15


 


 ふにゃふにゃの、仁介の唾液にまみれたペニスが温かい。

「ね、ねえ……こんなこと、しなくて……いいんだよ?……いやじゃ、ないの……」
「あ?なんで」

 那須川の声は沈んでいて、嫌だったか?と仁介は顔を上げた。微かに眉根が寄る。

「だって、その……男たちに……無理矢理、された……だろ。僕、も……男、だ」
「あははっ!何言ってんだよ。俺、秋日のこと好きだっつってんじゃん。好きな相手と、そこらの野郎は別モノすぎ!」

 那須川のネガティブな発言に仁介は笑って、固さを失った性器にフッと息を吹きかけた。

「秋日はさ、俺のこと嫌?秋日みたいな奴は嫌いな奴にチンコ舐められたくねえだろ。いや、俺が勝手に舐めたのか。ごめんな?てか、俺のこと好きだからいい??」

 答える前に次々話してくる仁介に、那須川は何度も口を挟むタイミングを逃しながらも、『いい?』とうかがうようにしてやっと彼の声が止まった。
 那須川は答えに困った。
 好きか嫌いかと言われれば好きだ。
 仁介が帰って来てから、好きだと言葉にした。だが、恋愛感情なのかは分からない。
 男で、自分より少しこども。
 家出人で、闇金をするようなバカ。
 それでも、彼が危険だと分かった瞬間の自分の感情の濁流は、彼を『特別』と位置付けている以外ないだろう。
 那須川は視線を下げ、俯いた。

「……しゅーか」
「じん、僕を好きになるの……変だ」

 分からない。どこに好きになる理由があるのだろうか。
 仁介はすぐに『好きだ』とか『特別』と言うが、そう思えても確信的なものは分からない。
 不安げな那須川の消えそうな声に、仁介はそっと身体を寄せて抱き着いた。

「優しくて、認めてくれて、許してくれるところ、たとえば……」

 そばにいることを許してくれた。
 汚くないといってくれた。
 やりたい事を認めてくれた。
 カッコイイと言ってくれた。
 触れる事を許してくれた。
 仁介は話そうとしたが、まとめられずに黙った。

「うぅー…………たとえば、なんていいや。俺が秋日のそばにいたいから、好き。そう思わせたのは秋日ってことだろ」
「……めちゃくちゃ……」

 仁介らしい言葉に、那須川は視線を上げた。

「じん、らしいけど……」

 呆れたような笑みに、仁介は誘われるように口付けた。触れただけで離れる。

「ごめん。ちんこ舐めた後だった」
「言わないで。……べつに、いいよ」

 那須川は目をつむり、自ら仁介の唇に触れた。
 お互いにゆっくりと、相手に気持ちも身体も許すように合わせた唇から舌を入れた。
 はじめての、感覚に那須川は震えた。
 ふたりの息遣いが混じり合い、やたらと大きく聞こえる気がする。
 思ったよりぬるぬるしているわけではなく、水っぽい。仁介の舌は熱く、ざらついていて暴れ回った。
 那須川はただ、されるがままに仁介の襟足を撫でた。
 許せる存在。これから知っていくのは楽しいだろう。
 間違いなく、そうだ。那須川は納得したように仁介の腰を抱き寄せた。
 突然の力にキスに夢中になっていた仁介がビクッと反応して唇を離した。

「ちんこは……使えない。……でも、じんを……感じさせたいから、期待して……ね」

 『おう!』と笑った仁介の嬉しそうな笑顔は、初めて見た野良犬のようなものとは全く違った。
 本当は人懐っこい仁介と、人と馴れ合えない那須川。ふたりのいびつな部分が、丁度よく噛み合ったように、互いに指を絡めて手を繋いだ。







 出会ったばかりの頃を思い出して、那須川は眠っている仁介の顔見つめた。
 一緒にいるのはもう2年だ。思ったより、良い。
 那須川の詰まってしまう話し方も、少しずつ滑らかになっていたし、仁介も守りたいものを手に入れられた。
 那須川が汚れた身体を拭いてやろうと立ち上がると、脱ぎ捨てられた仁介のMAー1を踏んだ。足裏に痛みを感じてベッドに戻り、上着を持ち上げた。
 ジャララッと音がしてベッドに金の鎖型のアクセサリーが落ちた。

「踏んじゃった……じん、こんな……趣味、悪い……」
「ひでぇ。それ、24金だよ。秋日にプレゼント」
「ひえ?!……起きたの……じん」

 眠たそうに目を擦りながら、仁介は言った。
 
「ははっ、驚きすぎだろ。うとうとしてただけ」
「こんな首飾り……僕にどうしろ、って?」

 絶対に似合わない。そして、思ったより重たい。100万は軽く超えそうな金額だろう。闇金……もとい、高利貸しはかなり儲かるようだ。
 那須川は鎖を手に固まっていた。

「それ、マネーチェーンな。昔々のお金の代わりだったってさ。鎖ひとつ外して、品物と交換するって」
「……へえ、そうなんだ……以外な……情報」
「俺と秋日は金だけじゃねえってこと。シャレてんだろ?ただの紙切れより、よっぽどさ」
「うーん……よく、意味が分からないけど……」

 『ありがとう』と、那須川はそれを首にかけてみた。やはり、違和感しか持てない。
 だが、ごろりと寝転びながらも目をキラキラさせている仁介を見ると、那須川は否定するのをやめた。

「超、似合わねえ!」

 そんな那須川のお世辞の気持ちをひっくり返し、仁介はけらけらと笑ってマネーチェーンに手を伸ばした。指先を引っ掛けて、引っ張る。
 自然と那須川は仁介に引かれた。
 笑っている仁介の口を塞ぐように、呆れた笑みで那須川は唇を重ねて、奔放な彼を黙らせた。







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