21




 
 震える指先が嫌で、想は拳を握る。
 そんなこと言われたくない。言い返したいのに声が出ない。
 古谷は強い視線で想を見つめた。

「いつまで待つんだ?」

 想は古谷の言葉が全身を巡るのを止めるために、古谷の頬を殴った。

「……俺の、勝手です……!」

 想の言葉に古谷は殴られた口端を押さえながら大きく頷いた。
 瞬間、想は古谷に流れるように引かれ、玄関から部屋へ続くフローリングの床へ倒された。

「わッ!」

 背中の痛みに想は顔をしかめたが、負けてたまるかと脚で立っている古谷の膝を絡め取り、彼をフローリングへ倒した。

「ぐあっ……へへ、やるじゃん!」

 古谷は起き上がろうとしている想の肩を掴み、床へ自身の身体を使って押さえつけた。

「いつもそんなんじゃ疲れるだろ。たまには力抜いて、遊んでみたら?」
「そんなの……!」

 ぐぐっと腕に力を込め、膝を立てて乗っかる古谷の腹を押す。

「あー腹は痛い、傷が」

 古谷の声に、想が慌てて膝を退ける。
 大した痛みは無かったが、想の抵抗が明らかに弱まり、古谷は微かに笑った。
 想の困った、動揺する顔が思い浮かんで古谷は優しく耳を甘噛みする。
 片手で衣服越しに想のペニスを押すように刺激したが反応は無い。いつもきちんとしているイメージの想が、部屋着にパーカーという無防備感が堪らなく古谷をかき立てた。
 正面から抱き込み、想の匂いを感じる。
 古谷は押さえつけたまま熱を持ち始めた自身の下半身を押し付ける。

「うあ?!うそ、古谷さんっ!いやですって!」

 古谷の興奮を感じ取った想は、背中を反らしてなんとか反転した。
 だが、古谷は触ることを止めない。
 背中から抱き込まれ、耳や首を唇が愛撫していく感覚に想は震えた。古谷の口からは『好き』と言う囁きが漏れ続けている。
 嫌悪はないが、どこかで嫌だと思ってしまう。
 『有沢』と呼ばれるだけで新堂ではないと感じ、頭が拒否する。
 彼がいいと、心が弱々しく訴えてくる。
 そして、その感情が古谷に対して失礼だと言う事も分かっていた。

「お……お願いします、止めて、ください……」

 想は拳を握りしめて床へ押し付けた。
 腕に力を込めるが、古谷のは退かせない。
 震える声で古谷に訴えたが、彼は逆に甘えるように背中に額を擦り付けた。

「止めたくない。お願い」

 古谷は想のシャツを捲り、素肌に手を這わせながらゆっくりとスウェットパンツの中に手を入れた。
 あまり反応はしていなかったが、古谷がうなじに軽く吸着くようにキスを繰り返しながら直に性器に触れると、ゆっくりとだが熱を持ち始める。
 古谷自身、男との経験は無かったが、嫌だとも思わずむしろ欲情していた。

「っ、は……や、やめ……」
「少しだけ。もう我慢できねえ」

 思った以上に興奮している自身に古谷は内心ガキかと己を笑ったが、止められそうにないと思った。
 けれど、ここで早急なセックスをしてしまっては駄目だと、僅かに残る理性が警告する。
 精一杯感じさせてやる、と口端を上げた。

「深く考えないでさ、あるだろ?付き合うつもりが一晩だけだったてこともさ」

 息を止めて首を横に振る想の姿に、古谷は胸がチリっと痛んだ。
 悪い意味で狭いく、高い壁に囲われた道を進んできたであろう想は、春海の言うように普通ではないのかも、と感じる。
 簡単に気持ちを動かさない頑固さも、想にとって良いのか悪いのか、古谷には分からなかった。
 それでも、自身の思いを込めて強引にでも愛してみれば、少しは変わるかも、と言い聞かせる。
 決してヤリ目的ではない。好きだと、伝えるセックスだと古谷は想へ身体をくっつけた。

「有沢……好きだ」

 一際気持ちを込めて耳元に囁き、耳朶を舐めると、想は身をすくめた。
 古谷は無防備な背中に身を寄せたまま、想のペニスをゆっくりと扱き始める。
 じわじわと溢れる先走りを指先で絡め取り、塗り込むように握りなおして強く擦る。古谷の熱が主張するように想の腰を押した。

「は、……ぁ、っ」

 脱げかけたパーカーの袖を握りしめ、想は久しぶりの性的快感に抗えなくなりつつある醜態に悔しくなって目をきつく瞑った。
 こんなの駄目だ。と脳内で叫ぶ自分とは裏腹に身体はこの先にある快楽を味わいたがっている。

「だめ、だ、……っ!」

 古谷が思うより早く、想は身体を震わせて達した。
 んん……と甘えたような小さな声に、古谷は身体中の血液が沸騰する感覚を覚えてゴク、と喉を鳴らした。
 くたっと床に身体をあずけたまま動かない想の顔を覗くと、目をつむり眉を寄せている。目元に浮かぶ涙は、後悔か、と古谷は少し申し訳ない気持ちになるが、止められない。
 古谷は素早く立ち上がって一番近いキッチンからオイルを取ってきた。数秒のことだが、想は1ミリも動かず、その場でうつ伏せたまま。
 隣に座り、古谷は想に手を伸ばす。

「なあ、有沢が新堂漣を待つのも、好きだっつのも否定しないし、それでいいと思う。もしかしたら、明日には俺を好きになったりするかも。……まあ、本音を言えば新堂漣なんてもう忘れればいいのにって思うけどな」

 古谷は想の髪を優しく撫でながら微かに笑った。
 想は髪を撫でる手を退けて起き上がり、古谷を見てから頭を下げた。

「……やっぱり、俺……出来ない……」

 古谷は顔を上げない想の頬に汚れていない方の手のひらで触れ、優しく微笑んだ。

「だから、そんなに深く考えるなって!」

 古谷が身体を寄せて、想の首筋に顔を埋めて舌を這わせる。

「おいで。新堂漣だと思えなんて言わないし、思われたくない。……有沢はそんな器用なこと出来なさそうだしな」

 眉を寄せ、涙が溢れそうな目元にそっと唇を寄せた。

「安心させたい。ひとりじゃないって、俺も味方だって、分かってくれるだろ?」

 耳元を優しく撫でる古谷の声に想はくすぐったい感覚に小さく震えた。
 逃げ出したい。
 新堂に抱き締められたい。
 名前を呼ばれたい。
 『捨てられたぞ!』と怒鳴る立花全の声が脳裏に浮かぶ。
 想は抑えきれずに涙が溢れた。
 どうすればいいの?と自分に問うが、答えなど分からない。
 想は戸惑いながら古谷の肩へ腕を回した。







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