日常から非日常

初めて会ったのは何の変哲も無い道だった。主に行商人が通ったり物資の荷運び人が通ったり、はたまた別の街へ行く人が通ったりと、色んな人が通る普通の道だ。そこで私は彼と出会った。
まあ、出会ったと言うか、最初はぶつかっただけと言うか。これから先の街でこれを買って来て欲しいと渡されたメモを見ながら歩いていたら、人にぶつかってしまったのだ。その衝撃で自然と目は閉じ、それでも反射的に頭を下げ謝る。そして目を開けると、一瞬どきりとした。
目の前の人は黒い衣装に身を包み、それだけでも威圧感を感じるのに、見上げて顔を確認すればその風貌に心臓がどくんと高鳴った。綺麗な黒髪と、刈り上げられた後頭部。ブルーの瞳と切れ長のアイラインは、とある人物を連想させる。
まともにその姿を見た人は居ないが、伝承として民間人に伝わっているのだ。目の前の人とかなり酷似した外見を持つ、魔王の存在を。
もしかして、と思うが普通魔王がこんな所に居る筈が無い。数多くの魔物を下らせた魔王が、一人でこんな所になんて。だからきっと私の勘違いだろう、そう思って何食わぬ顔で立ち去ろうとしたその時。

「待て」

何故か呼び止められた。例え魔王じゃ無いにしても、威圧感たっぷりの人物に呼び止められて平静で居られる程私は肝が座っていない。びくびくしながら声を掛けてきた人物を振り返ると、いきなり手首を掴まれ引っ張られる。

「…え!?あ、あの…っ」

そして顎を掴まれくい、と視線を合わせるように持ち上げられれば、そのブルーの瞳にまじまじと見られた。一体何が起きているのか。恐怖で抵抗すら出来ない。されるがままになっていると、目の前の人が口を開いた。

「…お前、名前はなんだ」
「え、な、名前…?リル、ですけど…」

怖ず怖ずと口を開き名前を言えば、相手は口角を上げにやりと笑む。そしてこう言われたのだ。

「…気に入った」
「…へ?」

それが、私と彼の出会いだった。


「おいリル、そろそろ俺のモノになる気はねえのか」
「無いですお帰り下さい」

出会って開口一番、真っ先にこのやり取りが繰り返される。最初こそ戸惑っていたが何回も言われると流石に軽いと思い、いつの間にか冷たい返しをするようになっていた。
何故自分が気にいられたのか全く分からないが、あれからはことある毎にちょっかいを受ける日々。口に出しこそしないがこれだけ毎日来られると相手はどれだけ暇なんだと思う。何回も同じやり取りを繰り返して、もうパターン化されてるのにも気づいているであろう答を毎日求めに来るのだから。
そんな日々が続くと流石に私も辟易してくるし、でも良心が邪魔してもう来ないで下さい、とは言えないし。以前は遠まわしに言っても上手く言いくるめられて、結局は有耶無耶にされてしまった。何故彼はこんなに私にちょっかいを出して来るのか、全く理解出来ない。そんなある日、彼はこう言ったのだ。

「リル、今日は俺の城に連れて行く」
「城…?」

城ってなんだ、もしかして良いとこの坊ちゃんなのか。そう思ったのも束の間、彼は私を軽々と抱き上げて、地を蹴った。ふわりと身体が浮かぶ感じがして思わず彼の服をぎゅっと掴んでしまうが、それだけじゃ心許なく身を寄せる。

「…!?」

服を掴むだけじゃ、怖かったのだ。彼が地を蹴ればどんどん離れていく地上に恐怖心が芽生える。だってまるでそれは、飛んで空に浮かんでいるみたい…なんて思っていたら彼の背中からバサッと音がし、その予想は事実と変わった。彼の背中には、黒い翼が生えている。

「…え、え!?」

大きく羽ばたくその翼は、どこか既視感がある。いや、実際に見た事は無いが、どこかでこんな感じの翼を…そこまで考えて、一つの答に辿り着いた。初めて彼と出会った時にも思ったじゃないか、もしかしてと。

「ま、魔王、様…?」
「…なんだ」
「え、ほ、本当に、魔王…様?」
「…なんだお前、知ってたんじゃねえのか」

いや、確かに、確かに最初はその可能性を考えていたけど、そんな人がお付きの一人も付けずに居るなんて思ってなかったのだ。だから魔王様じゃないと頭の中で勝手に決着をつけていたし、だからこそのあの態度だった訳で。
そこで今まで言ってきた魔王様に対しての数々の言葉を思い出す。もしかして、結構無礼な事を言ってたんじゃないだろうか。そして魔王様の根城である所に連れて行かれると云う事は、もしかして。

「…は、離して下さいお願いします!」
「今離したらお前ぺしゃんこになるぞ」
「お、下ろして下さいー!」
「俺の城についたら下ろしてやるから大人しくしてろ」

そして城に着いたら何をされるのか。悪い結果しか思い浮かばない頭で、短い人生だったと今までを振り返る。きっと無礼な振る舞いをして来たから魔王様の城で想像したくも無い事が行われるんだろうな。お母さん、お父さんごめんなさい。私は親不孝者でした。こんな事ならもっと親孝行しておけば良かったです。そんな事を頭の中で思いながら、今飛んでいる現実から目を逸らすようにぎゅっと目蓋を閉じた。

それから暫く後、彼はとん、と足音を立て立ち止まった。浮遊感は消え、もう城に着いたのかと目を開けば、ぱちりと彼と目が合う。その顔の近さに恥ずかしくなって、思わず彼の顔を手で押してしまった。そして早く下ろして貰えるよう、本音は早く逃げれるよう、少し脚をばたつかせる。

「お、下ろして下さい!」
「おい、あまり人の顔を押すな。…それに逃げられでもしたら困るからな。このまま連れて行く」

だが、そんな事はお見通しだったみたいだ。その返しに背筋がぞくりとし、それでも此処で折れたら魔王の城に直行コースだ。それは何とか避けてあわよくば逃げたい。そんな思いから少し強気に言葉を返す。

「…あっ、貴方ねえ、さっきは城に着いたら下ろしてくれるって…っ」
「リヴァイだ」
「…え?」
「俺の名はリヴァイだ。名前で呼べ」

名前。そう言えば、彼の名前を今まで聞いた事が無かった。それでも不都合は無かったし、聞いた所でどうもならなかったからだ。
そして今名前を教えられてもどうすれば良いのか。魔王様だから、様づけで呼んだ方が良いのかな。いや、そもそも何故名前で呼ばないといけないのだ。どう呼ぶかなんて私の自由だし、それを強制される謂われは…。

「…呼んでみろ」

そんな私の心を見透かしたように、彼がそう言った。間近でそう言われて、その力強い瞳に見つめられれば私の牙だって丸くなってしまう。ただ、表面上だけだが。心の中では好きに呼ばせてもらう。

「…り、リヴァイ…様…」
「…悪くない」

私が彼の名を呼ぶとリヴァイさんはふっと笑った。顔のパーツ自体は少しキツいのに、笑った時は何故だか印象が少し柔らかくなる。それと共に余裕があるからか色気も感じられて、不覚にもどきっとした。それが何となく今までの自分への裏切りみたいで、気まずくなった私は抵抗を止めて大人しくなる。そして私はリヴァイさんに抱き抱えられたまま、城の扉をくぐった。

「魔王様、その方は…?」

城の中に入った私とリヴァイさんの前に現れたのは、まだ幼さを残した少年だった。真ん中で分けられた黒髪と、金色の瞳。そしてリヴァイさんと同じく黒を基調とした服を身に纏っており、その目上に対する言葉遣いから容易に彼の元に下った魔物の一人だという事が窺えた。

「エレンか。今すぐ皆を集めろ」

そう言ってリヴァイさんは私を下ろし、けれども私を逃がさないように腰に手を回し、ぐいっと引き寄せた。エレンと呼ばれた少年は此方に会釈をし、ぱたぱたと走り遠ざかっていく。

「…あ、あの、リヴァイ…様。何か皆さんを集めなければいけない事が…?」

この魔王の城での皆、つまりは魔物。その魔物を此処に集めて何をするのか。さっきのエレンみたいな礼儀正しい子ばっかりだったら良いけれど、どうしても魔物という言葉に嫌なものしか感じられない。それでも、答を知るのが怖くても、つい疑問が口をつついて出てしまう。私がこれからどうなるのか、という疑問を孕んだ問いを聞いてリヴァイさんは勝ち誇ったようににやりと笑った。待って待って、その笑みはどういう意味だ。びくりと肩が震え冷や汗がたらりと垂れる。

「…知りたいか?」
「う…、はい」

ごくりと唾を飲み込み、リヴァイさんが口を開くのを待つ。が、リヴァイさんが口を開いて言おうとした瞬間、エレンの声が聞こえた。

「魔王様、皆を連れて来ました」

そう言ったエレンの方を見てみると、この大きな城に似つかわしく、大勢が傍に控えていた。エレンの傍にはマフラーを巻いている黒髪ボブの少女と、金髪の同じくボブカットの男の子が固まるようにして居た。仲良しなのだろうか。そこから更に視線を巡らせれば色んな人が居て、その頭に着いてる角やら耳やら見慣れないものに吃驚して、リヴァイさんの服の裾を掴んでしまった。

「怖がらなくて良い。お前に危害を加えるような連中はこの中には居ない」
「…はい」

そうは言われても、やはり少し怖い。と同時にその恐怖を抱く対象であるリヴァイさんに縋ってしまった事に、少し自己嫌悪する。
一体リヴァイさんは何をする気なんだ。そう思っていると、先にエレンが口を開いた。

「あの、それで俺達を集めたのは一体…」

オッケーグッジョブ、私はそれが訊きたかったんだエレン。そもそも何故今日は無理矢理城へと連れて来られたのか、そして配下の魔物を集めたのか、色々訊きたい事がある。まず先に言ってくれれば良いのに。まあ、私の態度から素直に言うことを聞いてくれるとは思わなかったのだろうが。でもきちんと納得出来る話をしてくれれば私だって、ちゃんと応えるのに。

「ああ、こいつを紹介しようと思ってな」

そして私の肩を抱き、皆に見せるように正面を向かされる。紹介って何の紹介だろう?と軽く考えていると、次にリヴァイさんの口から出て来た言葉に絶句した。

「リルだ。俺はこいつを娶る事に決めた」
「…は?」

恐らくその時の私は大層間抜けな顔をしていたに違いない。娶るって。娶るなんて話全く聞いてないぞ私は。そもそも私は最初から俺のモノになれという言葉を拒否しているのだ。それなのに、どうしてこんな。目の前の魔物達も、あまりにも唐突な言葉に吃驚して言葉を失っている。流れる沈黙に、居心地の悪さを覚えた。

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