リトルレディ

私は兎に角小さい頃から小さかった。小さい頃は小さくて当たり前だろと思われるかもしれないが、同年代の子と比べて明らかに小さかったのである。同じ年の子と遊んでいても大人の人には何歳か年下に見られるらしく、頭を撫でられたりお菓子を貰う時は何故か私だけ少し多かったり。そこら辺は得したと思っているが、やはり私の心中は複雑なのである。だって結局それは子供を愛でているだけなのだ。まだまだ小さい時はそれで良かったが、訓練兵となりある程度大人に近付いた今もそのままとあれば、私の今後に一抹の不安を覚えた。何故か同期にも小さい子に接するみたいに可愛がられるし、相変わらず背はちっさいし。もしかして私はこのまま子供として接せられるのではないかと。
周りの子は結構背丈もあれば顔も大人びてる子が多くて、私の背の低さと童顔が更に浮き彫りになってしまう。ある時は同期に年齢サバ読みしてるんじゃないのと言われてショックだった。誰が逆サバするか。
訓練兵になってからというもの皆同じ物を食べてる筈なのに、私だけあまり変わらないのもまたショックだ。何がいけないんだ。遺伝では無いのは私の親を見ればわかる。親は普通なのに何故。そんな風に前に居る同期を見ていると毎回こういう事を考えてしまう。背が高くて、大人っぽくて、羨ましいな。私がこういう事を頻繁に考えるようになったのは、恐らく目の前に居るミカサが発端である。ミカサは背が高くてすらっとしてて、艶のある黒髪とクールな瞳。唇は潤っていて少し色っぽくて、顔も大人っぽくて初めて見た時は同じ女ながらも見惚れたものだ。凄く美人だし。そして何時もその隣に居るエレンが、私は好きだった。
だからこそ、考えてしまうのだ。私とミカサの違いを。やっぱり男性から見たらミカサみたいな女の子が魅力的だろうし、私はそもそもちゃんと異性として見られているのかどうか。
いや本当、皆私の事を子供扱いしてると思うの。確かに嫌われるよりは良い。良いのだが、私も一応皆と同じ年頃の女なのだ。それなのに同期からは恋愛対象どころか同じ年とも思われていないかもしれないとか、悲しすぎる。思わず出そうになる涙を抑えて、エレンとミカサに続き食堂へと入った。
スープとパンを受け取って、何時も一緒に食べているメンバーが座っている場所へと向かう。皆配給を受け取って座る場所を探しているから、私みたいに背の低い人は兎に角視界が悪い。人と人の隙間から皆が居る場所はどこだろうと探すが、上手く見つからない。そんな時に、誰かにぶつかった。軽くぶつかっただけだったからスープは表面が揺れるだけで、零れる事は無かった。それにほっと安心して、ぶつかった人を見上げる。

「…っ悪い、スープ零れなかったか?」

そう言って私を見下ろす人は、エレンだった。え、不意打ちすぎる。実は話すのはこれが初めてで、今こうして私に対して声を掛けてくれたという事だけで嬉しく思った。だけど、その次の言葉でその嬉しさも台無しになる。

「ん?なあミカサ、訓練兵って十二歳からしか志願出来なかったよな」
「…当たり前」
「でも、こいつ…」

エレンは私の事を指すようにミカサに一端向けた視線を、私に戻す。それは明らかに私が十二歳以下に見えるという事か。エレンの事は好きだけど、何て失礼な奴だ。

「私はちゃんと十二歳です!」

というかそろそろ誕生日を迎えて十三歳になるのだ。だからまだ誕生日を迎えていない人よりかは長く生きている。それなのに、恋慕しているエレンからは年齢を疑問に思われ、そしてその疑問を口に出され。やはり私は皆より子供と思われているらしい。だが、いや違う、私だってみんなと同じ年だという気持ちをぶつけるようにそう言った。するとエレンは面食らったようにきょとんとして、一寸の間の後「悪い」と言う。

「ちっさかったから此処の誰かの妹とかが紛れ込んだのかと思ったんだよ」
「…此処に紛れ込むとかより先に来る事も困難だと思うけど」
「…それもそうだな。まあ、悪かったよ」

そう言ってエレンは私の頭をぽん、と自身の手の平で軽く叩き、ひらひらと手を振って何処かへと行ってしまった。悪かったと言いつつ今のエレンがやった事は明らかに子供に対しての行動だ。本当に悪いと思っているのか。
漸く見つけた何時ものメンバーの所へ行き席について、少し落ち込んだ気分を誤魔化すようにパンをかじった。

その次の日だった。対人格闘で戦っている途中、視界の端にエレンを捉えた。エレンは女の子と組んでいて、それでも遠慮などせずに真面目に取り組んでいる。女の子がならず者役の時も上手く攻撃を受け流し、流れるような動きで彼女を制した。木剣を奪えば終わりなのだが、エレンは先ず相手を抵抗出来なくしてから奪うという手法を取っているようだ。そっちの方が確実だからだろうか。
だけど私はそういう事よりもその無駄の無い動きに見惚れた。ちょっとデリカシーが無いけれど、やっぱりかっこいい。なんて事を考えてる隙に対戦相手に腕を捻られまんまと木剣を奪われてしまった。

「…リルちょっとぼーっとしすぎじゃない?」
「う、うん。ごめん…ね」

対戦相手にそう言われたが、やはりエレンの事が気になる。ごめんと言いつつもちらちらとエレンを見ていたら、対戦相手が深い溜め息をついてこう呟いた。

「なる程、エレンね」
「え!?」
「リルがぼーっとしてるのって、エレンに気を取られてるからでしょ」
「…エスパー!?」
「ばか、見てりゃ分かるわよ」

私としては視線の先が誰だか気付かれないように見ていたのだが、この対戦相手にはバレバレだったらしい。こつんと額を叩かれて、続けざまにこう言われた。

「それにしてもリルがエレン好きだったとはねえ…。もし付き合ったとしても見た目的にはリルはエレンの従姉妹で妹的存在になりそうだけど」
「ああそれは酷い!私だって気にしてるのに…」

見た目的に私とエレンが釣り合わないのは知っている。確かに彼女の言う通り、もし付き合ったとしても並べば年下の子とその面倒をみているお兄さんになりかねない。恋人に見られるのは奇跡だと思ってる。それでもやっぱり、好きなのだから仕方ない。

「…ま、応援はしてるから頑張ってね。ほら」

彼女はそう言って私に木剣を私に渡し、後ろと顎で示唆する。何だろうと思って後ろを見てみると、其処にはエレンが立っていた。

「えっ、エレン…!?」

もしかして今の話を聞かれたか。そう思い二の句が告げずに居ると、エレンが先に口を開いた。

「お前昨日の…えっと、ちっこい奴」
「リルです!」

ちっこい奴とは。昨日ちっさいと言われて私はそれに怒って、そしてエレンは謝った筈なのに結局ちっこい奴とは。あの時本当に悪いと思っていたのか。ああでもそう言えばエレンの名前は知ってるけど多分私の名前をエレンは知らないだろうなと、怒り治まらぬ声色でそう答える。するとエレンは「リルな」と言ってちょいちょいと人差し指でこっち来いというジェスチャーをした。

「次、俺とリルだろ?」
「え?」
「対人格闘の訓練だよ」
「…あ、ああ!うん、私とエレンで…」

ついさっきの事を聞かれたのでは無いかと思っていたが、普通に対人格闘の事に対してだったみたいだ。身構えてしまった身体から力を抜いて、エレンに歩み寄る。
聞かれてなくて良かったと思う反面、今の話をエレンが聞いて意識してくれるようになったらなと思った。こんな風にちょっと鈍感な所も嫌いではないのだが、やはりそれだと進まない。まあ、私の気持ちを知られるよりも先に私が異性だと認識して貰えるようにしなければいけないけれど。

「リルからやってくれ」
「う、うん」

好きな人に名前を呼んでもらえるのって、なんて嬉しいんだろう。エレンはそんな事全く気にしてないんだろうけど、私は内心どきどきだ。でも今は訓練中、浮ついた考えは駄目だと必死に平常心、平常心と心の中で呟いて木剣をぎゅっと握り締め、エレンに襲いかかる。

「…へ」

だが私はエレンに傷一つどころか全く触れられないまま地に身体が投げ出される事となった。
まず、木剣を握っていた手を握られたのが一つ目。その手がエレンの脇に引かれ、体勢を崩した所で足を払われたのが二つ目。そしてふわりと私の身体が空中を舞い、脇へと私を引いたエレンの力が強かった為か、そのまま投げ飛ばされるようにエレンから離れた位置へと身体を打ち付けたのが三つ目だ。
一瞬何が起こったのか分からずに、ただ間抜けな声を上げるしか出来なかった。現状を認識してから遅れてきた痛みと、身体への衝撃に顔を顰める。それでもやっぱり良く分からなくてエレンを見てみると、エレン自身も予想外の事だったのか目をぱちくりとさせていた。

「…悪い」
「…う、うん」

この対人格闘の訓練のやり方。ならず者役から木剣を奪うという内容だが、何故かエレンは木剣を奪わずに私を投げた。取り敢えず木剣を奪おうよと思ったが、エレンもこうなるとは思っていなかったらしい。いつも通り、相手を動けなくしてから奪うつもりだったんだろう。

「いやまさかあんなに飛ぶとは思ってなかった。リル軽すぎねえか?」
「普通だと思うけど…」
「いつも通りやったら軽すぎて力加減間違えたなーって思ったけど、途中で止めれなくて…ほんと、悪い」
「ああ、いや、良いよ。大丈夫だか…っ」

あんまり謝られるのも悪いしと大丈夫な所を見せる為に立とうとしたが、今は逆効果だったみたいだ。立つ為に足に力を入れればズキッとした鋭い痛みが走って、思わずまた座り込んでしまう。ズキズキと反復する痛みに顔を顰めていると、エレンが近づいてきて顔を覗かれた。

「…大丈夫か?足、捻ったか?」
「そう、みたい…」

そう言って、痛む足首をさする。足首をさすれば少しマシな気がするが、やはり少しマシなだけ。この状態ではまともに訓練出来ないだろう。仕方ないけど、救護室に行って手当てしてもらわないと。せっかくエレンと組める事になったのに、なんて勿体無いと思いながら手で身体を支えて立とうとする。

「ちょっと、救護室に言って来るね」
「いや、俺の所為だし俺が連れていく。その足だとまともに歩けないだろうしな」
「え…っ」

その言葉に、顔がぼっと赤くなる。以前、同じようにエレンと組んでいた女の子が怪我した時の事を思い出したのだ。その時はエレンが軽々と女の子をおぶって救護室へと連れていった。それにかっこいいなと思うのと同時にその女の子が羨ましくて。それがまさかこんな所で叶うとは。どさくさ紛れに抱きついちゃおうかなと期待に胸を膨らませていると、とうとうエレンに身体を抱き上げられた。だが、膨らんだ期待は途端に萎む。

「…本当にお前軽いな」
「…うん、そうかもね」

エレンに抱き上げられた、それに対しては喜んでいる。だが、その抱き上げてからが問題だった。私はてっきりあの時と同じように背中におぶってもらえると思っていたのだが、あろうことかエレンはその脇に私を抱えたのである。いや、そりゃエレンは私の事を軽いと言っていたからこれが楽だろうけど、私のこの裏切られた感はどうすれば良いのやら。そして私の胸に僅かに触れているが気づいていないらしいエレンの手もどうすれば良いのやら。
だがこれで分かった。エレンはちょっとどころじゃなくデリカシーが無い事を。これからどう私の事を意識させれば良いのか、大分骨が折れそうだなとエレンに抱えられている所為で揺れる視界の中、そう思った。

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