智也がだんだん距離を置くようになり、内田はそれを大して気にもしなかった。
 一年早く大学生になった内田は楽しいことが山ほどで、智也の存在は埋もれていった。

『俺、センパイの何なんだろ』
『しらねーよ』

 最後のメール。そして電話で揉めて、そのまま。内田は、謝ろうなどとは決して思わかなかったが、取り戻したいと強く望んだ。いまもそれは続いている。





 深夜のスーパーで智也に完全脈なしだと嫌いだと言われた日からひと月程経っていた。

「ーー…電波の届かない…ーー」

 お決まりの音声に内田は溜息をして通話を終わらせると携帯を放った。
 もう遅いと、頭のどこかで分かっているはずなのに、未だに支配したい欲望が身体を渦巻く。
 内田は撮影した10分程度の動画を開いた。テンションが可笑しくなって、泣きながら笑う智也が他人に犯されているのに、興奮する。泣き顔が、本当にそそる。

「っはー…」

 まさに理想の子。内田を精神的に満たせるのは手のひらに収まる画面で昔のヒーローのお面を付けたクズに犯された智也だけだった。
 如何にしても取り返せないか、思案して見るが勝ち目の無さに劣等感を感じて内田は吸い殻が溜まる灰皿を投げ飛ばした。
 江崎理玖。二つも年下のガキに負けている。それが内田を苦しめた。有名なサガミ高校に通いながらバイトもしている。おまけにとんだ度胸の持ち主だった。
 智也に二度と会いたくないと言われた日、智也に会う前に内田は理玖と会った。
 動画は見せていないが、画像の一部を見せた。制服を崩さずにキチンと着用し、髪も染めずピアスもしていない真面目な高校生がどんな反応をするか、内田は半分意地悪に理玖と接触した。掻き回して、別れされて、拾ってやればいいと。理玖は取り乱したりしなかったものの、内田の携帯を壊した。

「おい、何すんだ!通報するぞ」
「勝手にしろよ」

 理玖は嫌悪の眼差しで言うと、財布から紙幣を全て取り出して内田に押し付けた。

「この先、智也先輩に何かしてみろ。容赦しねぇから」

 ショートダッフルにマフラー。そんなしゃれっ気も低い防寒重視な身なりの高校生から智也を取り戻したい。
 内田が智也のバイト先で待っているときは必ず理玖も待っていた。雪が降っても雨が降っても、駐輪場のトタン屋根の下で本を読んで一時間近く過ごしていた。
 屈辱的に、負けたと感じさせられた。
 内田は逆に自分自身が乱されていることに戸惑う。ついこの間まで入り浸っていた部屋の女には、寝言で『ともや』と何度も呼んでいたと言われ、何度か誤魔化したが、さすがにセックスの時はまずかったようで追い出されていた。
 それからも、つい目で追うのは明るい髪色で長さの短い子。男にさえ視線を持って行かれていた。

「…やべー、行かねぇと」

 大学に行くことも面倒に思え、考えることは智也とのこと。適当に学校の時間を過ごし、友人の誘いで色んな女と一夜を楽しむ。
 どうしてか、男としたいとは思わなかった。
 内田は気分を変えるために大学の帰りに適当に目星をつけた可愛い女の子をひっかけた。
 満更でもない女の子の肩を抱き、人混みを歩いていると理玖とすれ違った。お互いに存在に気付いたが、理玖は無関心に視線を外すと流れに乗って反対方向へ進んだ。
 内田は立ち止まり、振り返る。隣の女の子が不思議そうに内田を見上げた。内田の視線は、先程すれ違った理玖の隣、身体を寄せてじゃれる智也に向けられていた。
 端から見ればふざけているだけだが、内田にはそれ以上だと分かる。
 震える拳を握り締め、追おうとしたが智也を隠すように理玖が立ち、内田などどうでも良いと言わんばかりに駅ビルへ入っていった。

「どおしたの?ご飯行こうよう」

 つけまつげ、アイライン、マスカラ、ファンデーション、グロス。完璧に作られた不自然な可愛さに、内田は無理矢理微笑んで再び歩き出す。
 虚しい。
 ずっと自身の所有物だったものは、今や他人のもの。それが自身にとってどれほどの価値だったのか分かっていなかった内田は今でも自覚できていない。




『き、ら、い!』
「俺だって好きじゃねぇよ」

 記憶の智也に答える。
 女の子が帰ったホテルで、1人天井を睨んだ。タバコの煙で視界が白み、内田は目を閉じた。 

「なんで…」

 何故これほど智也を欲してしまうのか、内田は頭の痛みに苛立ち、タバコを深く吸い込んだ。



end.



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