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 リョウは想に殴られ、のびたままだったが、それでもまたいきなり攻撃されては堪らないと島津は彼の手を後ろに縛った。そして背負うように担ぐ。
 想は放り投げてしまった携帯電話を手に取り、言葉を失った。画面が割れていた。

「島津のスマホ貸して。壊れた」
「マジか。ケツのとこ」

 いつかもこんな感じで誰かを背負い、ズボンを探らせた記憶が蘇り、島津はやれやれと溜息を零した。
 想が島津のズボンに手を伸ばした時、慌てた様子の声がふたりを呼んだ。

「有沢!島津!さっさと来い!」
「ふる、たに…さん!?」

 島津は声が裏返るほど驚いた。ホテルの裏へ回ってきたであろう古谷は目深にキャップを被り、黒いパーカーにジーンズと言う平凡すぎる目立たない出で立ちでいた。だが、彼の通る声はすぐに分かった。

「古谷さん、ありがとうございます」
「礼ならたっぷりしてもらうから覚悟しろ。それより警察や野次馬が集まりだしてる。急いで俺の車に乗れ」

 島津はリョウを背負い直し、古谷に続いて走った。想も周りに落ちている物を確認し、血痕を砂利で隠すように靴底で辺りを均して後を追う。

「有沢、呼び出しといて電話に出ないってなんなの?」
「す、すみません。アクシデントです」
「だろうな!銃声みたいなのが聞こえたからどんだけ慌てた事か!」

 古谷はホテル横の古いオフィスビルの前に車を停めてていた。防犯カメラから後部座席が隠れるように停めてあり、島津に身体を低くしたまま乗るように指示を出す。

「あざす」

 島津はリョウを押し込み、自分も乗り込んだ。想が続いて乗る時、古谷は神妙な顔でそうを見つめた。それに気がつき、想は首をかしげる。

「怒ってますか?非常事態で頼れるのが古谷さんしか思いつかなくて…」
「あ?ああ、いや、いいよ。たまたま移動中だったし、電話かけて来て何も言わねぇからヤバいんだろうとは察したさ。蔵元に連絡して場所聞いて飛んできた」
「さすが古谷さん。頼りになる」

 島津が拝むように手を合わせた。
 普段の古谷ならそのやりとりにツッコミを入れるところだが、言葉が口から出ないのか何かを言いかけて止めた。さすがに様子がおかしいと、想も島津もふざけた態度はやめて古谷を見つめる。

「…とりあえず移動する。どこに下ろせばいい?俺、暇なようで忙しいのよ。警察とヤクザ双方の動きを把握してたいから」
「有沢、どうする?一旦新堂さんの部屋までリョウを置きに行くか?」
「いや、そいつには岩戸田のこと聞かないと。場所…近くに無いからアルシエロでお願いします」
「10分てとこか。分かった。けどよ、店はいいのか?」
「今日は臨時休業なんすよ」

 了解。と古谷は発進からそれなりのスピードで車を出した。裏を通っていくが、サイレンの音が聞こえる。銃声に慣れない近隣の人々が何か爆発したのでは、何かがぶつかったのではと騒いでいる様子が車窓からうかがえる。

「なぁ…お前たち知らないようだから一応言うけど。…T町のお高めなホテルで発砲事件があった。ヤクザのイザコザって件で今の所、報道するみてぇだが、俺のトコに来た話だと希綿と新堂が負傷したそうだ」
「は?!」

 島津が身を乗り出して詳細を聞きたいと運転席の古谷に迫った。

「お、落ち着けよ。病院に搬送されて、まだ安否は分からん。傷の程度もまだ情報が回ってこねぇんだ」
「…それ、『カラン』にやられたの?」
「あー…黒幕は、だろうな。加害者の方は中国人だ。不法滞在の奴で、恐らくは利用されたんだろ」

 想はドッと不安が押し寄せ、瞬きもせずに自身の靴先を見つめたまま動けずにいた。身体は動かないのに、心臓だけは狂った様に動きを早め、思考が鈍く沈んでいく。
 銃で撃たれればただ事では済まない。狙われていると分かって敢えて銃弾を受ける時、身体の部位を新堂は選べる。以前想が撃たれそうになった時にそれを庇った新堂の事をバケモノだと、ギロアがそう言っていた。回復が早く弾は抜けやすく筋組織や血管もなるべく重要な部分を避けられる。けれどそれは殺傷力が低い小型銃で尚且つ加害側の腕が良ければ良いほどの話だ。狙ってくる箇所は大抵決まっている。しかし大型口径の銃で素人の襲撃や乱戦状態ではそんな神業出来るはずもない。
 想の手が微かに震えた。

「なんでいきなりそんな荒技に出たんだ?」
「ヤクザに目を向けさせるんだろうな。例のやばい薬も青樹組に罪を被せるって言ってたろ?そしたらこれで『カラン』は一旦消えるんじゃねえの。俺ならそうするね」
「岩戸田は?」
「……」
「古谷さん?なにか知ってんなら教えて下さいよ」
「奴は有沢を狙ってる。リョウが使えなくなった今、どうやって接触してくるつもりだか」

 古谷は低く、小さな声で唸るようにつぶやいた。

「有沢はとんだ巻きぞえ食うわけか」
「若林。新堂。ふたりにとっちゃ有沢は特別な存在だろう。奴はとにかくぶち壊したいんだ。自分の未来だった組を奪った身内(ヤクザ共)にな」

 カズマも同じことを言っていたな、と島津は横目に想を見た。俯き、指先を包むように両手を握って動かない。新堂の事を考えているのは見て取れた。

「でも、リョウは捕まえたし、岩戸田の仲間はもう少ないんじゃ?」
「『カラン』とどの程度深く連んでるかだろうな、問題は。奴らなら人数もいるし、その辺でいきなり襲撃される可能性もある。今回の銃乱射みたいな」
「…有沢は今夜タイランと店で会う約束してるんですけど、罠ってことも?」
「は!?まじかよ。…危ねぇんじゃねーのそれ」

 島津と少し動揺した古谷が揃って想を見た。けれどふたりの会話は想には届いておらず、反応が無い。島津はそっと肩に触れようとして、やめた。息を大きく吸い込み、背中を叩いた。

「有沢!」

 島津に背中を強く叩かれ、想はびくっと顔を上げた。

「あ、ごめ…」

 とっさに想は謝罪の言葉を零した。けれど、唇が震えてそれは小さな呟きになって消えた。

「古谷さんが逐一報告してくれるって。ね、古谷さん」
「は?あー…ああ、いいよ。報告するする。あの新堂漣だからしぶといだろうしな」

 古谷はなかば仕方ないと言う口振りだったが、想の不安気で怯えた顔を見れば嫌だとは言えなかった。

「どうせ今は会えないさ。落ち着かないと。…なにかわかれば連絡する。いいな?」

 古谷はアルシエロの前に車を寄せた。後ろの想を心配するように振り返る。

「今は自分の事を第一にしろ。タイランとは止めろっつっても会うだろううから、ひとつだけ言わせろ。ヤバくなったらとにかく逃げろ。分かったか」

 島津は微かに頷くだけの想を心配そうに見てから、自分の傍で身じろぐリョウに気づいて車のドアを開けた。

「行くぞ。リョウが気が付きそうだ。その前にバックヤードにぶち込まないと」

 島津は想を押して早く出ろと促し、自分も降りるとリョウを担いだ。想が店の鍵を開けて中へと促すのを確認して、古谷はすぐに車を出した。
 

 




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