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「リョウ!」

 島津は地面に完全に倒れてしまった身体を視界の端に捉え、慌てて膝をつきリョウの肩を揺すった。グラグラと反動で身体は揺れるだけ。
 気を失った?死んだ?島津の脳内で繰り返される自問。そんな島津の前から大崎は慌てず静かに走り去った。動かないリョウの肩をそっと地面へ戻しながら、島津は何度か名前を呼んだ。少し強めに首元に手を当てるが、息をしていない。脈も無い。

「……リョウ」

 リョウをどうする?このままには出来ない。通報?犯人ではないが、殺人だ。かなり拘束されて面倒ごとになる。でもここは店、アルシエロの裏だ。何かしないと。何か…
 リョウと言う塊を見つめたまま、島津は珍しく動けずにいた。呼吸はしているのに、息苦しい。考えても答えが出ない気がして、島津は眉を寄せて拳を握りしめる。もう一度名前を呼ぼうとした時、島津の電話が鳴った。大した音量ではなかったが、現実に引き戻された島津はどこかホッとして小さな息を吐き出した。着信相手は古谷だ。

「はい、俺です」
『有沢に掛けたが出ないから島津にした。銃撃事件の報告だが、希綿は意識があって安定だ。新堂漣は手術中。そっちは順調か?』

 古谷は捲し立てるようにひと通り報告すると、想と島津の進捗を聞いた。いつもの声が、自然と島津を落ち着かせる。
 島津は数秒言葉に詰まった。古谷も今は忙しいだろう事は知っていたからだ。しかし、島津ひとりでは抱えきれない問題だと分かってもいた。

「…あ、有沢は岩戸田の連絡先をゲットして、タイランに会うまでの時間で自分をエサに岩戸田を誘い出す準備するって。多分『カラン』との繋がりを吐かせるつもりで別行動中です」

 電話越しに相槌を打つ古谷を待ち、島津は続きを絞り出すように声にした。

「あと、友達が大崎に刺されて死にました。…っ、どうしたらいいっすか…」

 途切れ途切れの、微かな助けを求める島津の声に古谷は声を荒げそうになるのをグッと耐え、ミシッと音がしそうなほど車のハンドルを握る事で怒りを逃した。

『島津、俺は日陰と日向の境の人間だからな…友達の状況を上手く隠す事は出来ねぇ。すぐに、そうだな…新堂漣は無理だろうし、有沢のオッさん?若林とかに連絡できるか?お前なら信用されてるだろ』

 古谷はどうしてだ、などとは聞いたりせず対処方法を直ぐ様提案した。説明させるのは島津にとって辛いだろう事は安易に察することが出来たのだ。
 焦りや怒りを感じさせない古谷の言い方と提案に冷静さと意志をわずかに取り戻した島津はキッと眉を正す。

「…はい、確かに…連絡できます。古谷さん、ありがとうございます。本当に。判断、出来そうになかったんで…すみません」

『何を今更。また飲みに行くから奢ってくれよ。俺に出来る事かは分からんが、今回みたいにちゃんと言えよ?お前らホント…手がかかる。俺も飽きないわ』

 呆れた古谷の言い方に島津も苦笑いしか返せなかった。思考が戻りつつある島津は困ったように最大の問題を口にした。

「有沢が岩戸田に接触しようとしてるって若林さんに言ったら色々問題有りじゃねぇすか?俺、半殺しにされそう」
『言わないでおくに決まってんだろ!馬鹿か。有沢は情報収集に行ってるとでも言えよ。俺だってこんな危ない話、始めから知ってたら止めとるわ!』

 電話の向こうで荒ぶる古谷に、すみませんと島津が謝ってから通話を終えた。
 そう、もう事態は止められない。動き続ける濁流の中での選択肢ひとつ間違えば…。島津は自分の膝元で動かないリョウに視線を落とす。

「リョウ、ごめんな。カズマに合わせてやれなかった」

 島津は薄手のナイロンパーカーを脱いで横たわるリョウの亡骸へ謝罪と共に掛けた。携帯電話を再び手に、想の叔父であり青樹組の傘下でもある岡崎組組長若林謙太へ電話を繋ぐ。
 本来ならば、わざわざ自らやくざへコンタクトなど取らない。見返りに何を要求されるか分からない上に、関われば最後、死ぬまで関わる事になるかも知れない事を島津は良く分かっていた。しかし、想の叔父、若林は島津の知るやくざとは少し違った。『仁義』を芯に持つとでも言えば言いだろうか。表面だけ、言葉だけではない。支配的な人間でありながら決して堅気の者は傷付けたがらない。守るべきだ対象だと考えている事が伺える。しかし、やくざには変わりなく、身内に害を成すモノや道を外れた者には容赦は無いのだが。助けてくれるだろうか…。
 今は警察の目もあり幹部達は動けずにいるだろう。電話はすぐに繋がるはず。業を煮やしているであろう若林を自分は相手に出来るかと、島津は小さく不安を吐き出し新しい空気を吸い込んだ。
 島津がリョウの背中を何度か撫でたとき、想像したより幾分かイライラした様子の声で相手が『どうした』と電話に出た。

「お忙しいところ失礼します。島津です。手に負えない事があって、助言いただけませんか」
『想か?』
「有沢は情報収集に出ていて別行動っす。岩戸田の駒だったリョウを確保したんですが、俺の古いダチだったので逃がそうとしてました。でもさっき青樹組の奴に刺されて…死んだんです。説教は覚悟してます。若林さんは青樹サイドだって事も分かってます」

 電話の向こうでは事情を把握していた様子の若林が、静かに『そうか…』と言葉を濁した。

『塩田を向かわせる。場所はどこだ?』

 島津はアルシエロの裏だと告げて、何度か謝罪と感謝を口にした。震える声に苛立ち、島津は険しく眉を寄せていた。それを感じ取った若林は通話の終わりに『残念だったな』と電話を切った。若林の声音は島津を気にかける優しい雰囲気だった。

「ちくしょう…っ!!」

 ゴツっと携帯電話が手から滑り落ちて地面にぶつかると同時ほどに島津は両手で顔を覆った。溢れ出る物は止められない。目を瞑ればリョウを待ち続けるカズマが思い浮かび、島津は自分を責めずにはいられなかった。



 



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