第三十一話

燭台の光が僅かに照らされた部屋の中に、私の愛しい人が自分ではなく違う女の人を抱いている。

目の前に起こっている、この出来事を私は信じることが出来なかった……。

そして、次第に女の喘ぎ声が部屋中に響き始め、その度にマダラがその女の人を激しく突き上げている。女の人はマダラを抱き締めて、その行為に夢中になり、マダラは息を更に荒くして、女を求めていた。


私は一歩ずつ後退し始め、襖に背中が当たった瞬間、襖を勢いよく開けて、マダラの部屋を飛び出した。



……嘘よ…マダラが……私を裏切るなんて……絶対に嘘よ……!!



私は嗚咽を交えながら、涙を流して懸命に廊下を走っていた。

涙のせいで髪が頬に張りつき、視界がぼやけ、目の前の状況が掴めないまま、無心に走り続け、ついに自分の部屋に到着して襖を勢いよく開くと、大きな音を立てながら襖を閉めた。

……部屋に灯された灯籠の光が、いつの間にか消えていた。
私は襖にもたれたまま、ずるずると力が抜けたように、その場にへたり込んだ。



……もう、おしまい…ね。


私達の関係は……二度と戻ることはないだろう。


……彼は…私の手の行き届かぬ所へと行ってしまったのだ。



私の頬に一粒の涙が滴り落ちた。

愛する人を完全に失ってしまったと、そう実感していた。

ふと、そう思い至った時、私はお腹を見てみた。

……もう、こんなにもお腹が大きくなっていたのね……


私はお腹を擦ってみると、やはり、このお腹の中にマダラと私の子供がいると、そう思えたのだった。
しかし、彼は私を愛してはいない。
そうなると、私のお腹の中にいる子供を……


疎ましく思うのだろう。

その時…私はふらっと立ち上がり、障子を開けて縁側の端に立った。



……私がこの子を産んだら…きっと…この子は幸せにはなれないわ

……マダラに疎まれ、愛されないまま生きていくだなんて……私には耐えられない


……こんなにも…彼を愛しているというのに…


……かつては彼も……私を愛していたというのに……


……何故、私達はこんなにも心がすれ違ってしまうのだろうか。…‥‥―



『……小夜、戦が終わったら…少し出かけないか?』


『……そうか。……では、オレが一番気に入っている場所へ連れて行ってやる。』


彼は…外の世界を知らなかった私を……初めて連れ出してくれた人だった……。



『……良かったな、小夜……』



彼と…鷹狩りをした際に、優しく口付けを交わした時…私は胸の高鳴りを隠せなかった…。



『……過保護な女だな…お前は…』


『……小夜……好きだ……愛している……』



イズナさんに加代という想い人がいると知って、生まれて初めて失恋して……やり場のない想いに苦しんでいた時…彼は私に愛の言葉を囁いてくれた。



『……今夜は此処で寝るからな。戦が始まるとお前と居る時間が減るからな……』


『……小夜、オレはお前を心配して……』



マダラは戦の時でも、私を心配してくれた……。


『だが、お前と久しぶりに結ばれたのだ……嗚呼…小夜……お前が好きだ…』


『オレは…お前にとって何だ?……オレは可笑しくなりそうだ…こんなにも…お前を…愛しているというのに…』



あの時の彼は…
私に今まで見せたことのない…とても悲しそうな表情をしていた……。



嗚呼、マダラ……。

今ごろになって、貴方の愛の言葉を思い出すようになるだなんて……

貴方が愛しくて堪らないのよ……。


私は貴方を愛しているのよ……!


私は部屋中に響き渡るように、激しく泣き始めた。どうして、こうなってしまったのだろうかと、虚しい考えを頭に巡らす度に、余計に悲しみが込み上げるだけだった。



深い闇に包まれた、この夜……私は泣く臥すことしか出来なかったのだった。


***


いつの間にか日は昇り、私の部屋に光が射し込み始め、小鳥のさえずりが聞こえる。

ふと顔をあげて、鏡を見てみると……目の周りが酷く腫れているのが分かった。



「小夜様……おはようございます。入っても宜しいでしょうか?」


「加代ね……入りなさい……」



加代は静かに襖を開けると、私の姿を見て驚いたのか、素早く私の近くに寄り、どうしたのかと尋ねては酷く心配していた。



「小夜様…もしや御休みになられていないのですか? 何かあったのですか? 」


「加代……私は彼に見捨てられたのよ……彼の子供を産むことはできないわ……」


「……小夜様…!? 一体どうなされたのですか……?!」


「……彼に…好きな人が出来たのよ……」



私はフッと笑うと、加代から離れて鏡に映っている自分の姿を見ては、思わず高笑いをしてしまった。



「私は彼に愛されず疎まれているのよ……そんな私が産んだ子を彼は愛するはずがないじゃない。この子が不幸せになるだけだわ」



鏡に映っている、自分の惨めな姿を見ては、ますます笑いが止まらなくなり、私は加代の方をふと見てみると、加代は剣幕な表情で私を見ていた。
それは、今まで見たことがない表情だった。



「何故、御子様が不幸になられると決め付けるのですか?」



加代の真剣な表情を見て、私は息を飲んだ。
何と返事をすれば良いのか分からなくて私は畳のある一点を見つめることしか出来ない。



「小夜様は母親として、失格でございます。」


「何よ……私の今の気持ちを知らないくせに……何で、そんな事が言えるのよ…!?」



私は思わず加代に怒鳴り付けてしまった。加代はイズナさんと結ばれたから、好きな人と結ばれない辛い思いを知らないと思ったからだ。



「マダラに愛されないで…疎まれたまま…この子を産めって言うのっ!? 私には…そんな事…耐えられない…! 子供なんて…産みたくない!」


「小夜様…!」

加代に私は思いきり、頬を叩かれた。
私は畳の上に倒れると、次第に涙が溢れ出てしまった。
自分でも、こんな愚かしい事を言いたくないと思っていたからか、勝手に涙が滴り落ち、畳の上が涙のせいで染みが出来始めていた。

「小夜様…今は、辛いと思いますが、母として…御子様をちゃんとお産みになって下さいませ……」

加代は私の肩を持つと、優しく私に諭し始めた。

「……マダラ様は…小夜様を深く愛していらっしゃいます。私には分かります……」
「嘘よ……マダラは…昨日の夜、見知らぬ女の人を抱いていたのよ……彼は私を愛していないわ……」
「……小夜様が嫁いでこられて、マダラ様に小夜様の侍女として仕えるよう命じられた時、私は感じました…」


―小夜様を本当に愛しておられると―


加代は私の手を握ると、私の目を見つめ、涙を目に溜めながら、そう言った。

「あの時のマダラ様のお顔は今でも忘れられません。本当に嬉しそうで……何度も小夜様を宜しく頼むと仰っていました……」
「……そんな気持ちは…今は無いわ…彼は変わったのよ……」
「いいえ、先日マダラ様が御帰還されて…小夜様を見つめるときのマダラ様の目は今も昔も変わっておりません。」

その言葉を聞いたとき、私は加代の胸に飛び込み、今までの不安な気持ちを洗い流すように泣いたのだった。

「小夜様のお腹の中におられる御子様は……小夜様とマダラ様の愛の結晶でございます。ですから、不幸せになどなりません。」
「加代……」
「小夜様……マダラ様を信じて下さい……」


加代がそう言った瞬間、太陽の光が部屋中を一面に照らし始めた。

暖かい光が私達を照らし始める。
そんな情景を目の当たりにした私の心は、浄化されていくように感じたのだった。

「加代…ありがとう……。私はもう大丈夫よ……」
「小夜様……」

私はその場を立ち上がると、縁側に立ち、太陽の光を浴びた。



……マダラの妻として…私は…彼を信じ続けるわ。どんなことがあろうとも、私は決して挫けたりしないわ……



私は新たに決意を固め、愛する彼の元へ向かおうと準備を始めたのだった。


***



「マダラ様……どうなされたのですか? 深く溜め息をつかれて…」
「……お前には関係ない。さっさと寝ろ」
「素っ気ない人。散々私を抱いたくせに」


女はふてくされながら、オレの隣でぐっすりと眠った。
一方のオレは壁に背をもたれて、今、自分が何を欲しようとしているのかと頭を巡らせていた。

この女を愛人として扱ってから数ヵ月が経つが、この女の名を知ることはなかった。いや、知ろうとも思わない。
戦の合間に、湧き出る欲を満たすかの如く、オレは様々な女を抱いたが、気持ちが満たされる事は一切なく、寧ろ心は渇いたままだ。
イズナを失い、小夜にも裏切られたオレには…何も残っていなかった。


オレは立ち上がり、近くにある着物を着て、隣の部屋に向かおうとすると、僅かに襖が開いている事に気付いた。
もしや、誰かが覗いていたのかもしれん。

…まぁ、別に構わん。
どうせ、オレに新たな女ができたと女達が既に噂を立てているに違いない。小夜にも、その噂は届いている筈だろう。


……小夜…


オレは、ふと小夜の顔が脳裏によぎった。

先程、小夜を部屋に連れ込んだ際、あいつの腹に触れた時に感じたのだが……少し腹の膨らみを感じた。
もしやと思うが、そんな事はあるはずがないと思い、オレは布団を敷いて一人で寝床に入った。



『マダラ……!!』


『待って! マダラ……私の話を聞いて…!』


『私の手紙……読んでくれた……? 返事がないから、私は…心配していたのよ』



オレは寝ている最中に、度々あいつの事を思い出してしまい、中々寝付けなかった。

あいつは…一体何だ……?

オレを散々振り回し、今でもオレの心を掻き乱す。

オレはあいつに裏切られ、完全に忘れた筈だ。

なのに、何故いつも…お前は…オレの夢の中に現れる……!?



オレは苛立ちがおさまらず、一度起き上がると、例の女が服を着ていない状態で、オレを見下ろしていた。
そして、涙をためながら、オレの元にすがり付く。



「マダラ様……なんで私の所で寝て下さらないのですか?」


「…別に構わないだろう。お前は隣の部屋で寝ていろ」


「まだ……あの方をお慕いしているのですか?」


「あいつの話はするなと前に言っただろう! 目障りだ、彼方の部屋に行け!」


オレはその女に怒鳴り付けると、女は剣幕な表情でオレを見つめる。
すると、オレに自身の唇をあてがうと、オレを押し倒し、頬をなぞり始める。



「……あの女が好きなんでしょ? なんで……よ。なんで…あの女が好きなのよ!?」


「ふざけた事をぬかすな。オレは小夜を愛してなどいない」


「……分かってないわね。貴方は…いつも…私を見るとき、私を通してどこかを見つめているのよ。」


オレは女を押し返すと、顎を持ち上げ、その赤みを帯びた膨らみのある唇に吸い付いた。



「んぅ……」


「……お前は以前、どの男でも良いと言ったな。」


「ええ、そうよ……昔の私はそうだったわ。だけど、貴方と関係を持ってから変わったのよ。私は…貴方が欲しいのよ」



女はオレの首に腕をまわし、引き寄せようとするが、オレは女を引き離した。



「……フッ」


「何よ…何が可笑しいのよ…」


「正直、お前は飽きた。その下らん恋情はさっさと捨てるんだな。」


「私が諦めると思っているの?」


「諦めろ、さっさと服を着て部屋から出ていけ。」



オレは隣の部屋から女が着ていた服を取ってきては、無理矢理着させ、部屋から追い出させた。

嗚呼、鬱陶しい女だ。
肉体関係で満足をしている女だと思っていたが、まさかオレにあのような感情を抱いていたとはな……。


オレは再び寝床につき、仮眠をとった。

***

朝になり、オレは夕刻に行われる柱間との会談に向けて、準備をしていた。
奴は昨日、休戦協定の書状をオレの元に送りつけてきたが、オレはその書状を破り捨て、奴と戦う事に決めた。
オレは奴を完全に消すと以前に誓ったのだ。
彼奴の戯れ言には決して乗らん。


オレが庭から自室へと上がろうとすると、視線の先に艶やかで美しい着物の裾が目に入り、視線を変えて顔を上げてみると小夜がオレの元に歩み寄っていた。

「マダラ……もう、行ってしまうの……?」

小夜は不安そうな表情を浮かべ、オレを見つめる。
視線を腹の方へと変えてみると、沢山の着物を着込んでいるからか、腹の膨らみを見る事は出来なかったが、帯の種類が変わった事に気付いた。

フッ、下らんな。
オレは何を気にしているんだ?
小夜が身籠ったとしたら、今頃屋敷中に知れ渡り、オレのもとに伝わっている筈だ。
それに、小夜はオレの子など産みたくないと騒ぐに違いない。

「…………。」
「……ヒカクさんから聞いたわ。休戦協定の書状が送られたと……」
「……それがどうしたというんだ?」

小夜はオレの顔を見つめると、オレの元に駆け寄り……

強く抱き締めた。


「……お願い! 戦はやめて…! 私は貴方を失いたくないのよ!」
「……では、何故イズナは死んだ?」
「……それは…」
「千手の手によって殺されたのだ。お前には、その意味が分からないのか」

オレが小夜の顎を持ち上げると、小夜は悲しみに満ちた表情でオレを見つめる。


「やはり、お前には分からないようだな。」
「……確かに、イズナさんは…千手によって殺されたわ……でも、私は…二度と悲劇を生まないためにも…休戦協定を受け入れるべきだと思うのよ」
「……貴様のような戦に無能な輩がオレに口出しをするな…!」


小夜の発言を聞いたオレは無性に腹が立ち、小夜を突き放した。
すると、オレが部屋から飛び出そうとした瞬間、小夜はいきなり大きな声を出してオレを呼び止めた。


「私は……貴方を愛しているのよ……!」


――小夜の言葉を聞いた瞬間、オレは体が固まってしまった。


……オレを…愛しているだと……?



「お願い……戦は止めて……私は……貴方を愛しているから…貴方を失いたくないのよ…!」

オレは、ゆっくりと小夜の方を振り返ると、小夜の元に歩み寄り、その場にへたり込んでいる小夜を見つめていた。


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