「ねぇ、好きって伝えてもよくない?」
「どうかな」
「絶対アオイくんも俺を可愛いって思ってる」
「まあ、確かに可愛がってくれるよね。ヒワはみんなに可愛がられる」
「そう言う事じゃなくて……アオイくんと付き合いたい。優しくて、背が高くて、頭良くて、優しいんだもん」
「ふふっ、優しいって2回言った」
「脇目も振らずに2年も片思いしてるんだよ?俺、それなにりモテるのにさ。そろそろホントに……好きって言いたい。理想の王子様!」

 会話に名前の出てきた本人、アオイはドキッと胸が大きく鳴った。
 職場のロッカールームの奥、事務所での会話が聞こえてきて、思わず聞き耳を立てていたアオイは手のひらで口元を覆う。
 『可愛いと思ってる』。
 なぜバレた?!と焦る反面、その前の『好き』に驚きを隠せずに、そっとその場を離れた。
 狭いバックヤードを抜けてフロアへ行く。
 開店までまだ30分以上あるため、照明は暗く、音楽もなく誰もいない。とても静かだ。
 上質なソファへ腰を下ろし、アオイは先程の会話をしていた双子を思い浮かべる。
 ヒワとイスカという、顔はそっくりなのに中身が正反対のふたり。
 ヒワは金髪。いつもニコニコしていて、甘え上手でおしゃべりが好き。
 イスカは赤髪。利口だが、物静かで口数は少ない。
 この双子は、アオイがバイトをしているこのホストクラブの店長の息子たちだ。
 ふたりは未成年のため、ここで雑用のバイトをしていた。

 ホストクラブ『HAWK』

 S区で5年目になる落ち着いた雰囲気のクラブは今日も静かに盛り上がっていた。
 『HAWK』は少し変わっていて、ホストの年齢層が広い。20歳から40歳まで、ホストとしては終わりかと言われそうな年代まで在籍していた。
 指名替えも気軽に出来るため、多くの女性客は多種多様なホストと時間を楽しめる。
 逆にガツガツ稼ぎたいホストには向かない店だ。
 売り掛けは出来ず、支払えなければ警察を呼ばれるシステムである事がフロントに掲げられており、ホストにとっても客にとっても夢と現実の狭間のような店だった。
 ホストクラブで対人スキルを学ぶように先輩に言われた須藤蒼(すどうあおい)、源氏名アオイ。
 彼は来春には弁護士になるために司法修習生としての生活が始まる。ホストのバイトもあと3ヶ月ほど。
 そんな、昼は勉強、夜はホストとして対人スキルを磨いてきたアオイ。
 くたくたに疲れた脳に、ヒワの笑顔はエナジードリンク並みにアオイを癒してくれるものだった。
 アオイの癒し。
 それは可愛いもの。ふわふわのぬいぐるみや、動物や人間の赤ちゃん、そしてここ数年、推しに推しているのが『ヒヨコちゃん』という黄色くて丸い鳥のキャラクターだ。
 ヒワは『ヒヨコちゃん』に雰囲気がそっくりで、アオイのハートを掴んで離さない存在だった。
 なにせ、お気に入りのキャラクターが動いて笑顔を振りまいてくれる感覚だ。

「だって可愛いんだよ……」
「なぁにが可愛いって〜??」

 小さな吐息のようなアオイの呟きに、癒しの権化、ヒワ本人の声が重なった。
 背後から目元を隠され、アオイは飛び上がるほど驚いた。

「誰か当てたら、スタバのティーラテを今すぐ買ってきてあげましょー。はずれたら、ご飯を奢ってー」

 いつもの調子で、先輩に甘えるように言うヒワの声。
 だが、アオイにはこの手がイスカで、声がヒワだと分かっていた。
 仲のいい双子のイタズラに、あえて引っ掛かる。それが普段のアオイだ。
 『ヒワ』と呼ぼうとしたとき、先ほどのふたりの会話が甦った。
『付き合いたい』
 それって、恋人だよな?とアオイは言葉に詰まった。
 ヒワを恋愛的な対象に見たことなどなかった。それ以前に、男同士だ。
 ホストとして働き出し、様々な人間と出会ってきたアオイは、同性愛に偏見はなかったが、いざ自分が対象になって対応に迷った。
 なかなか答えないアオイを不思議に思い、目隠しをしていたイスカが手を離した。

「なに、迷ってるんですか。ヒワ一択でしょ、いつも」
「あ、いや……いつも騙されるから、考えちゃった」

 イスカの視線がじっとりとアオイに向けられた。ノリが悪いとでも言いた気だ。
 それっぽい言い訳をしたアオイに、ヒワが笑った。

「考えたら負けでしょー。直感で答えなきゃね」
「だな。らしくないことした。俺の負け」
「アオイさんの奢り。やった」
「奢りー!」
「はいはい。いつも奢ってるだろ」

 3人がざわついていると、他のホストたちもひとり、ふたりと出勤を始めてきた。
 年上のホストたちが若い3人に笑みを向けた。

「おはよ。早いね。ヒワ、イスカ、アオイ」
「今日もヒワは元気だな」 
「うん、おはよー!ダイチくん予約入ってるよー」

 ヒワは笑顔で挨拶を返し、テーブルに置いてあったタブレットで予約のお客様の確認を始めた。

「はよーす。あ!イスカぁ、俺のシャツの袖のボタン付け直してくれないか?引っ掛けた」
「分かった。脱いでおいて、上着」

 他のホストたちの準備を手伝うヒワとイスカを見守りつつ、アオイも迷いを振り払うように腰を上げた。




 




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