第十九話
私達は屋敷の裏手にある扉を開けて、町へと向かった。
空を見ると、晴天が広がっていた朝とは異なり、雪が降りそうな天気に変わっていた。どんよりとした鉛色の雲が一層分厚く垂れ込めている。
不思議と、この重い空気に吸い込まれていくような気がした。私は暫くの間空を見つめていると、マダラ様が私を導く様に手を取る。

「……行くぞ。」
「はい……」

私はマダラ様に引き寄せられると、足元にある小石にひっかかり、思わずマダラ様の体に当たってしまった。

「すみません…!少し突っ掛かってしまって…」
「……随分と積極的だな。」
「……いえ…そんな……」

マダラ様は私をそのまま抱き締め、ゆっくりと顔を近づける。私は恥ずかしくなって顔を伏せてしまい、マダラ様の顔をまともに見ることが出来なくなってしまった。

「……朝はあれ程よがっていたというのに、急に恥ずかしがってどうする」
「……朝の事は……マダラ様が……」
「……なんだ?……はっきり言え」

マダラ様は口角を上げて、わざとらしく仰る。私は恥ずかしさで何も申しあげることは出来ず、ただ俯いているだけだった。
意地悪な方…と、心の中で拗ねながら呟いた。朝のことも含め、マダラ様は時々私を困らせる。しかし、結局マダラ様への愛しさが勝ってしまい全てを許してしまう。マダラ様に対して怒ることなどできなかった。
私が黙ったままじっとしていると、マダラ様は観念なさったのか、私の額に軽く口づけをすると道を歩き始めた。
私はマダラ様の背後に連なるようにして歩く。その時、マダラ様は急に立ち止まると、私の方に身体を振り向かせた。あと少しでまた体が当たってしまうところだった。何があったのだろう。マダラ様の顔を見ると、頬を引き攣らせながら口元をぐっと引き締めていた。

「マダラ様……?」

私はマダラ様の顔を窺い見るように聞くと、マダラ様の引き締めていた口が僅かに開いた。

「……お前はオレの隣にいろ。」
「……?……はい…」

私はマダラ様の隣に移動した。マダラ様は少し顔を赤らめて私から顔を背ける。

「……オレは…後ろに立たれるのが苦手なんだ……」
「……そうなのですか?……ふふっ…」

私はマダラ様の意外な一面を知ることができて、少し笑ってしまった。マダラ様は更に顔を赤らめて少し怒った口調で仰り始める。

「笑うな!」
「……だって…ふふっ」

私は中々笑いが止まらなくなり、口元に手を添える。そして、わざとマダラ様の後ろに回り、マダラ様の長い髪に触れながら身体を密接させる。

「マダラ様の後ろにいられるのは私だけです」

私は悪戯心が芽生え、マダラ様を少し揶揄う。

「なっ…!」

マダラ様は顔を赤らめ、かなり動揺していたが、次第に落ち着き始める。

「……お前なら…平気みたいだ。」

マダラ様は小さな声で呟く。硬直していた顔が柔らいでいく。そしてマダラ様の髪に触れている私の手を取ると、マダラ様の前に立たせる様に優しく引っ張る。

「……この俺に悪戯をするのはお前くらいだ」

長く垂らした前髪の垣間から揺らぐマダラ様の優しい瞳。

「すみません。もう致しませんから…ふふ。」

私は先程のマダラ様が慌てる様子を再び思い出して、思わず笑ってしまう。これ程笑ったのは久方ぶりな気がする。

「……笑った顔も素敵だな」
「……そんな…こと…ないです…」

マダラ様は急に褒めるので、私は片言に返事をすることしか出来なかった。少しの間視線を泳がした後、私は再びマダラ様を見つめた。マダラ様も此方をじっと見つめているので、暫くの間、私達は見つめ合っていた。

――その時、はらはらと雪が降り始めた。

この時だけ時間が止まったように、静かだった。周りを見ると山や田畑が広がり、私達以外に誰も居ない。鉛色の空に包まれた世界に、白い結晶が漂い、私達と自然を包み込んでいた。
小夜、と私の名を呼ぶマダラ様の声。その声に惹かれ、私は顔を見上げた。真剣な瞳でマダラ様は私を見つめている。

「……小夜…ずっとオレの側にいろ……離れることはオレが許さん……」
「……はい…マダラ様………いつまでもお側に…」

私達はゆっくりと抱き合い、互いに愛を確かめ合うように時を過ごした。

――嗚呼…このまま時が止まれば良いのに…。

私はふと、何故だか分からないがそう感じてしまった。

――こんなにも幸せだというのに何故そう思ってしまうの?

マダラ様の胸の中にいる時、目の前の景色に陰りが生じたような感覚を覚えた。怖かった。幸せな気持ちでいっぱいなのに、何かによって阻まれてしまうような気がして。私がマダラ様の服にしがみつくと、マダラ様も呼応するように私の体を強く抱きしめた。マダラ様が私を守ってくれる。きっと、そう。これからも、ずっと…。
抱擁を交わした後、マダラ様と私は白い景色に包まれながら町に向かって歩き始めた。


長い道中を経て、次第に人が行き交うようになり町に近づいていた。未知の土地に踏み入れる時はいつも不思議な感覚がする。興味が湧き、きょろきょろと周りを見渡していると、

「この辺は人通りが多くなるから気を付けろ。オレの側から離れるな」

と、マダラ様が私の手を握りながら言った。

「はい、マダラ様……」

私はマダラ様の側に寄り添い道を歩いていくと、ありとあらゆる店が建ち並んでいた。魚や野菜を売っている店や陶芸品を並べているような店まで様々だ。
私は目新しい光景に夢中になっていると、急に牛車が私の横を通りすぎた。

「どけ!邪魔だ!!」

その牛車に乗った男が鞭を持って、私を退けようとするが、その瞬間、マダラ様は私を引き寄せて、その男を睨み付ける。

「……貴様…」
「……マ、マダラ様!!…どうかご勘弁を…!!」

その男はかなり顔を引きつらせて、牛車から降りて必死にマダラ様に謝る。

「マダラ様、私は大丈夫ですから…どうか…」

私はその男の慌てぶりを見て、少し同情してしまった。

「……フン…小夜、行くぞ…」

マダラ様はその男を一瞥し、私の肩を抱きながら歩かれる。

「マダラ様……すみません…私がいけないんです。」
「……お前が謝るな。あの男が悪い」

マダラ様は機嫌を損ねたのか、少し歩を速めながら周辺の店をご覧になる。その時、定食屋と書かれた看板を目にしたマダラ様は私を連れて、その店の入り口にたどり着く。

「此処はこの町で一番美味い。どうだ?」

店の前に立つと、良い匂いがした。

「美味しそうなお店…行ってみたいです」
「そうか。じゃあ、ここで決まりだな。」

マダラ様は暖簾を潜り、店の扉を開ける。私はマダラ様の後に入り、扉を静かに閉めた。私達が店に入った途端、店の女中さんが慌ててマダラ様の元に駆け寄る。

「いらっしゃいませ、マダラ様!……あら?イズナ様はいらっしゃらないのですね?………この方は…?」
「……連れだ。イズナは屋敷にいる。」
「はじめまして、小夜と申します。」
「……あらぁ…とても可愛らしい方ですね!まさか…マダラ様の…」

その女中さんは、にやにやとマダラ様を見つめながら笑っていた。

「……早く席を案内しろ。」
「はいはい!マダラ様ったら、直ぐに照れるんですから…そんな所は小さい頃から変わりませんね!」
「……うるさい!」

かなり歳をとった女中さんで、マダラ様と馴染みがあるようだった。私達は女中さんに導かれ、店内を歩いていると、周りにいるお客さんはマダラ様を見ては軽く一礼をしていた。やはりマダラ様はどんな時でも目立つ御方だった。そんな偉大な方の隣を歩く私は、無意識のうちに少し肩を狭めて萎縮してしまっていた。

「此方のお部屋でよろしいでしょうか?」

私達は一番奥の座敷に着くと、女中さんは襖を開けた。

「……ああ。構わない」
「ふふ。これで二人きりになれますしね!」
「……うるさい!……小夜、此方に来い」

座敷に上がったマダラ様は私の手をとり、体を支えながら私を誘導する。女中さんは私達を見て微笑むと、襖をゆっくりと閉めながら

「……では、ごゆっくりしてくださいませ!後で注文を承りますので!」

と言って去って行った。
私はマダラ様の前に座ろうとすると、マダラ様に手を引かれて無理矢理横に座らされる。

「……小夜、どれがいい?」
「……私は…その…」

マダラ様は私の腰に手を添えて体を密接させるように座り、お品書きを私に見せる。

「……天ぷらはどうだ?」
「そんな高い料理を……私には勿体無いです」
「遠慮するな。お前が好きなものを選べば良い」

私はマダラ様に負担をかけたくなかったので、なるべく安い料理にしようと目を配らせる。

「……オレはやはり天ぷら定食が良いな。お前はどうする?」
「……私は…きつねうどんで良いです」
「そんなもので良いのか?遠慮するな。此処の天ぷらは美味いぞ」

マダラ様が高い食事を勧めてくるので、私は少し困ってしまった。

「……ですが…」
「お前は遠慮しすぎだ。天ぷらにしろ」

マダラ様は真っ直ぐに私を見つめて仰るので、私は自然と頷いてしまった。

「小夜、オレの前では遠慮するな。お前が欲しい物は全て買ってやる…良いな…」
「マダラ様……」

私には勿体のないことだった。マダラ様の側にいることだけでも贅沢なことだというのに、これ以上の物は望まない。マダラ様の負担になることだけは絶対にしたくはなかったので、どのようにして断ろうかと頭の中で言葉を考えていた。

「また断ろうと考えているだろう」

私の考えを見透かすように、唐突にマダラ様が言った。私は顔を見上げると、マダラ様が私の頬に手の甲を当てて優しくなぞる。

「オレの前だけは素直になれ、小夜……」

次第に顔が近付き、もう少しで唇に触れそうになった瞬間――

「マダラ様!ご注文を承りに来ました!」

と言って、先程の女中さんが襖を思いきり開けた

「……あらまぁ!!お邪魔して御免なさいね!では、失礼します!」
「……おい、注文するから…待て!」

マダラ様はかなり動揺をしているのか、顔を赤くして女中さんに言った。

「良いのですか?注文は後からでも良いんですよ?」

女中さんはにやにやと笑い、マダラ様を揶揄う。

「……いいや……その…天ぷら定食を二つ頼む。」

マダラ様は動揺を隠すように平然を装いながら注文をする。

「はい!分かりました!では、ごゆっくりして下さいね!…フフフ」

女中さんはこっそり笑いながら襖を閉めて去っていった。
私は急に恥ずかしくなってしまい、茹で蛸のように頬が赤くなってしまった。同じ様にマダラ様も顔を赤くして襖を見つめていた。

「……マダラ様…」
「……なんだ?……ふっ。頬がいつも以上に赤いぞ。」

マダラ様は私の顔を見て笑っていらっしゃったので、私は少し余計に恥ずかしくなってしまった。

「マダラ様も頬が赤いですよ?」
「……そうか?お前ほど赤くはないがな」
「……いいえ、マダラ様の方が赤くなっていらっしゃいますわ」

私はマダラ様を少し揶揄った。

「言ったな!」

マダラ様は笑いながら、私に身体を密接させようとしていたので、反射的に私は離れようとする。しかし、マダラ様は私の手を取り、勢いよく体を引き寄せて自然と体が密接するように抱く。

「マダラ様…そろそろ…お止めにならないと…」
「…お前はオレをからかったからな……」

私の首にはマダラ様の手が添えられ、腰に腕をしっかりと回していたので、逃れられくなってしまった。

「……小夜…先程は邪魔が入ったからな…」
「マダラ様…そんな事を仰っては……」
「……フン…今なら大丈夫だろう」

マダラ様は軽く私に口付けをした。
――嗚呼、こんなところで……
いつ、誰に見られるか分からない状況の中、私は恥ずかしくなってしまった。しかし、マダラ様は何度も唇を離しては口付けを繰り返す。恥ずかしいと思っても、この緊張感と相まって次第に胸が高鳴り、マダラ様を欲してしまう私。朝と同じ状況だ。マダラ様の熱く、激しい愛情に簡単に絆されてしまう。

「……マダラ様……本当にそろそろ…お止めにならないと……」

僅かに互いの唇に隙間が空いた時、私はマダラ様に言った。

「……口づけごときにお前は感じているのか。可愛い奴だ」

熱い吐息が私の唇に当たる。このままでは理性が無くなってしまいそう。

「……マダラ様…止めてください。…ここでは嫌です…」

私は精一杯にマダラ様の胸を押した。今後どうなってしまうか自分自身でも分からなかったからだ。

「……そうか…仕方ないな……お前にそう言われると、可哀想に思えてくるからな…」

マダラ様が一旦私から離れると、私は恥ずかしさで顔を背けてしまった。

「……お願いします…」
「……小夜…悪かった。何もせんから、此方を向け」
「……。」
「……怒るな。可愛らしい顔が台無しになる…」

マダラ様は布を取り出して、思わず出てしまった涙を優しく拭いて下さった。私はマダラ様の元から離れ、対面側に座った。

「……だが、中々良い顔をしていたな」

マダラ様は頬肘をつきながら私を見つめて、そう言った。

「……またそんなことを……」
「……そう怒るな」

マダラ様は私の機嫌をとる様に、私の頭を撫でる。私は少し不貞腐れていると、マダラ様は急に真剣な瞳で私を見つめていた。

「……ふと思うのだが、以前にオレはお前と……」
「……?」
「……いいや、なんでもない」

マダラ様は何か言いたげであったが、何もないと仰られたので、私は特に気に留めなかった。
とんとんと、襖を叩く音が聞こえた。女中さんが食事を持ってやって来たのだろう。私たちは会話を中断した。

「天ぷら定食を二つお持ちしました!入ってもよろしいでしょうか?」
「はい!大丈夫です…今開けますね」

私は襖を開けて、女中さんを部屋の中に入れる。

「はい、どうぞ!……本当に可愛らしい方ですね、マダラ様!お二人で並ぶと物語に出てきそうな…美男美女で…私、目がくらんでしまいます…!」

女中さんは私をまじまじと見ながら言うので、私は恥ずかしくなる。

「下らん事を言うな。」

マダラ様は顔を背けながら仰られる。

「本当にマダラ様は照れ屋さんですね!小夜様、マダラ様の幼い頃はですね…それはそれは…」
「おい、小夜に話すな!早く出ていけ!」
「はいはい!では、ごゆっくりどうぞ…フフフ」

マダラ様が珍しく急に慌て始めていたので、私は少し驚いた。

「あいつの話は聞かなくていいからな」
「……私、知りたいです…ふふ。」
「あいつに絶対に聞くな。ほら、冷めないうちに食え」

マダラ様の妙な慌てぶりから、興味が益々湧いた。以前にも柱間様からマダラ様の幼い頃を伺っていたが、女中さんの話を聞いて、より聞きたくなってしまった。
マダラ様の様子を見ると、意外な一面をまた知ることができるかもしれない。そう考えると、また自然と笑みが溢れてしまうのだった。

「……何が可笑しい?」
「……いいえ、何でもありません。」
「……フン…」

――マダラ様はいつも冷静で、あまり表情が変わらない方でいらっしゃるけど、いざあのように仰られると慌てたように表情が変わられるのね。

私は心の中で密かに楽しみながら、マダラ様と共に定食を食べたのだった。

_21/25
しおりを挟む
戻る

: : text :
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -