01 持ち物検査
私の家は母子家庭だ。小学校低学年で物事の判断も出来ない内からそうだから、別にそれが私に悪影響を来している訳でもないはず。それに私はお母さんが家を支える為に働いてくれる有り難さをよく知っているから、ラッキーとさえおもう。
朝8時、玄関で靴を履き誰もいない家に行ってきますという。エレベーターは少し混むから、私は階段を降りる。学校までは10分、急ぐ必要もないと胸ポケットからイヤホンを出して耳に差す。
「抜き打ち…。」
校門近くで気づく。いつもはいない生活指導以外の先生も立っていて、その周りにそわそわとした生徒が数名。私は胸ポケットから音楽プレイヤーを出してスカートと腰の僅かな隙間にいれる。
鞄の中身を思い出して、慌てる事はないと素知らぬ振りをしながら校門を通る。先生は贔屓目だ、成績だけで持ち物検査をパス出来てしまう。私は日頃の勤勉な態度風な自身を少しだけ感謝するのだ。
友ノ浦の生徒は三種類くらいで分けられる。真面目な人と素行の悪い人、あとそれ以外。第一印象で判断する1つとしてスカートの丈がある。真面目な人はひざ丈以下、良くも悪くもない人は膝上5cm。
私は、ひざど真ん中にあてている。友達は青春の無駄遣いだと言うけれど、見せる相手もいないのに上げるのは内申の無駄遣いと思ってしまう。
「没収だ!」
私は真横の彼女に意識をやる。三つ編みで…、スカート丈はひざ丈。珍しい事もあるもんだと思えば、女の子らしくリアルタイムの育成型ゲームでなんだか可愛らしい物を没収されている様だ。1年生なのだろうか、焦った顔をするこの子が先生から解放されるのを待つ。
「ねえ。」
「あ、はい!」
すっかり意気消沈した彼女をほぐす様に笑ってみせる。
「スカートに隙間あるでしょ?」
「え…?」
「ここ。」
私はくるりと背中を見せ、セーラーを捲ってスカートと腰に挟まるプレイヤーを見せる。
「あ…!」
「これからここに隠すといいよ。鞄しか検査したことないからね。」
「ありがとうございます!」
罪悪感にもかられている様で笑いきれない彼女を置いていき、教室に走る。クラスは検査の話しで持ちきりで、適当に挨拶を交わす。
「おはよう、佐藤。」
「ねえ、これどうやんの?」
「これさっきの子のじゃん。」
「そ、くすねてきた。」
勝ち誇った様な顔をしてみせる佐藤は、Tシャツ姿。彼も成績で叱られなかったクチだ。荷物を机に掛けて、指が差されたゲーム機を覗く。
「佐藤って本当に疎いよね。」
「この野球マークは何?」
「遊べるんだよ。」
「野球で?小さいのに凄いな。」
「違いますけどね。」
ゲーム機のボールチェーンをつまみ、佐藤の手から離す。ピピピと小さな電子音を出しながら、ボタンを押していく。佐藤はまじまじと画面を見つめる。私は少し熱をもった足を佐藤が座る椅子のアシにぴたりと付けて冷やす。
「今日の小テスト、範囲広かった。」
「熟語は出ないと思うよ。」
「そうか、じゃあいける。」
「あ、砂嵐になった。」
「これはトイレの水流したの。」
「軽く水害でしょ。」
「なにそれ。」
眉をしかめて至り真面目な顔で言うから、笑ってしまう。一通りの世話をして、佐藤にゲーム機を渡す。
「そろそろ着替えるかな。」
そういって椅子を立ちながら引く、が私の足が邪魔をしてしまう。バランスを崩した佐藤がぐらりと揺れてこちらに来る。前髪が佐藤の制服でずれる、少し堅い感触。
「ごめんごめん!」
「大丈夫、足引っかかった。」
離れた体で分かる。さっきのおでこに当たっていたのは佐藤の胸だったらしい。佐藤の教室をでる背中を見て、甘い顔しているのに体はクラスの誰よりも男であったと確信する。なんだこれ、左胸のはじがぐって痛い。どきどきするそれに私は頭の中で何かになぞらえ様とするが、前例がない。
「好きなのかも…。」
思わず呟く口をはっと抑える。だけどその佐藤が戻ってくるのが、凄く嫌になった。
「今日暑いから学ラン着ないことにした。」
がたりと隣の椅子が動く。私は咄嗟にノートと英語の教科書を取り出して、勉強をする振りを始める。
「あ、暑いからね!」
好きになるなら、佐藤に会わない家とかで一人気づきしばらく悩むみたいなシチュエーションが良かったなんて思うが、好きになるきっかけは佐藤がいる時間なのだからしょうがないのかもしれない。私は1時間目の佐藤と離れる音楽が早く来ないかとノートにアルファベットと殴り書いた。
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