ガサガサとビニール袋が右手で鳴っていた。司は上手く処理しきれない気持ちに蓋をして、ひたすら仕事に打ち込んだ。企業のデータ管理をする部署ではあまり人と関わらず、ひたすら文字の羅列と向き合い、入力し、外から侵入されないようにコンピューターの中を整理して壁を作って保管して、そんな作業の繰り返しだ。司は目に見えて疲れている、と同僚に心配され、渡された袋にはゼリー飲料やエナジードリンクが入っていた。
 司が部屋の前に着くと、ドアの前に人がいる。既に一週間過ぎたが、あの暴行男がフラッシュバックして司は持っていた袋を落とした。暴力の恐怖と、大事な人が去っていく寂しさに足が震えていた。

「あ、すみません…731の部屋の方ですか?」
「あ…いや、…」

 司は言葉もあやふやにしか発することが出来ずに震える足で必死に立っていた。目の前にはあの暴力男でも、彼女でもない、細身でよくいる雰囲気の若い男だ。見覚えがあるような、ないような。司がリアクションに詰まっていると、若者は笑って手紙を差し出した。

「俺、一つ上の階の瀬能です。多分間違って郵便が。岡野司さんでしょ?」

 差し出された薄ピンクの封筒には己の住所と名前、隅の方に見えた差出人『ヒカリ』の文字を見て司は震える手で封筒を受け取り、グシャグシャに丸めてスーツのポケットへ押し込んだ。
 瀬能は少し驚いていたが、司の顔色の悪さに心配そうに顔を覗いた。

「…大丈夫です?」
「は、はい…わざわざ、ありがとうございました」

 司は顔を背けて深く頭を下げると、逃げるように部屋の鍵を開けた。さっと中に入って、玄関にへたり込む。初対面の人間が恐ろしい。特に、部屋の周辺で会うことは怖かった。見知らぬ暴力男の件があり、鍵を付け替えていたが、引っ越しを考えていた。司の部屋は段ボールが積まれている。
 ぐしゃぐしゃに丸めてポケットに押し込んでいた手紙を取り出して、疲れた視線をそれに注ぐ。結婚を誓い合っていた彼女に振られ、覚えのない罪で男に強姦され、そして未だに毎日覚えのない『ヒカリ』からの手紙。
 司は読むことも止めてゴミ箱に捨てた。

「…つかれた」

 人とぶつかり合ったことも、誰かを陥れたこともない平凡な司にとって、どうしてこうなったのか皆目見当もつかなかった。恨まれるようなこと、した?と目頭を押さえてベッドへ倒れ込む。精神的に疲れていた司は、すぐに眠ってしまった。




 ヌチヌチと、遠くで音がする。そして何より気持ちいい。そんな感覚に司はぼんやりと目蓋を開けた。そして固まる。夢?と首を傾げたが、ペニスの先端を舌でザリザリと擦られ、小さな悲鳴を漏らした。
 司はパニックで唇を震わせた。見知らぬ茶髪が己の股間に顔を埋めてヌチョヌチョと手コキつつレロレロと口で舐め回しているではないか。

「あ、起きた?つかさぁ…疲れてるのにこっちはビンビンだね」

 股間の茶髪は男だった。見たこともない、知らない顔。二十代くらいだろうか、なかなか女に好かれそうな顔立ちが司を微笑みながら見つめている。
 司は己の身体に触れているのが男だと分かると、たちまち萎えていく熱をしっかりと感じた。湧き上がる嫌悪と恐怖に体を動かそうともがくが、腕はビニール紐の様なもので一括りにされ、ベッドの柵に繋がれている。司が怯えた声を微かに漏らすのを見て茶髪が笑う。

「あれっ?元気なくなっちゃった…」

 ふにっと玉を優しく揉む指先にさえ大袈裟に驚いて、司は足をばたつかせる。じわじわと涙が溢れてきて、目を伏せた。

「…ヒ、ヒカリ…?」

 消えそうな音が司から零れる。茶髪は目をぱちくりとさせてから、照れたように笑って股間から司の目の前に移動した。俯いて、目を合わせようとしない司の頬を茶髪の手が包むように持ち上げた。

「気付いてくれたの?!そう、俺がヒカリ」

 嬉しいな、と笑うヒカリに、司は冷や汗がドッと溢れた。ヒカリは属に言うストーカーが何かだろう。そしてホモ。

「…ひっ…お前、なんか…知らないっ」
「ヒカリだよ。ずっと見てた。司は優しいし、寝顔が可愛い。いつか俺のものにしたかった」

 弱々しく首を振る司に、ヒカリは顔を寄せて天井を指差した。恐る恐る司は顔を上げた。特になにもないと、堅い動きでヒカリを見る。

「照明の横に穴があるのね。アレにカメラが着いてる。兄の部屋に居候させてもらってるんだけど、司のこと…俺はずっと見てたよ」

 寝顔も、寝相も、セックスもね、と笑うヒカリに、司は鳥肌を立てて暴れた。だが、腹辺りに乗っかったまま顔を押さえられ、手は縛られている状態で司は殆ど動けず、生理的な涙を零した。頭が思考を停止しようとする。だが、何をされるのか怖くて司は思考を投げ出すことさえも怖かった。
 ニュースでよく見るのは被害者は殺される。そんなものだ。司はカタカタと奥歯を鳴らして目の前の笑顔を見つめた。

「おれ、なに、か…した…?」
「え?うーん…俺が兄の所に来た日、司が郵便の入れ間違いを届けてくれただろ?敢えて言うなら、その時、俺のハートを奪ったことかな?」

 司の質問に疑問で返したヒカリだが、どこか満足そうだ。ヒカリは鼻歌混じりに己のベルトを外し、衣服から下着まで脱ぎ捨てた。司はヒカリの笑顔から目が離せず、それ以外の情報がシャットアウトされているようで特にヒカリの行動を咎めることも驚くこともない。

「俺なら…司が世界中の人に嫌われても味方だよ。あの女みたいに、司を傷付けたりしない。司は見る目がないよ。俺の元カレも、司にキチガイみたいなことしてたね…ごめんね。しっかり言って、二度とさせない」
「っ、あ…?!」

 ぐちゅ、と粘着質な音か耳に届き、その瞬間司は身体を震わせた。萎えていてペニスに滑る温もりが押し付けられ、擦られる。ヒカリが股を擦り付けていた。

「ちゃんと、司が気持ち良くなれるように準備してきたから」

 ぬちっぬちっと腰を揺らして司のペニスを刺激し、ヒカリは色気を含む吐息を吐き出した。欲情に濡れた視線か司を見つめる。司は目を離せずに視線に捕らわれた。

「好きなだけ俺の中に出せばいい。俺で気持ち良くなって、俺のこと…うん、気持ち良くなればいいよ」

 ね、と唇を奪われた司のペニスに熱が集まる。恐怖が占める心の中にヒカリの視線がくっきりと刻まれ、司は静かに目を閉じた。



end.






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