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「っ!!」
「っが…!」

 ふたりの格闘の最中、リョウの背後を取った想は付近に落ちていた鉄パイプをリョウの後頭部へ叩き込んだ。鉄パイプの空気を裂く音の後に重く鈍い音が響き、リョウはコンクリートへ倒れこむ。右の手からナイフが落ちた。想がそのナイフを蹴り飛ばすと軽い音がしてホテル裏口の排水溝へと滑り落ちた。

「島津、大丈夫?」
「いや、一瞬マジで有沢が逃げたかと思って覚悟したわ」
「…ひどい」
「冗談だ。しかし…やっぱ説得は聞かねえか。…ま、そんな気もしたんだ。結束バンドくれ」

 島津は口元に笑みを浮かべたが、感じ取れるのは明らかにがっかりとした様だ。想はポケットから結束バンドを二、三本目取り出して島津に渡し、殴られた顎へそっと手を伸ばした。

「ちょっと切れてる。痛そ」
「痛ぇよ」
「ハンカチいる?」
「いらんわ。それよかバイクだと運びにくいぞ。誰か車回せねぇかな」

 想は蔵元がカズマの見張りをしていて動けない事を考え、思い当たる相手へ電話をかけ始めた。
 一方島津はリョウの身体をうつ伏せ、後ろ手に拘束しようと結束バンドを巻く。きつく止めようとしたとき、気を飛ばしていたはずのリョウの目がカッと開いた。
 リョウが腕を力強く大きく開くと、結束バンドは弾け飛んだ。自分の傍に膝をついていた島津の腹へ肘を打ち込み、身体を起こす。そのまま流れるように脇腹にベルトで留め、隠し持っていた小型拳銃を取り出した。
 腹への不意打ちに島津が呼吸を整えながら視線を上げた。自分に向けられた銃口は2メートル程先にあっても存在感があった。それから目が離せない。

「島津!」

 想の声に島津はハッと我に返り息を飲んだ。次の瞬間にはホテルの裏口に発砲音が一発。
 島津は自分に向いていた銃口が空へと照準を変える様がスローモーションのように見え、目が離せなかった。
 発砲前の一瞬、リョウは島津を前に躊躇うように舌打ちをして頭から流れた血に瞬きをした。それでも引き金の指がそれを引き絞る。
 想は携帯電話を放るとリョウの懐へと飛び込むように転がり、銃を持つリョウの手へ掌底を下から上へ叩き込んだ。衝撃で銃口は上へ向き、リョウは空へと発砲してしまった。
 リョウは発砲音が止んでも銃を空へ向け、佇んだまま。状況が把握出来ずに固まった。跳ね上がった腕に想から受けた打撃の鈍痛を感じた頃、想の怒鳴り声が鼓膜を揺さぶった。
 想は緊張感の解けぬまま怒気を露わに眉を吊り上げてリョウを押し倒す。馬乗りになりその手から銃を無理やり奪い取って地面へ放る。

「本気で撃ったな!」

 想は声を荒げてリョウの頬へ拳を打ち込む。何度か繰り返し、リョウの顔面は血まみれだ。想は荒い息を整える事もなく立ち上がると先程リョウから奪った銃を拾い、殴られて意識が朦朧としている男の元へ歩み、見下ろして銃口を向けた。

「待て、有沢」
「死ねばいい」

 呆然と一連の様子を見ていた島津だが、慌てて想を呼んだ。だが、冷たい一言が島津の言葉を遮るように放たれる。

「有沢」
「なに」
「ここで撃ったらしょっ引かれるぞ。さっきの銃声で岩戸田も動いただろうし、匿名で通報もするはずだ」
「撃ち殺すのはダメなの?じゃあ首でもへし折る?」

 想は狙ってリョウの首へ足を近づける。的確に力を込めて一瞬で殺る自信が想にはあった。

「頼む!やめろ!」

 島津に怒鳴られ、想は視線を島津へ変えた。島津は眉を下げ、苦しそうに声を絞り出した。

「俺が気を抜いたから。悪かった」

 甘い相手ではないと分かっていたはずなのに、友に対する意識から気が緩んだ。本当に生きるか死ぬかの一瞬になった事、想から本気の殺意を引き出してしまったことに島津は奥歯を食いしばって俯いた。
 想はその言葉に自分が冷静さを取り戻すのを感じた。助けるためにヤクザより早くリョウの身柄を欲しかったはずだと、ぎゅっと目をつむって自分の行動を悔やむ。
 銃を腰へ差し込み、膝をついて地面を睨む島津の傍にしゃがみ込んだ。

「なんで、島津は悪くないのに…あいつが…島津を撃とうとしたから…ごめん」

 想はそっと島津の背中に手を置き、反省するように頭を垂れた。
 
 

 



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