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 想はカウンターから出てバックヤードのドアを開けた。島津が弄っていた携帯電話から視線を想へ移した。

「終わったか?」
「まだ。島津も話、聞いてくれない?」

 想がドアを大きく開けると、島津の位置からもカウンターの椅子に座るタイランが見えた。

「コンニチワ」
「…ぶっ飛ばしていいっつー事?」
「タイは嫌がらないと思うけど、それは後でもいい?まず話したい」

 立ち上がり、携帯電話をジーンズのバックポケットにしまいながら島津がタイランを睨み付けた。それを想が宥めて、タイランは降参する様に両手を上げて見せた。





 想はタイランとの話を簡単に島津に説明し、島津の質問にはタイランが簡潔に答える。
 ハードディスクの中身の確認。リアとジャアーンの繋がりを証明するPCの確保。岩戸田。
 それが揃えばイタリアのマフィアと連絡を取らなければならない。想は新堂の安否が気になり、少し俯き、下唇を噛んだ。彼の携帯電話なら連絡を取れる。もし、病院へ行けば会えるかもしれない。けれど銃撃に遭ったのだから、無事では無い姿を見る事になるだろう。双子の姉の様に意識のない状態で機械に繋がれた姿は見たくなかった。

「有沢」

 想の様子を察して島津が強めに名前を呼んだ。ハッとして顔を上げた想は、ごめんと反射的に謝って困った様な笑顔を向ける。

「ヒヨってんな」
「は?!」
「素直な時の有沢は通常運転してねぇ」

 ムカつく!と眉を釣り上げる想と、挑発して笑っている島津を見て、タイランは口許が緩んだ。友達とはこういう物なのかもしれないと、思い描いていた様子が目の前にある。思わず微かな笑い声が漏れた。

「仲良し、イイネ」

 それは違う!と声を揃えて否定するふたりにタイランは目を細めた。

「…俺のことはどうしたら信用して貰えそうカナ?何も証明するモノも、差し出すモノ持ってない。俺の身ひとつヨ」

 タイランは机に置いた手の指を組み、目蓋を閉じて俯いた。ヤクザたちは自分が『カラン』を率いてクスリを撒いたと思っているが、組織を持っているのはジャアーンとリア。もちろん活動資金もタイランは持っていない。

「それな。信用出来ねぇのが本音だからよ。取り敢えず一発。俺はそれで今は休戦だ」

 裏切った時は分かってるよな?と島津が言いながら視線を強める。
 強い、引かない事が伝わるその視線にタイランはゴクっと息を飲み、頷いた。腐った連中の中で生きてきたが、時折居る、稀な人間の瞳だ。想とはまた違う、光の強い眼差し。
 タイランは椅子から立ち上がり足を肩幅に開いて膝に手を着いて少し曲げる。顎を引いて歯を食いしばった。島津のワークブーツの爪先がタイランの視界に入った。
 ーーバチン!!と大きな音が短く鳴った。島津の平手が下から振り上げる形でタイランの頬にクリーンヒットした音だ。想はあまりにも良い音に感嘆の息を漏らした。

「わぁ、痛そ」
「っ!!」

 顔こそ振れたものの、衝撃的には優しく、けれどヒリヒリとした痛みと熱がじわじわと頬に広がる。タイランは困惑した表情で顔を上げた。

「本気なら、やる事やるぞ。証明して見せろ」
「簡単に許せない。でも、ここでタイを行動不能にしても解決じゃないって事は分かる。…協力して目的を果たす」

 想は前向きな言葉を発しながらも、タイランに向ける目は笑ってはいない。タイランも自覚している様子で、ふたりの言葉と視線を受け止め頷いた。
 手始めに、機械に強い蔵元にハードディスクの確認をさせるため呼び出す事にし、携帯電話の操作を始める。

「カズマはどうするの?」
「…連れて来てもらうしかねぇだろ。ひとりにはしておけねぇし。…リョウが死んだって…話す」
「やめた方がいいよ」
「…嘘は吐けねぇ…」

 絞り出した島津の言葉に想はこれ以上言えずに、蔵元との通話を繋げた。
 






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