甘え上手にしてやられた

やっぱり止めさせた方が良かったか。今更ながらにそう思った。

「…リル」

私の前でへにゃりと力がまともに入らないであろう身体をテーブルで支えて、此方を見上げるエレン。その顔はアルコールの所為で少し赤くなっていて、瞳はとろんとしていた。

「…大丈夫?飲み過ぎた?」

事の起こりは少し前。明日は大学も休みだしテストも終わったし、偶には呑もうかとエレンが一人暮らししている家で宅飲みをする事になった。スーパーでお酒とおつまみを買って帰路につくと、やっとテストが終わったという解放感からかエレンは直ぐにビールを開けて、久しぶりのお酒を楽しむ。私はと言えば買ってきたおつまみを開けてテーブルに出し、私自身もワインを開けてグラスへと注いだ。
お酒が入れば自然と口数は増えて、ちょっとした事でも楽しく会話は弾む。その所為だろうか、エレンは買ってきたおつまみをつまみながらビールを飲んで、次々に缶を開けていった。飲むペースが早くないかなあと思った時にはもう遅い。気づけばエレンは完全に出来上がっていた。
エレンは元々そんなに弱くないし、酔っても普段とあまり変わりない。ただテンションが高いのと、ちょっとふにゃっとしてしまうだけで。だからエレンの飲酒量に気をつけなかったのだが、今更ながらにやっぱり気をつけておけば良かったと思った。
私も強くはないがそこまで弱くもないし、今の所フルボトルのワインを半分空けた所だ。飲むペースもゆっくりだったしそこまで酔いは回っていない。エレンがこうなるとは思ってなかったが、ペースを落として飲んでて心底良かったと思った。

「リル、膝貸してくれ…」
「え、ちょっとまさか此処で寝るつもり?」
「寝ない寝ない。少しだけ横になるだけだよ」
「うーん。どうしよっかな…」

酔った時の言葉は信用ならない。もう寝ちゃいそうなくらいふにゃふにゃな癖に何を言う。きっと私の膝に頭を乗っけてそのまま寝てしまうだろう。そして私は動けないまま数時間エレンにこの膝を拘束されてしまうと。それくらい分かっているのに、駄目だときっぱりと言わない、もとい言えないのはある理由がある。勿体ぶるような言い方をするのにも。

「…なあ、良いだろ…?」

これだ。頬は上気して瞳は潤んで、困ったように下げられる眉。おまけに子供が我が儘を言うような、強請るようなイントネーションで言われれば、そのお願いをきかない訳にはいかなかった。これが惚れた弱味という奴か。
普段がしっかりしているエレンだから、こういう時に見せる顔が愛おしくて堪らない。隠れて他の女の子に人気がある所も確かに嫉妬してしまうが、こうしてこんな顔を見れるのは私だけという、ある種の優越感を感じる事も出来る。それが更に愛しさを倍増させて、思わず顔を綻ばせた。

「…しょうがないなあ」

照れを隠すようにそう言って、エレンの身体を引っ張り頭を膝に乗せる。酔ってる所為でだろうか、普段より重みを感じる頭が丁度良い体勢を探そうと動けば柔らかい髪の毛が私の太腿を擽った。そしてエレンの手が私の太腿に触れると、そこを撫でるように動く。

「あー、リルの脚柔らけえ…」
「なんか暗に太ってると言われてるような気がする」
「馬鹿か、こんくらい普通だよ。寧ろこんくらいじゃないと痛いだけだって」

私が膝枕してもらった事があるのはうんと小さい頃、親にだけだ。その時どう思ったかなんて覚えていないが、やはりある程度肉がないと痛いのだろうか。ちょっとは痩せたいけど、エレンが喜んでくれてるのは嬉しいかな、とすっかり大人しくなったエレンの頭を撫でる。エレンは擽ったそうに閉じた目蓋をぴくぴくさせるが、それだけでも無いのか私の手を止めようとはしない。

「…ほんとに寝ちゃ駄目だからねー?」
「寝ねえよ。…多分」
「こらこら、多分て何よ」

言葉を話すのも少し怠そうにしているエレンにそう言うと、取り敢えず返事は返ってくるが段々呂律が回らなくなってきている。こりゃ寝ちゃうかな、と思いながらもこの状況にそれ程嫌気は感じない。寧ろ嬉しい。それはこうやってエレンが甘えて来るのが嬉しいからだ。
普段はこうなる事なんて殆どない。酒が入るとふにゃふにゃになってしまうエレンは、こういう時に甘えてくる。それが愛おしくて、可愛くて。普段のしっかり自分を持ってる所はかっこいいのだが、こうやってちょっとだらけてる所は可愛い。エレンに対してはこういう所が嫌だな、なんて思う事は無くどれも魅力に思えてしまうから、ちょっと困りものだったりはするが。

「…子供みたい」

ふっと笑みを零して、そう言う。もう寝てしまったのだろうか、規則正しい静かな呼吸と少し開いた唇が無警戒で、まるであどけない子供である。少し目に掛かった髪の毛を退けてやれば、長い睫毛に目を奪われた。ちくしょう、羨ましい。そんな気持ちを訴えるかのようにつんつんと顳をつついてやれば「ん…」と声を漏らし、しかし他には何も言わない。本当に寝てしまったらしい。
やっぱりかと溜め息を漏らすと、まだワインが入ったままのグラスを持ち、傾けてそれを口に含んだ。バランスの取れたその味を味わうように嚥下して、エレンが寝てしまった所為で静まり返った部屋を見渡す。
…一人で飲んでもあんまり楽しくないな。テレビでもつければまた違うだろうが、生憎リモコンは今の状態からは手が届かない。あんまり動いてエレンを起こしてしまっても可哀想だし、とグラスに残ったワインを一気に煽ってテーブルへと置いた。だがそれでエレンの眠りを妨げてしまったらしい。エレンはゆっくりと重そうな目蓋を開き、身体を少し動かして此方を見上げた。

「…意識失ってた」
「寝てたんでしょうが」
「そうとも言う…」

だが起きたと言っても少し目が覚めただけだ。エレンはまだ眠たそうに欠伸をして、気を抜いたらまた閉じてしまいそうな目蓋を擦る。そしてエレンは何を思ったのか、エレンを見下ろしてる所為で前に流れた私の髪の毛に手を伸ばし、その指先で弄んだ。

「…付き合い始めた頃より伸びたな」
「当たり前でしょ。どのくらい経ったと思ってんの」
「どの位だっけ…。3年…?」
「あほか。半年ね」

やっぱりまだまだ酔っているらしい。此処まで記憶が曖昧だとは。それとも冗談で言ってるのか。

「だってそんくらいしか経ってないとは思えねえし…」
「…そ、そう」

そして唐突にそんな事を言われて、思わず声が上擦る。本当は半年ぐらいしか経ってないけれど、エレンにとってはそれが三年くらいの密度だったという事。そんな嬉しい事を言われて平常心で居られる筈が無い。エレンはそんな私の心情はどこ吹く風で、指先でくるくると私の髪を弄びながら喋り続ける。

「…な、前一回切ったよな。今度はどこまで伸ばすんだよ」
「んー、もうそろそろ切ろうかなっては思っていたけど…。どうしよ」
「髪長い方が俺は好きだけど」
「…うん」

それは暗にもう少し伸ばしてほしいと言ってるのだろうか。せっかくの機会だし少し髪型変えてみようかな、とエレンの言う事に簡単に影響されている自分が居てちょっと複雑な気持ちになる。少しはエレンに弱い自分を改めたいものだが、どうしようもない。
散々弄って満足したのかエレンは私の髪から指を離して、次にその指で私の唇をなぞり、こう言った。

「…リル、キス、したい」

ほんとコロコロ話題が変わるな。今のエレンは話の流れなどお構いなしに言いたい事だけ言う状態である。それを体現するようにエレンの指が私の唇を撫で、ふにふにと感触を楽しむように優しく押されれば変な感覚が湧き上がった。そうされて少しだけ開いた唇にエレンの指が侵入してきて、舌先を擽る。それに応えるようにその指をちゅう、と吸えば、エレンは私の口からその指を引き抜いた。

「…良いか?」
「…うん」

私も大概酔ってるようだ。そう答えればエレンは私を引き寄せるように腕を私の首に回し、身を寄せて唇を重ねる。重なった唇は熱かったが、舌を絡ませられればもっと熱かった。アルコールが入っている所為だろうか。
首に回された手が次第に後頭部へ移動し、それにすら興奮して息を荒くさせる。エレンとの間に互いの熱い息が留まればもっとと互いを求めて、更に口づけが深くなった。

「…ん、ん…」
「ん、はぁ、ん、ぅ…っ」

舌先を擽られて、それに背中がぞくぞくする。ざらりとした舌が触れ合えば簡単に頭は熱で浮かされて、舌を散々舐られ唇を離されれば名残惜しそうに唾液が二人を繋いで切れた。エレンの唇は唾液で濡れていて、それを拭うように指を滑らせる。

「…なあ、ベッド、行こうぜ」

すっかりその気になってしまったらしいエレンはそう言って、私の首筋を指先で撫でた。これだから酔ってしまったら太刀打ち出来ない。酒が入っている所為で何時もより色気が三割増しで、それプラスちょっと力が入らなくてふにゃっとしている所が可愛くて。有る意味この状態は最強なんじゃないかと思う。

「…しょうがないなあ」

それにすっかり心は射抜かれて、しかし素直に良いよと言う事は出来ずそう答えた。その後ベッドに連れて行かれ、「こういう時にああ言えばリルは何でも受け入れてくれるもんな」と確信犯めいた事を言われるのはまた別の話である。

[ 33/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -