「……小夜様…小夜様……!」
……いつ、私は眠ってしまったのだろうか?
加代が私を必死に呼んでいたから、私は目を覚ました。
畳の上に、いつの間にか眠ってしまったらしく、私は乱れた着物を整えて起き上がると、加代が私の手を握って、少し興奮している様子だった。
「どうしたの…?」
「小夜様、マダラ様が…御帰還なさいます……!」
……私はその言葉を聞いた瞬間、思わず息を飲んだ。
マダラが帰って来る…。
私は居てもたってもいられず、身支度を始めた。
髪を整えて、いつもより綺麗な着物を着て、マダラの帰りを待っていた。
加代も嬉しそうな表情を浮かべて、私の髪や着物を懸命に整えてくれる。傍らにあった、産着とマダラの手紙を部屋の隅に置き、部屋も綺麗にした。
……嗚呼、彼に会いたい…!
……そして、彼に……懐妊したと伝えねば……。
私が何度も鏡を見ては、身だしなみを整えていると、女中達の足音や声が聞こえ、何やら外が騒がしくなった。
「小夜様……もしかしたら、マダラ様が御帰還なさったのでは…!」
「そうかもしれないわね…! 私、行ってくるわね…!」
「小夜様…! 大切な御体なのですから、余り走っては……」
「大丈夫よ…! 嗚呼、マダラ……!」
私は襖を開けて、小走りで屋敷の玄関に向かい始める。
私が通れば、女中達は私のために道を開けてくれたので、一目散に彼に会いに行けた。
そして、曲がり角を曲がり、玄関口を見てみると……
……マダラが沢山のうちはの者達を率いて、私の目の前にいた。
「マダラ……!!」
私は、思わず彼に抱き着いてしまった。
久方ぶりに彼に会うことができて、喜びが込み上げたのだった。
嗚呼、愛しい人が帰って来たと、私は嬉しくて、涙を流しながら…彼の顔を見つめてみると……
「場をわきまえろ。退け」
マダラは私に目線を交えずに私を引き離すと、広間の方へと向かい始めた。
「…………。」
私は……ただ、彼を見つめる事しか出来なかった……。
彼の冷たい表情を見ていると……私は何も言うことが出来なかった…。愛しているというのに、何故…彼に気持ちが伝わらないのか。もう、取り返しがきかないのだろうか……。
私の目の前には、沢山のうちはの者達が負傷した体で廊下を歩いていた。包帯を沢山巻いた、重傷者もかなりいる……。
皆、悲痛な顔で負傷者を背負い、大分疲れているようだった。
こうして私が見つめていると、その中にいた一人の女の人が私を一瞥した。
何だろうと、私はその女の人を見つめてみると……少し笑みを浮かべて私に一礼した。
その鋭い瞳から、私は嫌な予感がして、思わず目を背けてしまったが、その女の人の背中を見つめては、ただ立ち竦むしかなかった。
――…‥
「小夜様……あまり落ち込まないで下さいませ…。」
「……私は…マダラに嫌われたのかしら……」
私は自室に戻り、加代と共に部屋で過ごしていた。
加代は私の手を握り、必死に慰めてくれた。だけど、私はマダラの冷徹な表情を思い出しては、悲しくなって、マダラの元に会いに行くことが出来なかった。
「……小夜様、早く御懐妊された事をお伝えしなくては…」
「……早くマダラに伝えたいのだけれど…どうすれば良いのか…分からないのよ……」
「小夜様……」
私は着物の袖を涙で沢山濡らしてしまう程に、悲しみに暮れていた。
彼を想う気持ちが日に日に増しているというのに、いざ…彼を目にすると何も言えない。そんな自分が愚かしくて、どうすれば…彼は私の話を聞いてくれるのだろうかと、悩んでいた。
―すると、誰かの足音が廊下から聞こえた。
もしかして、マダラが来たのかと私は顔を上げて、襖を見つめてみると……
――バシッ…!
襖が勢いよく開かれ、私は少し驚くが…そこにはマダラが立っていた。
「今日の晩に会合が行われる。お前も出席しろ」
と、マダラは私を見下ろしながら、その一言だけを告げて去って行こうとした。
私は立ち上がって、マダラの元に駆け寄り、彼の腕を掴んだ。
「待って! マダラ……私の話を聞いて…!」
「…………。」
「私の手紙……読んでくれた……? 返事がないから、私は…心配していたのよ」
すると、マダラは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、私の手を振りほどき、笑い始めた。
「フッ、誰が貴様の文など読むものか…」
「……マダラ…私は一所懸命に書いたのよ!」
「そうか、それは残念だったな」
私は悲しくて、彼の頬を叩こうとするが、マダラは私の手を掴み阻止した。
「……今夜は、皆が集まる。うちは一族の頭領の妻として、ちゃんと振る舞うんだな」
「……私は…出席したくない! 貴方の妻なんて…もう、懲り懲りよ!」
「何……? このオレに恥をかかせる気か……?」
「うんと恥をかくがいいわ! 私は…貴方なんて……大嫌いよ!!」
私は…涙を流しながらマダラに怒鳴り付けると、彼は私の頬を叩き、私を床に突き落とした。
「マダラ様……!! やめて下さいませ!! 小夜様の御体は……!」
「ふざけた事を抜かすな! 今夜は一族が皆集うのだ。オレに恥をかかせてみろ、だだでは済まさんからな…!」
「何よ! 私は絶対に行かないから…!」
すると、マダラは私の手を引っ張ると、部屋から私を引き摺り出し、見知らぬ部屋に私を連れ込んだ。
その部屋は真っ暗で、何も見えず、私は懸命にマダラから逃れようとしていた。
……今のマダラは…昔のマダラじゃないわ……
先程の狂気染みた目から、私はマダラが完全に別人のように思えた。
ただ、彼が恐くて…私は彼に捕まったら…どうなるのだろうかと、不安になりながら、部屋を走っていた瞬間、マダラに体を引き寄せられて、口を塞がれながら畳の上に組敷かれた。
「……んんっ……! んっ…!」
「……貴様は、こうせんと…効き目がないみたいだからな…」
私は泣きながら、必死になって抵抗していたが、マダラは乱雑に着物を脱がして、行為を始めようとしている。
私は口を塞がれて、何も言えず…子供がお腹の中にいると伝えられず……もう、無理だと諦めていた瞬間……
「マダラ様……! お止め下さい!」
加代が、襖を開けて部屋に入ると…マダラは加代を睨み、私から離れて部屋から去って行った。
私は息が苦しく、何度も咳を繰り返していると…加代が私の背中を何度も擦ってくれた。
――そして、私は結局会合には出席せずに、今日は一日中部屋で休んだ。
マダラからはあれから音沙汰がなく、私の部屋に訪れる事もなかった。
「小夜様……御体は大丈夫ですか?」
「ええ…。大丈夫よ」
「今日は、ちゃんと御休みになって下さいませ。マダラ様とは…明日、お話しになれば良いのですから……」
「……ねぇ、加代……。私は…彼にあんな事をされたのに……今でも、彼に会いたくて仕方がないのよ……彼の事が本当に心配で……」
私は大嫌いだと言ってしまったが、彼を深く愛していた。
彼が…戦に身を捧げる度に…別人になっていると感じた私は、本当に彼を心配していた。
先程は…冷たい事を言ってしまったが、彼にちゃんと謝って、和解をしたいと思っていた。そして、子供の事を伝えて…少しでも、私達の間に愛が芽生えてくれたらと淡い希望を抱いていた。
「……ですが、小夜様…今日は、ここで…御休みになって、明日にお話しになれば良いかと…」
「……分かったわ…」
加代は私が納得したと思ったのか、襖を開けて、いつものように礼をし、私の部屋を後にした。
加代が部屋から去って、時間が大分経った後、私はマダラの部屋に行こうと、部屋を飛び出した。
やはり、彼に…ちゃんと…謝りたかった。
今までの私は、彼と喧嘩をしても一度も謝った事はなかった。
だけど、今は違う。
私は彼を愛しているから……彼とは早く、仲直りがしたい。
マダラに会いたい……!
私は酷く静まりかえった廊下を歩き、ようやく、マダラの部屋に着いた。
すると、珍しく襖が少し開いていたから、私はそこから内部を覗いて見ると、マダラが居なかった。
私は、ゆっくりと襖を開けて、部屋に入ると……部屋の隅にある灯台の僅かな光が目に入った。
……誰か…いるのかしら?
真っ暗な部屋に僅かに照らされた光を見ていると…私は何だか、嫌な予感がした。
すると、もう一つの部屋の向こうから誰かの話し声が聞こえた。
耳を凝らして、その部屋の襖に近付いてみると、僅かに襖が開いていた。
何だろうかと、私は…その隙間から覗いて見ると………
「……マダラ様ったら…まだ奥様と喧嘩をなさっているのね……」
「……彼奴の話はするなと何度も言っているだろう。……さて、今夜は容赦はせんぞ」
「千手との戦が控えていらっしゃるのに…マダラ様ったら相変わらず、ですね……」
「……うるさい…その口がきけぬように黙らせてやる、今夜は覚悟をしておけ」
………私は、目の前が真っ白になって…
昼間に会った……あの女の人とマダラが……体を重ねる瞬間、私は一粒の涙を畳の上に落とした。