第一話 出逢い


私は父と母の顔を知らない。

幼い頃から優しい義母と義父に育てられ、今年で二十歳を迎えた。
義父母はかなり歳をとっており、私にとっては祖父母のような存在だった。二人とも私と血の繋りはなかったが、私はこの義父母を本当の両親だと思い、慕っていた。
私の実の母は、幼い頃、私を産んだ時に亡くなった。心臓に病を抱え、長くは生きられない病弱な身体だったようだ。柱間様とは古くからの親しい友人で、母の最期を看取ったのは柱間様だった。柱間様には奥方のミト様がいらっしゃるので、柱間様の遠縁にあたる、この義父母に私を託した。そして、月に何回か、私の元に訪れ、様子を見に来てくれている。とてもお優しい方で、私は実の父親の様に柱間様を慕っていた。
柱間様は、私が幼い頃から、母の事を教えてくれた。母は、とても美しい方だったそうで、柱間様の初恋の人であったらしい。私は、そんな母の面影を受け継ぎ、目鼻立ちは父に似ているようだった。母は透明感のある顔立ちである一方、私は母よりも華やかな顔立ちであるようだ。
そして何より、柱間様から聞いた事で一番嬉しかった事は、母と父は互いに深く、愛し合っていた事だ。母は亡くなる直前まで、父を想っていたようだったが、父はその時には亡くなっていたようで、母の死を看取る事がなかった。
その話を聞く度に、父はどのような人だったのだろうかと疑問が湧いた。
柱間様は何故か、父の事を教えてはくれなかった。
母と父はどのように出会い、恋をしたのだろうか。父は何故、亡くなったのだろうか――。

私は父を知りたかった。

私の手元にある母の形見である簪を見ては、いつも父と母の事を想っていた。その簪は、綺麗な曲線の模様が描かれており、桜の花弁ときらきらと光る金箔が散りばめられ、とても美しい物だった。父の母―つまり、私の祖母に当たる人が持っていたらしく、父が母に与えたようだ。母はずっと、この簪を胸元に忍ばせて持っていたようで、そんな母を想うと、父を如何に慕っていたのかが胸が苦しい程に感じられたのだった。私はその簪を木箱の中に入れて、自室の棚に大切に保存し、母と父が恋しくなった時はその木箱を開けて眺めていた。

いつか、父と母の事を詳しく知る日が来ればと思い、私はゆっくりと流れる日々を過ごしていた。
戦のない平和な世界を望んでいた母は、私を忍になって欲しくなかったようで、私はその教えを守り、のんびりと自由に生活をしていた。
私が住んでいる集落は、木の葉隠れの里から大分離れ、田園風景が広がり、森に囲まれたのどかな所だった。田畑以外何も無いと言って良い程で、娯楽と言えば、森の中の散策くらいだ。幼い頃は、近所の子供達の集まりに入り、隠れんぼや木登り、川釣りなどをして楽しんでいた。しかし、二十歳になれば、仲の良かった者達は、忍になったり、家業を継いだりと忙しそうにしていたので、少しずつ疎遠になっていった。私もそろそろ嫁いではどうかと、義父母や柱間様から言われたが、私は顔を知らない人の元には嫁ぎたくはなかった。
私も、母と父のように愛し合いたかった。お慕いしている方と、結ばれたかった。


春の訪れを感じさせる、うららかな季節となったある日の事だった。
今日も、私の家には、見知らぬ若い青年とその青年の両親と思われる人が訪れ、見合いを持ち掛けていた。
義父母とその人達との会話を、こっそりと部屋の襖を少し開けて聞いていた。

「こちらのお嬢様は、この集落内では知る人がいない程に美しいと聞きます。息子も、先日、お嬢様を見かけた際に一目惚れをしてしまったらしく、是非、嫁にしたいとせがまれましてな…ははは。」
「それはそれは…このように、しっかりとした方の元に娘も嫁げば、私達も安心致します。」

――おばあちゃんもおじいちゃんも、何を言っているのかしら…!私は知らない人の所に嫁ぎたくないと、何度も口酸っぱく言っているというのに…!

私はわなわなと口を動かしながら、その会話を聞いていた。

――嗚呼、嫌…!なんで、私がこんな人の元に嫁がなければならいのかしら。

わずかに開いている襖から、青年を見てみると、へらへらと笑っており、ひ弱そうな風貌だった。会話を聞いていると、その両親はこの集落でもかなりお金を持った地主のようだ。身なりも、非常にこてこてとしている。私はその様子を見て呆れてしまい、溜息をついた。こんな両親を持つ青年の元には、絶対に嫁ぎたくはないと心から思ってしまった。私は堪忍袋が破れてしまい、勢いよく襖を開き、皆の前に現れた。

「私がいない所で、勝手に決めないでちょうだい!私は絶対に、この人とは結婚しないから…!」
「ちょっと葵!どこに行くんだい…!」

私は部屋から飛び出し、外に出た。背後から義父母の声がきこえるが、私は無視をして走り出した。
暫くの間、私は一人になりたかった。誰にもとやかく言われたくはなかった。そして、誰もいないであろう森の中へと、私は勝手に体が導かれるように、歩を進めていた。
長い間走っていたせいか、息切れを起こし始め、私は荒い息を吐きながら地面に手をつき、木の根元に座った。

――私には、あの男の人との結婚しか道は残されていないのかしら。

私は青い空を見上げながら、そう思った。
今まで自由に生き過ぎたせいか、私には何も取り柄がなかった。後ろ盾の義父母がいなくなれば、私は生きる事すらできない。あのような男の人の元に嫁がなければ、私は自分の力で生きていく事すらできない。そう思うと、今の自分が余計に惨めに思えたのだった。
母の様に恋愛をする事なく、私は知らない男の人の元に嫁ぎ、人生を終えるのだろうか――。

涙を少し流しながら、一人で思い耽ていた時だった。ぞろぞろと、いやらしい顔をした数人の男達が私の目の前に現れ、私を取り囲んだ。この異様な雰囲気を察した私は立ち上がったが、背に木があったので、取り囲まれた私は逃げる隙がなくなってしまった。

「へへ、綺麗な姉ちゃんよ。金目の物はあるか?」

真ん中にいる男が、私の目の前に手を差し出した。

「そんな物ないわよ!何よ貴方達…そこを退きなさいよ!」

私は胸元に忍ばせていた護身用の短剣を取り出し、男達の前に突き出した。

「おお!こんな顔して、おっかねぇな!」
「はは!今夜はこの女で遊ぶか?!どうだ!」
「ちょっと…離しなさいよ…!!」

私はいとも簡単に、男達に短剣を持っていた手を握られ、体を取り押さえられた。一人の男が私の顎を持ち、いやらしい目で舐めるように私の顔を見つめていた。

「へへ……なんて美しい娘だ。こんな綺麗な娘、見た事がないぞ。遊んだ後は、廓にでも売るか?」
「いいですね、兄貴!きっと高額で売れますぜ。」
「私の体に触れないで!!離して!!」

私は身体を拗らせ、最大限の抵抗をするが、簡単に捩じ伏せられてしまう。

「誰か…助けて!!!」

森中に響き渡るかのように、私は大きな声で叫んだ。
しかし、こんな人の気配がない森の中に助けてくれる人などおらず、その願いも虚しく、男達に押し倒された。

「やめて!!お願いだから!!」

私は泣き叫びながら、必死に抵抗をした。足をばたつかせ、男の腕に噛みつくが、屈強な男の前では、そんな抵抗も無に等しかった。そしてついに、着ていた着物が破かれ、私が思い切り悲鳴を上げた時だった――


「おい!お前ら…何をしている!!」


見知らぬ男の人の声がした。
なんと、深みのある透き通る声なのだろうか。

私を組み敷いていた男達は動きを止め、その男の人の方へと振り向いた。

「なんだ、てめえ!」

一人の男が、その人に拳を振り上げるが、直ぐに捩じ伏せられ、投げ飛ばされていた。次々に、他の男達も果敢に襲いかかるが、その人は容易にすり抜け、捻り倒していた。

「まだ続けるつもりか?」

一人の男に刀を突きつけながら、そう告げると、男達は悲鳴を上げながら徐々に後退していき、その場から離れていった。
この一瞬の出来事に驚き、暫くの間固まっていると、その男の人は、私の元に歩み寄り、膝を折り、手を差し出した。
私はゆっくりと顔を上げ、その男の人の顔を見た。
白い髪をなびかせ、鋭い切長の目で赤く澄んだ瞳を持っていた。頬と顎には赤い線が入っている。
珍しい顔立ちではあったが、とても美しい方だと、私は思った。

「ありがとうございます…助かりました。」

私はその人の手に自身の手を乗せると、一緒にゆっくりと立ち上がった。その時、破れた着物から僅かに肌が見えていた事に気付き、私は顔が赤くなり、すぐさま肌を隠した。すると、その男の人は私の様子に気付いたのか、自身の羽織を私の肩にかけてくれた。

「…大丈夫か?」
「ありがとうございます。大丈夫です…。」

私が礼を述べた瞬間、その人は立ち去ろうとしていたので、私はすぐさま呼び止めた。

「あの…お名前を…教えて下さい!」
「俺の名か…?何故、お前に教える必要がある?」
「あ、あの…私は…助けて下さった御礼をしたくて…!」

直ぐに名前を教えてくれると思っていたので、想像外の出来事に動揺して、私は言葉を詰まらせていた。

「礼など要らん。」

その人は私に背を向け、近くの木に立て掛けてあった釣り道具を持ち、去ろうとしていたので、私は阻止するように、その人の前に駆け寄った。

「待って…!ここら辺の近くの川で、良い魚が釣れる所を教えてあげる!」

私はその人が持つ釣り道具を見て、何となく察しがついていた。この辺りの川では美味しい魚が釣れる事で有名だった。私も幼い頃に近所の友達と共に、釣りによく行ったものだ。

「さぁ、行きましょう…!」

私がその人の手を取ると、その人は顔を真っ赤にして、口を震わせていた。

「何をする…!」
「私は貴方に恩返しがしたいの!だから、連れて行ってあげるわ!」

私はその人の手を引き、河岸の方へと歩き出した。


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