

だけど、イズナさんを失ってしまった今の彼を止める事は出来ないのだ。


私はお腹の中にいる子供を見ては、己の情けなさを悔やむ事しか出来なかった……。



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