いつからだろうか。毎日痛みと戦っていた気がするのに、何も感じなくなった気がする。
 永松夏はシャワーを止めるまで、ぼんやりとそんなことを思う。毎日泣いていた気もするが、今は泣いていない。夏は他人事のように考えながら撮影所の隅にある簡易シャワーから出た。

「ナツくん、今日も凄くよかったねぇ」
「…そうすか。ありがとうございます」
「人気急上昇!ここらで刺激の強いヤツ、撮ってみない?」

 裸で立っていた夏へタオルを差し出す監督の山岸がにこにこと笑みを貼り付けた顔を向けてくる。夏は眉をひそめてからチラッと撮影機材の前で、夏の専属カメラマンの嘉苗と共に、こちらを見ている男を盗み見た。ばっちり目が合い、夏は目を伏せた。

「…社長に聞いて下さい」
「ホント?!ナツくんならバカ売れだよ」

 山岸は跳ねそうな勢いで先程夏と視線を交わした男の元へ駆けた。山岸が男に色々と話していたが、夏は興味も無い様子でタオルを身体に巻き付け、服をまとめた籠へポタポタと水滴を垂らしながら歩く。夏が適当に茶色く染められた髪から水気を取って着替えを始めると、本日絡みをした同じ事務所の男優に労いの言葉を貰って会釈を返した。

「ナツくんてすげぇヤラシイ身体してんのに、あんまり喘がないよね。もっとアンアン言ったら雰囲気出ると思うけどなぁ」
「…マジですか?男がアンアン言ってキモくないっすか」
「AVなんだしやり過ぎくらいでいいんじゃねぇ?」
「…そうですかね…」
「くく、ナツくんて一見冷たそうに見えて素直なのかな。ま、今のままでも魅力的、逆にそういうクールな感じがそそるし。エロい身体、社長も愉しんでるってマジ?」

 いやらしい視線で顔から身体、足へ辿られ夏は少しばかり視線を強めて相手の男優を見た。しかしそれも一瞬で、すぐに視線を逸らすと止まっていた着替えを再開させた。
 それを見た男優も夏の無言の会話打ち切りを察して、微笑みを貼り付けたまま一足先にスタジオを出て行く。
 夏は興味もなさそうに姿を追うことも無く着替えを終わらせて携帯の電源を入れた。着信などをチェックすれば一件のメールがある。それを開いて夏は無表情を貼り付けたままスタジオを出て行った。





 地下駐車場をゆっくりと歩き、様々な車の並ぶそこを歩く。人の生活水準を示すような高級車、省エネをうたう車、大衆向けの車、個性を求めた改造車。全く同じ物がある中、時おり目を引くものもある。夏は人間も同じだと、どこかぼんやり考えた。
 顔は違っても、やること、着る物、食べるもの、どれかしら同じだ。自分もそれらと変わりない存在でありたい。けれど、自分は普通では無いかもしれない、と夏は常に頭の端で考えていた。それも、評価される様な違いではなく、卑下すべき違いだ。
 夏が20年生きてきた中で感じている物はそればかり。あれやこれやと流されに流されて今の場所に引っかかっている。

「おい、今日はあんまりノッてなかったじゃねぇか。仕事をちゃんとしろ」

 背後から静かに凄まれ、夏は肩をビクッと震わせて俯いた。唇からは謝罪の言葉が小さく漏れる。

「さっさと乗れ」

 はい、と小さく答えた夏は解錠された車の助手席へ乗り込み、シートベルトをすぐに着ける。夏とは逆にゆっくりとした動きでタバコの煙を吸い込み、隣に乗った男は紫煙を夏へ向けて吐き出した。

「帰ったら新しいアソビを教えてやる。あの監督、もっと刺激的な事、だとさ」

 夏は俯いて居た顔を上げて微かに頷いた。僅かに震える膝を無理やり押さえつけて夏は隣の男を不安の目で見つめた。

「友隆…」
「社長だろ。まだ外だ」

 冷たく言い切られ、夏は再び俯いた。
 車が地下駐車場から出ると、まだ空は明るい。夏は俯いたまま明るさの残る景色から目を背けて静かに呼吸を繰り返していた。






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