巡り巡る

※絡まり合い、すれ違うの続き。リヴァイさんが殆ど出て来ませんすみません。


あの時私は確かに外へと行った筈。確かに外は真っ暗で道があるかどうかも怪しかったが、外に通じる扉を開けてそこから出て行った筈なのだ。それなのに私は未だ城の中に居るらしい。

「…えっと、魔王様が紹介して下さったリルさん…ですよね?」
「つーかそうとしか見えないだろ」

私の目の前には少女が二人。一人は小柄で金髪碧眼の整った顔立ちの女の子と、それとは対照的に背が高く少し伸ばした黒髪を後ろで一纏めにしている女の子。そのどちらも耳は尖っていて、私の数少ない知識でもエルフだという事が窺えた。
その二人の前に私は座り込み、全く現状が飲み込めていない為情報を得るように瞳を動かす。奥には天蓋のついたベッドが二つあり、その横には大きなクローゼットが備え付けられていた。また横に視線をやれば扉があり、バスルームかどこかに繋がっているらしい。此処はこの二人の部屋だろうか。私の後ろには恐らくこの部屋に出入りする為の扉があって、しかしそこを使っていない私は結局大した情報を得る事が出来ずに前を向き直した。

「どうして、此処に…?」

金髪碧眼の少女はそう言う。だがしかし私にも良く分からない。気付いたら放り込まれたようにこの部屋に落とされていたのだから。いきなりと言う事と理解し難い事実に涙も引っ込んでしまって、取り敢えず涙を拭いその問いに応える。

「私にも、良く解らなくて…」

そう答えれば黒髪の女の子の方がもしかして、と言った。

「お前、外に出ようとしたか?」
「ちょ、ちょっとユミル!魔王様の妻になる人なんだからその言葉遣いは…」
「なるかも、な。まだ確定してる訳じゃないだろ」
「それは、そうだけど…」

ユミルと言われた女の子は金髪碧眼の少女の心配をよそに、私の返事を待つように見据える。対して金髪碧眼の少女は大丈夫かなと言いたげに私とユミルを交互に見た。気にしないから大丈夫だと言う代わりに、笑顔を作って返事をする。

「…はい、外に出ようとしました。けど、それが何か…?」
「それだろうな。お前が此処に来たのは」
「え?」

そのユミルの言葉に、一瞬思考が止まる。外に出ようとすると何故この部屋に飛ばされるのだろうか。外へ行けると思った扉は実はこの部屋の扉だったのだろうか。いやいや、そんなの有り得ない。だって踏み出した先は真っ暗だった。この部屋なんて見えなかったもの。上手く外への扉とこの部屋の繋がりが理解出来ないでいると、ユミルが続けざまにこう言った。

「城の外、真っ暗だったろ?魔王様が結界みたいなのを張って、城と外を切り離してるんだよ」
「切り離して…?」
「だから外に出ようとすると城の何処かにランダムで飛ばされる。今回はそれが私とクリスタの部屋だったって訳だ」

なークリスタ、と言ってユミルは金髪碧眼の少女を抱き寄せる。クリスタと言うらしい少女は人前でのスキンシップが恥ずかしいのか、「もう、ユミル!」と言って顔を赤くさせていた。ユミルはそんな反応が面白いのか笑っている。
そうか、そう言えばエレンに城を案内してもらおうとしていた時も、窓の外は暗かった。この城に来る前はまだ明るかったのにどうしてだろうと思っていたが、成る程リヴァイさんの仕業だったのか。つまりはリヴァイさんが結界を張っている限りこの城からは出られないと。この城の中では意外と私を自由にさせているのはそれもあっての事か。
それを考えると、リヴァイさんの魔力はどれだけ未知数なんだ。城と外界との切り離し、人一人の記憶改竄、もしかしたら他にも色々出来るのではないか。空間をねじ曲げるなんて芸等、並大抵で出来る事では無い。エレンが言ってた魔力の心配は無いとの言葉に、成る程と納得する。
私がそんな風に疑問を解決している間にもユミルはクリスタを引き寄せてご満悦らしい。クリスタは少し抵抗しているがユミルは気にも止めていなくて、抱き寄せた腕はクリスタの肩を抱いたままだ。てっきりそれに上機嫌なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。ユミルは此方を見てにやりと笑んだ。

「こっちも吃驚したけど、まあ、野郎の部屋じゃなくて良かったな?」
「え?」

ユミルの言葉の意味を汲み取れず疑問の声が口に出ると、ユミルは此処、と言いながら自身の首を指差した。私はそれを確かめるように自分の首を触るが、良く分からない。するとクリスタが「あっ」と言ってユミルの腕から脱出し、手鏡を渡してくれた。

「首の所、良く見て下さい」
「あ、ありがとう、ございます…」

手鏡を差し出したクリスタの頬はさっきよりも赤らんでいて、一体何があるのかと恐る恐る首元を鏡に映し出す。そこには赤くなった所があって、気づかない内に虫にでも刺されたかなーと思っていると、ユミルがとんでもない事を言い出した。

「魔王様と随分お楽しみだったみたいだな」
「!?」
「ユミル!」

そうか、そう言えば此処はリヴァイさんにキスされた所だ。つまりこれは虫さされの跡ではなくキスマーク…って、ちょっと待って。つまり私は今まで気づかずに此処を晒していたと云う訳か。

「あ…」

かあ、と顔が熱くなる。だけどこれを見られたのが同じ女の子で良かった。ユミルの方は完全に面白がってそうだが、下手に指摘されて微妙な空気になるよりはよっぽど良い。それに見られたのはこの二人だけ。今指摘して貰えたのはかなり運が良い。シャツの襟を立てれば隠せるし、これ以上恥ずかしい思いをしなくてすみそうだ。

「エレンの奴が顔真っ赤にして廊下走ってったもんな」

だがそれだけじゃ終わらないらしい。ごめんよ純情ボーイ、恥ずかしい思いさせて。だけど私も恥ずかしかったから痛み分けとさせて欲しい。
そしてまあまあ面白い事だったのかクリスタが話題に乗り、楽しそうに喋り出す。

「ジャンが怒ってたね。それで皆野次馬みたいに顔出して見て…」
「ジャン?」

聞き慣れない名前に疑問を持ってそう言うと、クリスタはにこりと笑って私に教えてくれた。

「ライカンスロープの男の子です。狼の耳と尻尾があるので直ぐ分かると思いますよ」
「あと馬面って言っときゃ絶対分かる」
「ユミル!」

そんな事言わないの、と窘めるクリスタと窘められるユミルを見ていると、なんだか微笑ましい。ちょっと沈んでいた気持ちもクリスタとユミルのおかげでふっと笑えるくらいになった。最初は魔物ってだけでびくびくしてたけど、話してみると人間と一切変わらないじゃないか。そう思うと、途端にこの城に居る魔物達に興味が出て来た。

「…あの、ジャンって方の他には、どんな人がいらっしゃるんですか?」
「他ですか?うーん、色んな人が居ますしね…。言葉で説明するより実際に会って頂いた方が良いかと…ね、ユミル」
「そうだな。ハンジさんの所とか時々人集まるし、そこに行って来たらどうだ?」
「ハンジさん、ですか…?」
「直ぐ分かると思うぜ?なんか他とは違うオーラ出てるから」
「他とは違うオーラ…」

なんだろう、他のこの城の住人が気になるって気持ちは変わりないのだが、この言いようのない不安感は。詳しい人物像をクリスタとユミルが言わないのもまた不安感を煽る。

「多分図書室に居ると思いますので…宜しければお連れしましょうか?」
「…良いんですか?」
「はい。リルさんが私達に興味を持って下さるのは嬉しいですし、城の中は出来る限り把握しておいた方が良いかと思いますから」

にこっと人懐っこい笑顔を私に向けて、クリスタはそう言った。確かに、エレンに最初は案内をしてもらおうとしていたが、途中でリヴァイさんに呼び出された為に廊下にしか出ていない。それにリヴァイさんとの記憶を取り戻した今、リヴァイさんの好意を受け取らないという選択肢は既に無いに等しいのだ。だからこそリヴァイさんの周り、この城に住んでいる人及び城の内部を知ろうとしている訳で。

「…じゃあ、お願いします」
「はい!それじゃユミル、私リルさんを図書室まで案内して来るね」

あ、でもその前に、とクリスタは言ってタオルを私に渡して来た。

「少し目が腫れてるので、其方に洗面台があるのでどうぞ」
「あ…。何から何まですみません…」
「いいえ。いきなりこんな所に連れてこられて情緒不安定になるのも分かります。魔王様は少し強引ですから、大変だったでしょう?」
「…はい、少し」

私がそう言えばクリスタはですよね、と言って控え目に笑う。それにつられて思わず私も笑ってしまった。大丈夫、ちゃんと笑える。大分精神的にも落ち着いて来たみたいだ。
渡されたタオルを受け取って、洗面台を借りて顔を洗う。結構腫れはましになったかな。気持ちを切り替える為にぱん、と頬を軽く叩いて、顔に残った水分をタオルで拭う。そしてタオルを洗濯カゴに入れ、クリスタにありがとうと言って部屋を出た。
部屋を出てからはそこから辺りを見渡すようにクリスタが軽く間取りを説明しながら、ゆっくりと進んで行く。クリスタ達の部屋があるのは隅の方で、部屋から出た場所は細い廊下に繋がっていた。クリスタ達の部屋の扉の向かいにもまた部屋があって、あそこも他の人達が住んでいるらしい。其方には行かず直角に進んで行けば、細い廊下の脇にいくつか扉があった。その扉の数とクリスタ達の部屋の内装を見る限り、この城は相当な大きさなのだろう。

「私達の部屋があるのは二階なんです。ほら、あそこの階段を下れば一階に行けます」

クリスタが指差した先には下に降りる階段が螺旋状にあり、その下を見てみれば先程エレンと居た廊下に繋がっていた。そして階段を降りずにまっすぐ進み開けた場所に出ると、大きな扉があった。

「此処が図書室です。結構広くて、書物の量もありますし、暇な時は此処に来る人が多いんですよ」
「へえ…そうなんですか」

そう言ってクリスタはその扉を開き、どうぞと手の平を室内に向ける。私はちょっと気後れしながらもそこに入ると、その中に吃驚した。辺りを見回す限りの本棚と、そこに綺麗に並べられた本の数々。本棚は人間の身長の三倍くらいあるんじゃという大きさで、本棚の近くには梯子が備え付けられていた。端の方を見れば上に繋がる階段があって、その上にも本棚が沢山並べられている。これは結構な広さで済ませられるものなのか。これ全部を読むのに軽く何年と掛かりそうだ。

「あそこの真ん中に居るのがハンジさんです」

そしてクリスタが差したこの図書室の中心には丸く広いテーブルが置いてあり、その上には本がこれでもかと言うくらい積み重なっていた。その真ん中には茶髪を高い位置で結っているらしい人の頭が見える。あの人がハンジさんか。綺麗に床に敷かれたワインレッドのカーペットを踏みしめながら、ゆっくりとクリスタと共に近付いて行く。

「ハンジさん、ちょっと良いですか?」
「んー?クリスタか。珍しいね、ユミルはどうしたの?」
「ユミルは部屋でお留守番です。リルさんが私達の事を知りたいそうなので、連れて来たんですが…」
「へえ!」

今までずっと机に向かっていたハンジさんは、クリスタのその言葉に嬉々として此方を見た。そのハンジさんの手元には何枚もの束と言っても良いくらいの量の紙と、開かれた本。紙には殴り書きのようにペンを走らせていた。何か調べものでもしているのだろうか。

「へえ〜君か!リヴァイがご執心の!」
「は、初めまして。リルです」
「ああ!初めまして。私の事はハンジって呼んで良いよ。それにしても…へえ〜」

ハンジさんは余程私に興味津々なのか、上から下まで舐め回すようにじっくりと見る。魔王様じゃなくリヴァイと呼んでいたから結構地位は上なのだろうか。それとも昔からの友人、とか。だからこうして私が気になるのだろうか。

「本当に人間なんだ!」
「あ、はい。そういうのって直ぐ分かるんですか?」
「ああ。魔物は大なり小なり魔力は持ち合わせているからね。それを感じられない、イコール人間だよ!」
「へえ…」

中には私と見た目が変わらない、例えば目の前のハンジさんみたいな人が居るから、どうやって人間と魔物を見分けているか疑問だった。だがしかし、魔物は魔力を感じ取れるらしい。それが有るか無いか、というシンプルな違いで見分けているのか。そう言えば、ハンジさんは一体どんな種族なのだろうか。

「あの、ハンジさんは一体どういう…」
「私かい?私は魔女さ。まあ、話すなら取り敢えず座ろうか。モブリット!お茶淹れてきて!」
「ええ!またですか!?」
「私のじゃ無くてこの子の分だよ。宜しくねー。ほら、此処座りなよ」
「あ、ありがとう御座います」

ハンジさんに勧められるまま横に置いてあった椅子に座り、ちらりとモブリットと呼ばれた男性を見る。この人も私やハンジさんと同じく外見上は人間となんら変わりは無い。それに加え、押しに弱そうというか優しげな雰囲気が何だか身近に感じられる。
思えば、思い出した記憶の中の私もこんな感じだったな。それが今では結構はっきりりとものを言うようになっていたが、その変化はやはり記憶改竄が発端なのだろうか。
私がリヴァイさんと過ごしていた時期は数年前に少しだけ。その時はリヴァイさんの押しにぐいぐい押されて、でも嫌じゃなくて恥ずかしがりながらもそれを受け止めていた。あの時の私は兎に角リヴァイさんに翻弄されてばかりで、ちょっと抜けてる所もあって少しからかわれたりもしたな。
それが、今ではこうだ。リヴァイさんと過ごし、その記憶が改竄された後から私は少ししっかりするようになった、と思う。別の人に告白されたりもしたけれど、何故だかそれを受け入れる気は更々無くて何時も冷たい返答をしていた。今思えば、記憶には無くてもリヴァイさんの存在が私をそうさせていたのだろうか。流石にそう考えるのは都合が良すぎかな。でも、リヴァイさんに対しては最初から冷たく接する事は出来なかったのだ。そんな無限ループしそうな考えを遮ったのは、クリスタの言葉だった。

「それじゃあハンジさん、リルさんの事宜しくお願いします」
「ああ、ありがとうクリスタ」
「あ、此処まで案内してくれてありがとう御座いました!」
「いいえ、それでは」

クリスタは軽く会釈をして、図書室を後にする。本当、魔物だからってびくびくする必要が無いくらいに今まで会った人は良い人ばっかり。寧ろ、魔物と人間という種で別々に括る必要は無いのかも知れない。そんな事を一々気にする事自体が間違いのような、そんな感じ。

「さてリル、私に何か聞きたい事はあるかい?私に答えられる範囲ならなんでも答えるよ」
「あ、ありがとう御座います」
「その変わり、私の質問にも答えてほしい。私は色んな意味をひっくるめて君に興味がある」
「…わかりました。私も話せる事は何でも話します」
「そんな緊張しなくても良いよ〜。難しい事を聞くわけじゃないんだから」
「は、はい」

ハンジさんからそう言われて、必死に頭の中で聞きたい事を探す。どうしよう、何を聞こう。いざ聞きたい事はと問われても、中々纏められなかった。沈黙が続くのも気まずいしと、話題を探す為に視線を色んな方向に向ける。すると離れた位置にいる三人組が目に入った。背の高い男の子が二人と、その所為だろうか小柄に見える女の子が一人。

「あ、えっと、あの方達は…」
「あの子達はまあ、夢魔と覚えてもらえれば良いかな。金髪の女の子がアニで、同じく金髪の男の子がライナー。そしてライナーよりも少し背が高い黒髪の子がベルトルトだよ」
「そう、ですか…」

夢魔って言ったら、睡眠中の人の夢に入り込むっていうやつだっけ。質問の答えが直ぐに返ってきて話題が終わり、他に何か無いかと頭を回転させようとすると、ハンジさんが不思議そうにこう言った。

「ね、リルが聞きたいのってそういうのなの?」
「そういうの、って…?」
「いや、私はてっきりリヴァイに関わる事かと思ってたからね。まあ、彼らを知るのもリヴァイの周りを知るって事にはなるだろうけど…」
「あ、えっと…」

図星だった。ハンジさんは飄々としている感じだけど、意外と鋭い。さっきは調べものらしき事をしていたし、かなり頭が良いのだろうか。
確かにハンジさんの言う通り、実のところリヴァイさんの事を知りたい。だけど、質問内容が上手く纏まらないのだ。私の記憶をリヴァイさんが改竄したのはどうしてかと聞きたかったが、エレンに聞かれたら駄目みたいな事をリヴァイさんは言っていたから、迂闊にリヴァイさん以外に質問出来ない。だからと言ってリヴァイさんはどんな人かと聞いても、記憶を取り戻した今となっては今更な感じだし。
そうやってどう質問しようかと悩んでいると、モブリットさんが紅茶を運んで来てくれた。私が此処に来た時からテーブルに置かれていた湯気が出ていない、恐らくもう冷え切っているであろうハンジさんの紅茶も新しく淹れ直した紅茶と取り替え、下がっていく。本当、良い人を具現化したような、気が利く人だな。御礼を言えば柔らかく微笑んでくれて、見てるとほっとする。そしてハンジさんがティーカップの取っ手に指を入れ、それを持ち上げ紅茶を口に含むと、カチャリと音を立ててソーサーに置いた。

「で、聞きたい事はあるかい?」
「そう、ですね…」

そして核心を突いてきたハンジさんに、どう答えれば良いか思考をフル回転させる。私が昔リヴァイさんと会っていた事を悟らせてはいけない。尚且つ私の記憶改竄の理由に少しでも近づけるような事柄。

「…リヴァイさんは私を娶ると言ってますけど、実際の所人間を迎えいれても大丈夫なんでしょうか?」
「リヴァイとのこれからが心配なのかな?そうだね、魔王が人間を受け入れた前例は無いからなんとも言えないけど…仮にリヴァイと夫婦になるとしよう」
「はい」
「そして産まれて来る子の魔力がリヴァイの半分とする。それでも他の人達の魔力はそれに及ばないよ。それだけリヴァイの力は強大なんだ。あ、それとも人間を受け入れるという事自体に問題があるかって事?」

やはり、魔王が人間を妻として受け入れた前例は無いらしい。そして伝承では魔物達は何百年も前から存在している。伝承では、だから実際それよりももっと昔から存在していたかもしれない。今回はリヴァイさんの次代の魔王が欲しいという話も絡んで来てたから、普通に考えれば何代も魔王は変わっているという事になる。その間、魔王が人間を迎え入れたという事例はゼロ。ずっとそうされて来た中、人間の私と魔王のリヴァイさんが恋仲になった。そこからの記憶改竄だ。それを考えれば、記憶改竄の最もたる理由は其処にあるのではないか。

「それも、ですね」
「そうだね…ちょっと前なら煩く言う人も居ただろうけど、今はそういう人達は残っていない。今残ってる人達は人間がどうとかじゃなくて、魔物達の王として統率し、そして魔物達の世界を守れるかどうかって事が重要だから。ま、リヴァイの子なら問題ないと思うよ」
「つまり、今は特に問題は無いんでしょうか?昔と違って」
「ああ、君は本当に運が良いと思うよ。数年前まで頭の固い人が居たからね。今は特に文句を言う人は居ないだろう」

数年前、か。かなり曖昧だが、私が過去リヴァイさんと会っていたのも数年前。短い期間で魔王の代が変わるとも思えないしハンジさんの言葉から察するに、その時はもう既にリヴァイさんは魔王になっていた。もしその頭の固い人がその時にまだ居たとしたら、勿論人間となんて反対するだろう。やっばり、記憶改竄の理由はこれが一番有力か。
そしてハンジさんが「次は私から質問して良いかな」と言った。勿論ですと答えればハンジさんは嬉々として話し始める。

「君達人間が住む所ってどんな感じ?例えば科学や技術の発達。簡単な所だと町の雰囲気とか…なんでも良いんだ。此処から外には出た事無いからね、凄く気になってるんだ」
「え、この城から出た事無いんですか?」
「ああ、この城には結界が張ってある。それは外界との遮断の為だ。外には出られなくなる変わりに、外から何か来る事も無い。言わば私達魔物を守る檻だね」
「でも、リヴァイさんは外に出てましたよね?私を此処まで連れて来てますし」
「そりゃ結界を作った張本人だからどうとでも出来るさ。別に結界を一時的に消したりしなくても、魔法を掛けた張本人ならそれに簡単に干渉出来る。結界を消さずに城と外を行き来するなんてお手の物だよ」
「なるほど…」

そう聞いてみるとリヴァイさんの結界はなんて都合の良いものなんだ。まあ、結界を作るくらいの魔力がある者の特権かな。リヴァイさんは魔法を解くのは基本的に掛けた本人にしか無理だと言っていたし、それと同じようなものなんだろう。掛けた魔法をどうにかするのは、基本的に術者本人じゃないと、と。
…基本的?その言葉に少し引っ掛かる。ハンジさんが今言った「魔法を掛けた張本人ならそれに簡単に干渉出来る」という言葉も。簡単にという事はつまり、それ以外の人でも難しくはあるだろうが干渉出来るかもしれないという事だろうか。

「あの、結界ってリヴァイさん以外の人でも頑張れば通れたりするんでしょうか?」
「…どうして?」
「い、いえ。その…なんとなく」

思わず質問してしまったが、もしかして拙かっただろうか。今まで特に質問を質問で返された事は無かったのに、今の質問にはどうしてと返された。確かに、特に知った所で何がどうなる訳でも無い。それに魔法に関しては只の人間の身で何か出来る筈も無く、限りなく意味の無い質問だ。人間の私からするのは。

「…頑張っても無理なものは無理だろうね。ある程度魔力があればもしかしたら…だけど」
「そう、ですか」
「ああ、でも歴代の魔王ならある程度の魔力が有るから可能かもね。そう言えば先代の魔王も時々城から出てたリヴァイを連れ戻してたなあ」
「リヴァイさん城抜け出しの常習犯だったんですか」
「ああ。しかも先代の魔王がさっき言ってた頭の固い人でさー、リヴァイが城の外で何をしてたのか知らないけど毎回帰って来る度にお怒りだったよ!それでもリヴァイはそれを改めようとはしなかったけどね」

なんて怖いもの知らずなんだリヴァイさんは。その時はリヴァイさんが魔王だったから地位的には上だろうが、先代の魔王はそれなりの魔力を持っているらしいし何かされるとは思わなかったのだろうか。
…いや、何かされそうになったのか。よくよく考えればリヴァイさんの城の抜け出しは私に会う為だろう。そして何回も城を抜け出して先代の魔王にその分連れ戻されて。それでもそれを改める事は無かったのに、何がきっかけなのか何故かリヴァイさんは私の記憶を改竄し、今まで会わなかった。リヴァイさんを連れ戻しに来てた先代魔王は人間を娶るなど考えられないという頭の固い人だったらしいし、リヴァイさんの結界をどうこう出来る力も持っている。これは、完全に繋がったか。
まだ妄想の域を出ないけれど、先代魔王は私とリヴァイさんの逢瀬を知っていて、それで何か、リヴァイさんにとって良くない事をしようとしたのではないか。だからリヴァイさんは私の記憶を改竄し、初めからこの関係を無かった事にした。リヴァイさんにとって都合の悪い事を起こさせない為に。そして今こうしてまた私に迫ってきているのはその心配が無くなったからだろう。ハンジさんが今は特に文句を言う人は居ないと言っていたし。
そういう事なら、まあ、仕方ないかな、と少し冷えた紅茶をこくんと嚥下する。この考えが本当に合ってるかどうかは分からないが、何かやむない事情があるのなら仕方ない。記憶を改竄した意味は最初全く分からず思考がこんがらがって兎に角逃げたかったが、もしかしてとある程度その理由の予測がついて、精神的にも落ち着いた今となっては、早くリヴァイさんに会いに行きたかった。会って、話をして、謝って。そして、…リヴァイさんの申し出を受けたいとも、言って。今なら、記憶が戻って頭の整理もついた今なら、素直に言える気がする。
だがそれをハンジさんにどう切り出すか。ハンジさんは私の質問にばっかり答えてくれていて、私はハンジさんの質問にまだ答えていない。思い立ったが吉日と言うし早くリヴァイさんの所に行きたいのだが、やはり申し訳無く感じる。
そんな時、ハンジさんの後ろから姿を現した男性に目を奪われた。金髪碧眼のその男性は柔らかい物腰で、けれども圧倒的な存在感と威圧感を醸し出している。上品に少し開かれた唇からは白い牙が覗いていて、吸血鬼のようなものなのだろうかと思った。

「ハンジ、ちょっと良いか」
「…エルヴィン、どうしたんだい?」
「ちょっと其方の彼女をお借りしたいと思ってね」

そう言ったエルヴィンと呼ばれた男性は私に微笑み掛け、返事を促すようにハンジさんを見る。

「まだ色々と話たい事があるんだけど…」
「リヴァイをあまり待たせるのも忍びない。それに、話をするのは事が済んでからでも遅くは無いだろう?」

エルヴィンさんはまるで私の気持ちを見透かしたようにそう言う。確かに私はリヴァイさんの気持ちを受け入れたいと思っていて、それはつまり魔王の妻になるという事だ。この城に滞在する事になるだろうし、話をする時間はいくらでも作れるだろう。だけどやはり私から何も返していないのに此処から離れるのは申し訳ない。それを訴えるようにエルヴィンさんを見れば上品な笑顔を浮かべて、こう言った。

「君も、リヴァイと話をしたいだろう」

その言葉に、少し躊躇いながらもこくんと頷いた。ハンジさんには申し訳ない。だけど、やはり自分から話をしたいと思い立つと、どうしてもそれを抑える事が出来なかった。そわそわして、どうしようもないのだ。

「…なら仕方ないか。リル、約束だよ。リヴァイとの話が纏まったら私に付き合ってもらうからね」
「は、はい。約束です!」

ハンジさんはそんな私の我が儘を受け入れてくれたようで、そう言ってくれた。ハンジさんと約束をして、エルヴィンさんに御礼を言って、図書室を出る。そのまま少し進めばさっきクリスタに案内された螺旋状の階段があって、そこを下り一階へと下りた。
下りた先はエレンと一緒に歩いた廊下。其処での会話を思い出しながら、ホールへと繋がる道を歩く。
エレンは恐らくここ数年、私が昔リヴァイさんと会ってから来たのだろう。エレンが来てからずっと、リヴァイさんが私の名を呟いているのを聞いているとの事だし。つまりはこの城の外で生活している魔物も数多く居るんだろう。その中にはもしかしたら、エレンの両親のように片方人間の夫婦もまあまあ居るのかもしれない。だからこそリヴァイさんはホールで私を娶ると言った後、エレンに色々言われて「満足に相手も選べないんなら、魔王なんて立場は御免だ」と言ったんだろう。それはつまり、魔王としての地位よりも私と一緒に居る事を選んだと。
最初は意味が分からなかった。だって会ってから日が浅いのに、どうしてそんな事を言うのか。だからこそリヴァイさんはテンパっていると思っていたし、落ち着けとも思ったし。だけど記憶を取り戻した今では全く違う事を思った。リヴァイさんの一途な思い、そう思うとリヴァイさんの今までの言葉は反則だと思う。これで落ちない女が居たら教えて欲しい。私はもう記憶を取り戻した時点でやられた。
ホールに着き、その更に先へと行けばリヴァイさんの部屋がある。そこにゆっくりと近づいて、ちょっと間を置いた後軽く扉を叩いた。

「…リヴァイさん、居ますか…?」
「…ああ」
「開けても、良いですか…?」
「ああ」

リヴァイさんの声は、拍子抜けする程に何時もと同じだった。それでも緊張からか鼓動は高鳴り、一拍置いて扉を開ける。扉を開けた先にはリヴァイさんがベッドの端に座ったままで、中に入り扉を閉めた後に近づいた。
ええと、やっぱり最初に言うべき事はこれだよねと緊張で震えそうな声を出来る限り抑えて、こう口に出す。

「…あの、さっきは嫌いなんて言ってごめんなさい。ただの言葉の綾で、本当は全然嫌いなんかじゃ無いです…」
「…分かっている」
「で、でもあの時リヴァイさん傷ついてるように見えて…っ。本当に、ごめんなさい!」
「…そりゃ頭の中で分かってはいても惚れた女にそう言われれば、な」
「うう…」

今の言葉は更に落ち込むべきなのか惚れた女というワードに喜ぶべきなのか。それで二の句が告げずにいると、リヴァイさんが口を開いた。

「…それで、わざわざ此処に戻って来たって事は大事な話があるんだろう。まさか、今の話だけなんて事はねえよな?」
「う…はい」

リヴァイさんはやはり、私がまだ重要な事を話たがっているのを分かっているらしい。そう言って私をその碧色の瞳で見る。まるで早く言えと言っているように。こんな風にお膳立てされている状態では例え恥ずかしかろうが、言う以外の選択肢は無い。そもそも言うと決めて此処まで来たのだから、恥ずかしいなんて感情で口を噤むのは無しなのだが。
さっきよりも顔が熱くなって、頬に赤みが差しているのが分かる。声に出したら頭が熱でいかれてしまうのではと危惧するくらいに。だけど、そんなの関係ない。今まで私にリヴァイさんが言ってくれた事に応えるのだ。恥ずかしさで震える声で、けれどちゃんと聞こえるように少し大きな声で。最後に後押しするように、心の中で言ってしまえと自分に対して強気に言った。

「わ、私は、…っいえ、私、も…リヴァイさんの事が、好きです…!」
「…そうか」
「なので、…リヴァイさんの、その…私を娶るという話、受け入れさせて下さい…っ」

言った、言えた。上手く言えなくて途切れ途切れながらも、きちんと思いは伝えられた。私の今の言葉を聞いたリヴァイさんの顔は余裕に満ちていて、しかし少し嬉しそうで。昔、私が一生懸命思いを口にさせられていた時の顔を思い出した。

[ 51/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -