逃亡不可

※日常から非日常の続き


「…あの、私娶られる事を了承した覚えは無いんですけど」

暫くの沈黙の後、口に出したのはその言葉だった。だって本当に了承した覚えは無いし、そもそも嫌がってばかりだったし。それなのに私のそんな気持ちはどうでも良いのか、リヴァイさんは帰さないとでも言いたげに腰に腕を回したままだ。
取り敢えずは、今まで無礼な振る舞いをして来たからそれを罰せられるなんて事はなくて安心したが、それを上回る理解し難い展開になんでと頭にクエスチョンマークを浮かべるばかり。周りに居るリヴァイさんに下った魔物達も私のように疑問を持つ者ばかりで、辺りはざわついていた。そんな中、エレンが口を開く。

「魔王様、僭越ながら申させて頂きますが…その方は人間ですよね?」
「そうだが」
「確かに後継ぎの事を考えて欲しいとは言いましたが、同じ魔物の中から選んで頂く訳にはいかなかったのでしょうか」

後継ぎ、その言葉に吃驚してリヴァイさんを見る。やはり魔王ともなるとそういう凡人には理解し難い、どこか現実味の無い事が普通に行われているのだろうか。そして何故かリヴァイさんは同じ魔に属する者より、何の力も持たない凡人で普通の人間の私を選んだ。それは何故なのか、問うようにリヴァイさんの瞳を覗き込めば、透き通ったブルーの瞳が私を見た。

「…こいつ以外に選ぶ気はねえよ」
「ですが…!」
「それにエレン、人間だからって何か問題があるか?お前はダンピールだろ。それで何か不都合あるか?」
「…ありません、けど」

エレンはそう答えて、だけどやはり認められないのか、ですがと色々な理由をつけて食い下がる。まあ、確かに普通に考えたら魔王の妻なら同じ種族が良いに決まっている。それが後継ぎの為なら尚更、より良い魔力を持つ者を娶った方が良いのではないのか。血の関係もあるし、私よりも別の人の方が。
そこまで考えて、リヴァイさんが言った「こいつ以外に選ぶ気はねえよ」という言葉が引っ掛かる。少し前に出会って、そこまで互いの事を知っている訳じゃないのに、どうしてリヴァイさんはそんな風に言うのだろうか。もし私を娶ったとして、後でやっぱり娶らなければ良かったなんて事になったらどうするつもりなのだろう。会って日が浅い相手と添い遂げるなんて私には理解出来ない。

「…兎に角、こいつ以外を選ぶ気は更々ない。もし認められないと言うんなら、そうだな…」

リヴァイさんは含みのある笑みを浮かべ、私の腰を強く掴みバサッと翼を広げてこう言った。

「満足に相手も選べないんなら、魔王なんて立場は御免だ」

こいつを認めなければ俺は魔王を降りる。そんな事をリヴァイさんはあっさりと言い放ち、周りがどよめいた。
ちょっと待って、いよいよ訳が分からなくなってきた。私の存在一つでどうしてそこまで、今の立場を捨ててまで、そんな。それがどうしても認められなくて、リヴァイさんから距離を取る為にその胸板を押した。

「り、リヴァイ…様。少し落ち着かれた方が…」
「…俺は落ち着いている」
「そんな極端な思考に陥るって事は落ち着いてない証拠ですよ。…もう、逃げようなんて思いませんから、ゆっくり冷静に考えましょう」

何故か少しだけ、魔物達が私を認めてくれないという事は寂しい。だけど魔物達が言わんとする事は分かる。王は全ての魔物の頂点に立つ者だ。つまりそれだけ力を持ってないといけないという事で、人間との間に出来た子は魔物の血は薄まり、その分力も弱まり、王としては相応しくない。後継ぎの事を考えるなら、人間の私は相応しく無いのだ。
そしてリヴァイさんが魔王を降りるとなったら、次席には誰が就くのか。王の、魔物達の主の存在が無くなるという事は、即ち統制の崩壊だ。統制する者が居なくなったら魔物達はどうなるのか、想像に難い。

「…分かった、本当に逃げねえな」
「は、はい」
「…城内は自由に歩き回っていい。お前がそう言うならゆっくり考えさせてもらう。まあ、結果は変わらねえと思うがな」

そう言って城の奥へと行ったリヴァイさんは、扉を開けその中へと入り姿を消した。一人残された私は色々な魔物達と此処に居る事になり、さっきまでのやりとりの所為か少し気まずい。あ、これだとリヴァイさんに一緒に連れて行って貰った方がマシだったかもと今更ながらに思った。そんな私を見て気を利かせてくれたのか、エレンが「城内を案内しましょうか」と言ってくれた。私はそれに素直に甘えて、エレンに先導されるままに進んで行く。
上を見上げれば豪奢なシャンデリアが金色にきらめいて、兎に角広いホールの傍らにはカンテラがあり、幻想的な灯りを添えていた。内装もどこのお貴族様のお屋敷だと言わんばかりの洗練されたデザインで、更に場違い感が生まれる。廊下に引き連れて貰った事で漸く少し安心して、胸を撫で下ろした。

「…」

ふと横を見れば綺麗に磨かれたガラス窓があって、それを覗けば外の景色を一望出来た。周りは緑で覆われているらしい。が、良く分からない。それは外が暗いというのが一番の理由だろう。リヴァイさんに連れられた時はまだ明るかった筈なのに、どうして今はこんなに暗いのだろうか。それを確かめるように窓の方にちょこちょこ視線を向けながら歩いていると、不意にエレンから話し掛けられた。

「…あの、自己紹介まだでしたよね。俺の名はエレンです。さっき魔王様に言われたように、ダンピールです」
「あ、私の名前はリルです。えと、ダンピールって…」

魔王だとか魔物だとか、そこら辺は分かっていてもあまり細かな種族までは分からない。だから訊いたのだが、もしかして訊いちゃまずかっただろうか。エレンは苦笑してこう言った。

「…吸血鬼と人間の混血ですよ。俺の母さんが人間で、父さんが吸血鬼だったんです」
「そ、そうなんですか」

ダンピールとは、吸血鬼と人間の間に生まれた子の事なのか。だからリヴァイさんはさっき、相手が人間で何か不都合があったかとエレンに問い掛けたのか。

「それで、単刀直入に訊きますがリルさん。貴方は魔王様とどういう関係なんですか?」
「え?か、関係…?」
「結構昔から親交はあったんでしょう?」
「昔…?私とリヴァイさん…じゃなくリヴァイ様と会ったのは少し前で…多分二週間くらい前かと…」
「え…」
「え?」

何故か疑問を持った声がエレンから返ってきたが、それは私だってそうだ。リヴァイさんとの関係なんて知り合って間もない、プロポーズする側とされる側というだけ。あれ、なんか意味が分からなくなってきた。まあ、ツッコミどころ沢山の私とリヴァイさんの関係は置いといて、エレンの言う昔からというワードが気になる。私とリヴァイさんが会ったのは本当にこの間が初めてだし、何故そう思ったのか。

「ですが、魔王様は以前から貴方の名前を呟くのを時折聞いています。俺が此処に来た時からずっと…」
「…名前が同じなだけの別の人、とかじゃなくて…?」
「…そう、なんですかね」

だってそれしか思いつかない。本当にリヴァイさんと会ったのはこの間が初めてで。それにこの広い世界、同姓同名の一人や二人居るだろう。だがそれでもエレンは納得していないみたいで、考え込むように視線を下に向けたまま歩き出した。
でも、実の所私だって納得していない。現実的に有り得るかもしれない事を言っただけで、実際の所そんな事が起こり得るのだろうか。
思えば最初からどこかおかしかった。私を一目見て、名前を聞いて気に入った、だなんて。普通そんな直ぐに人を気にいるものなのか。もしかしたら顔を気にいられただけかもしれないが、それだったら私だけを娶るだなんて結論に至らない筈だ。他に良い人を探して、寧ろ私は愛人辺りに置かれるだろう。そうとしか考えられないのに、リヴァイさんはなんで。そう思っていたら、エレンが再びさっきの問いを掛けてくる。

「…それで、結局は魔王様とはどんな関係…もしくはどんな関係になりたいんですか?」
「え、えっと…」
「…俺は実の所、人間が相手でも構わないと思っています。本当なら、魔王様の好きにさせてやりたいんです。魔王様には恩もありますし」
「恩…?」

私がそう言うと、エレンは一拍置いて口を開いた。私はそれを相槌を打ちながら聞く。

「俺がダンピールだって事はさっき言いましたよね。ダンピールって人間と吸血鬼の混血で、でも吸血鬼の血が入っている以上魔物側に属するんですが…」
「…うん」
「ダンピールには吸血鬼を殺せる力がある。その所為であまり…その、歓迎されなくて」

さっきの苦笑いはそれか。途端に申し訳なくなって俯くが、それにも構わずエレンは話し続けた。

「そんな折に俺をこの城に招いてくれたのが魔王様なんです。ちょっと痛い思いはしましたけど、魔王様のお陰で吸血鬼の脅威とは見なされなくなって…今は、ダンピールって事に不都合は無いんですよ」

今こうして居られるのは魔王様のお陰なんです、と言われて更にこの状況が好ましく無いように思える。最初はなんて強引な人かと思ったが、やはり魔王として慕われているんじゃないか。意外と優しい所もあるんだな、と思うのと同時にリヴァイさんの未来が私の存在に縛られているという事に一抹の不安を覚えた。

「そんな訳で、魔王様には恩が有るんです。なので出来れば魔王様がしたいようにして欲しいのですが、やはり後の事を考えると…」

まあ、一個人の感情と魔王様の側近としての意見なら後者の方が重要だろう。後の事を考えれば、自分の感情一つで後の不安事を無視して良い訳がない。だからエレンの言いたい事は理解できるし、納得できる。

「なので、貴方の気持ちを知りたいんです」
「え?」
「貴方が魔王様の妻となって下さるのなら、俺はそれを支持します」
「え、え?」

あれ、さっきと言ってる事が違う気がする。エレンは内心人間と魔王が結婚しても構わないとは思っているが、やはり後の事を考えて私の事は認められないんじゃなかったのか。

「貴方が妻になって下されば魔王様は自身の立場を捨てる事はありません。確かに産まれて来る子の魔力は今の魔王様より低いでしょうが…」
「そ、それって駄目なんじゃないの?」
「それでも今の魔王様の魔力を考えると、次席の魔王として迎える後継ぎの魔力が弱い、なんて事は無いと思います」

エレンの言いたい事が全く分からない。それなら最初から人間との結婚も反対する理由があまり無いのではないか。

「勿論此方としては同じ魔物と結婚して安定した魔力の者が欲しいのですが…あまり時間が無いんですよ。出来る限り早く後継ぎの存在が欲しいんです」
「でも、私は…」
「魔王様は貴方を簡単には諦めないみたいですし、後は貴方が早く結論を出して下されば…」

魔王様の申し出を受けるにせよ、断るにせよ、出来る限り早く答えが欲しいんです。エレンはそう言って私を振り返り、続けてこう言った。

「貴方がもし魔王様の妻になって下さるなら、確かに臣下の中には心配する者も居るかもしれませんが、大体丸く収まります」
「う…」
「魔王様が魔王を辞めない、後継ぎの心配も無い。気掛かりなのは後継ぎの魔力の事ですが、それ程心配する事でも無いでしょう」

それ程心配する事でも無いって、リヴァイさんはどれだけの魔力を持ってるんだ。それに、最初はリヴァイさん一人の問題だと思っていたのに、いつの間にか私も巻き込まれているような。

「ですが貴方が魔王様の妻になってくれないと言うのなら、魔王様にどうにかして諦めて貰わなければいけません」
「…出来るの?」
「難しいでしょうね。それに、綺麗な方法で終わらせられるかどうか…」
「え…?」
「…もしかしたら貴方に危害を加える結果になるかもしれない、という事ですよ」

その言葉に、思わず身構えてしまう。ええとつまりは、魔王の妻にならなければ魔王様に諦めさせる為に私の存在を消すのも厭わない、という事だろうか。それはある意味脅迫に近いのではないか。それに怖くなって自然と眉を下げればエレンは挑発的な笑顔を見せた。
つまりエレンが言いたいのはこうか。確かに魔王様の相手としては同じ魔力を持った相手が望ましい。しかし悠長にその相手を探す時間もあまりない。だったら魔王様が連れてきた人間を迎えるが、その相手が何時までも嫌がっていると後継ぎが間に合わないかもしれない。だから早く結論が欲しい。魔王様の妻となるならそれで良し、もしならないとしたら魔王様に諦めてもらい早めに次の相手を探さなければいけない。その諦めて貰う為の方法が、私に手を下す事もあるかもしれないと。

「…え」

後の事を考えるとって、私が何時までもリヴァイさんからの申し出を受け入れてくれないのだとしたら困るって事か。そんな時間は無いと。
いつの間にかリヴァイさんの、魔王様の問題だと思っていた事が確実に私自身のこれからにも関わる問題になっていて、困惑する。寧ろ妻にならないを選んだら私の存在が危ぶまれる事を考えると、問題にすらなってないかもしれない。自分の身の事を考えるとリヴァイさんの妻になるしか選択肢が無いのだから。

「え、エレ…」
「エレン!」

それ以外に何か道は無いのかと問おうとすると、私の言葉を遮って女の子がエレンの名を呼んだ。ホールに居た時エレンの傍らに居た女の子だ。

「…ミカサ、どうした?」
「チ…魔王様が、その人を呼んでいる」

最初に聞こえた「チ」とは何だろうと疑問を持ったが、そんなのは構わずに二人が会話を続けているのを聞いて、そんなに気にする事では無いのかなと思った。
それより、魔王様が呼んでいるとは。もしかしてもう考える時間は終わったのだろうか。不安げにエレンを見ればエレンはにこりと笑って、ミカサと呼んだ女の子に「俺が連れて行くから」と言った。エレンがそう言うとミカサは下がり、エレンが私の横を通り元来た道を戻る。

「着いて来て下さい」
「う、うん」

私は言われるがままにエレンに着いていった。元々そんなに遠くまでいっていた訳じゃない。直ぐにホールに着いて、リヴァイさんが姿を消した部屋の扉の前まで考える暇も無く着いてしまった。

「魔王様、リルさんを連れて来ました」
「…入れてくれ」
「はい」

エレンはそう言うと、私に小声で「良い返事を期待してますね」と言って扉を開き中へと入るよう私の背中を押す。そして直ぐに扉は閉じられて、何故かガチャリと鍵を掛けたような音がした。まるで更に逃げ道を無くすかのように。

「リル、こっちに来い」
「あ、は、はい…っ」

どうして鍵を閉めたのか、その意図を考える暇も与えてくれないらしい。リヴァイさんはそう言って、私はそれに慌てて返事をしリヴァイさんの近くへと行った。だが、リヴァイさんが座っているのはベッドだ。それに嫌な予感がして傍で立っていると、リヴァイさんが此処に座れとご丁寧にも言ってくれた。流石に嫌がる訳にもいかないから大人しく座るが。
多分、私を呼んだって事は考えは纏まったって事だよね。まあ、大体予想はつくが。そして予想がつくからこそ嫌な予感しかしない訳で。

「リル、冷静に考えた結果だが」
「はい…」
「俺はお前を諦めるつもりは毛頭無い」

ですよねーと、まあ分かってた事を言われて思わず顔が笑う。さっきはエレンにあんな事を言われたが、やはり私にはリヴァイさんと添い遂げるなんてあまりイメージ出来なくて、自分の身が掛かってるとは言っても素直にリヴァイさんの申し出を受け入れる事は出来なかった。

「でも、私はやはり、リヴァイさんとは…」
「どうしてだ」
「どうしてって…。会ってそんなに経ってなくて、お互いの事よく知りもしないのに結婚なんて、出来ません」
「それだけか」
「…大事な事だと思いますけど」

駄目だ、どう言っても一言で返される気がする。出来れば今、この時にリヴァイさんに私を諦めて貰えれば良かったのだがそれは難しいか。今が私を諦めてもらえる事と、私の身の安全。どちらも取れる最後のチャンスなのだが。

「心配は要らない。俺とお前なら相性は良いだろう」
「そんなの分からないじゃないですか」
「いや、分かる」
「…どうして」

どうしてそんな根拠の無い事を言えるのだろうか。まるで暖簾に腕押し状態の今にはあ、とため息をついて扉を見る。鍵を掛けられたという事はやはり、逃がすつもりは無いという事だろうか。それは誰の差し金か。さっきミカサとエレンが少し話してたから、もしかしてリヴァイさんから言われた事をミカサがエレンに伝えていたのだろうか。もし私の思った通りならリヴァイさんが鍵を掛けろと指示した事になるが。

「…今は言えねえが、リル」
「え…ひゃ…っ」

よそ見をしていた隙に私の腕を掴まれ、少し体勢を崩した時を狙ってかポンと肩を押されただけでベッドに倒れ込む。いきなりの事に何も理解出来なくて、目をぱちくりさせているとリヴァイさんが私の頭の横に手を置いて、ギシリとベッドを軋ませて覆い被さって来た。

「…やっと見つけたんだ。むざむざ逃がしはしねえよ」

やっと見つけたとはどういう意味だ。そしてやはりそんな簡単にはリヴァイさんから逃げられないという事に、心臓がどくんと跳ねた。

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