友隆は不思議な夢を見た。普段滅多に夢を見る事などない、覚えてもいない自分には珍しい事だな…と頭の端で思えるほどには冷静に夢を見ていた。
 ピンクの部屋のピンクの照明の下で友隆は立ち尽くしていた。
 腕の中に可愛い塊がある。丸く黒い瞳が友隆を見つめる。ふっくらした頬に無意識に誘われて、友隆は唇を寄せた。
 きゃっきゃと笑い声をあげる赤ん坊の頃の夏。 

「天使かよ」

 腐って淀んだ自分の心に小さな火が灯るように感じて、友隆は腕の中の夏を抱き締めた。

「友隆…俺、AV…やってみたい」

 腕の中の天使が消えて、友隆の耳に届いた声は小さな火が吹き消された瞬間の夏の声だった。腕の中の温もりが、固い肩をした青年に変わった。
 そんな事させてはいけない。それは頭では理解できる。本当の息子ではないが、姉の子だ。息子として接してきた。唯一の友人も、絶対に夏がそういう世界に入る事は許さないだろう。
 なのに友隆の心には『どうしてやらせてはいけないの?』という疑問がある。やりたいならやればいい…それを口にしてしまえば、親としても友としてもいけない事は頭で理解できる。
 答えられない友隆を説得するように大人になりつつある夏が見つめた。大きな黒い瞳は真剣で、言葉を探すが友隆にはどれが正しいのか分からない。
 『勝手にすればいい』そんな一番簡単な答えでもいい?だめ?分からない。
 友隆は腕の中の夏から離れた。

「…反対だ」

 絞り出した答えに、ああだ、こうだと駄々を捏ねる夏に、友隆は面倒だ…と視線を逸らす。切るのは簡単。けれど切ってはいけない。夏は、友隆の足りない何かだから。切れば友隆は自分が終わる事を深く理解していた。





 ハッと息を呑む勢いで覚醒した友隆は目元を擦った。時計はまだ午前3時。

「……っ……」

 くそ。悪態のひとつも出ないほどに喉が枯れていた。大きなクイーンサイズのベッドに全裸で転がされていた友隆はゆっくりと起き上がった。ふらつく身体を耐えながら部屋の隅にある冷蔵庫から炭酸水を取り出して流し込む。しゅわしゅわと弾ける無味の液体。炭酸の感覚だけはハッキリと感じられた。

「……」

 冷蔵庫に背中を預けて座り込む。家電製品特有の熱が背中をほんのり温めた。

「起きたのか?」

 不意にベッドからかけられた声。友隆は返事はしなかった。

「よく動けたなぁ。夜はあんなにされたのによ」

 友隆が顔だけを声の方に向けると、ベッドに座った男が友隆を見ていた。
 晃志郎。そう呼ばれる男は四十路とは思えない鍛えられた身体とこの歳だからそこの雄の色気が隠しもせず滲む雰囲気だ。彼は四ツ葉彩子の元夫。友隆は彩子の現夫。

「彩子がお前を連れてきて、最初は結構歳食ってると思ったが、若ぇもんだな」

 四ツ葉彩子は芸能界でもそこそこに大きな事務所を持つ女社長だ。もともと小さいながらAV業をしていた友隆はかつて世話になった女とも言える。
 スマートフォンが普及した今、なかなかAVも楽な仕事ではなくなった。動画配信でも十分良かったが、問題は息子の夏だ。出来るだけ動画や画像をネットに置いておきたくはない。ビジネスパートナーの嘉苗と相談して廃業を決めた。
 そこに飛び付いたのが四ツ葉彩子だ。彩子は友隆の容姿がすこぶるお気に入りだった。自分の事務所にスカウトしたいと何度も話を持ちかけられた。確かに友隆は口を開かなければ誰もの目を止めそうな美形だった。モテない時期などなかったと言っても過言ではない。
 だが、人の目を引くのは見た目だけ。共感力が無く、馬鹿にしたような視線や言葉は人の気分を害する。にこりともせず、媚びない友隆は社会性にも欠けていた。学生生活では教師から目を逸らされ、友人もいない。唯一の友人は嘉苗とそのパートナー志乃。もちろん芸能界には向かないし、協調性もないので仕事もなかなか見つからない。
 頭の回転が早いのが救いか、資格も所持していたお陰で、今は四ツ葉彩子の会計士として働いていた。加えて、再婚相手になればビジネスパートナーの嘉苗の新しい事業が軌道に乗るまでも、それからも見守る事を契約した。
 彩子はどうしても友隆を側に置いておきたいようだった。これでもかと言うほど友隆に優しく甘く接するが、仕事もきちんと担当させ、ひとりの人間として向き合う、芯の強い大人の女であった。
 彩子は友隆を着飾り連れ回し、何分も飽きずに見つめる事はあったが、夜の相手をさせられる事はなかった。友隆は面倒な事が減ってなによりと思っていたが、彩子にはもうひとつの趣味があった。男同士のセックスを鑑賞する事だ。
 元夫の晃志郎の絶倫ぶりは彩子も相当お気に入りで、今までにも何人か若いモデルやアイドルを当てがったらしい。どれもこれも晃志郎の相手は長い間務まらず、彩子も満足出来なかった。
 しかし、友隆を手に入れた彩子は週に1回ほど晃志郎に友隆を抱かせた。
 『今までで一番、これ以上ないくらい最高だわ』と、彩子は長いセックスで意識が朦朧としている友隆に囁いた。泣きも喚きも愛を囁きもしない、貪るだけの獣のようなセックス。男らしくてたまらない。そう、彩子は興奮気味に言った。
 友隆は『そうなんだ』と思う他、何も感じる事はなく、いつも意識を手放していた。
 それは昨夜もーーー

「黙っちまって、可愛いな」

 晃志郎が口許を歪めて手招きしたが、友隆は視線を逸らして拒否を示した。
 彩子が居ないのに何の意味がある?と。
 自分の面倒な性分を理解している友隆は、ここまで自分を見捨てず、一緒に夏を育て、側に居てくれた嘉苗の為に彩子と結婚し、野獣のセックスに付き合っているだけ。

「無駄な事はしたくない」
「ひでぇなぁ」

 晃志郎は笑ってベッドから下りた。友隆と同じく裸体を隠す事もせず、逆に見せつけるように歩んで友隆のすぐ横まで来て見下ろした。

「しゃぶれ」

 友隆は視線もやらず、中指を立てた。






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