触ってみたい

ある晴れた日の午後、私とエレンさんは飲み物とお菓子を持って、草原へとピクニックに来ていた。周りは緑に囲まれながらも可愛らしい花が咲いていて、日当たりも良好で見晴らしも良い。兎に角最高の場所だった。そこにレジャーシートを敷き、籠を開けてお菓子を振る舞う。並んで座り、エレンさんの方を見れば微笑み返してくれた。それにつられて私も微笑み返すが、ついと言うべきか、私の視線はエレンさんの目線より少し上に行った。
目の前には大きな耳がぴくぴくと動き、少し視線を下げれば立派な尻尾も左右に大きく揺れている。楽しいのかな、と思うのと同時にその尻尾の動きに釘付けになった。
前々から思っていた事だが、エレンさんの尻尾は立派だ。ふさふさとして、大きくって、その存在感は計り知れない。立った尻尾の先の方だけが動いたり、嬉しそうにパタパタと忙しなく動いたりするから更に、だ。そんな尻尾から意識を逸らすなんて不可能と云うもので。

「…リル?どうした?」

つい凝視してしまっていた私にエレンさんから疑問の声が向けられる。

「えっ、えっと、その…」

エレンさんの尻尾が凄く魅力的で見入ってました。…なんて言える訳が無い。ああでもやっぱり魅力的。毛先は柔らかそうで、きっと触ったら気持ちいいんだろうな。でもやっぱり言えない。触ってみたいけど、そんな事を言ったらエレンさんはどう思うのだろうか。変な人扱いされたりしないだろうか。最初に会った時は変な人みたいな事言われたし。
そんな複雑な思いから二の句が告げずにいると、私が何か言いたそうなのが分かったのかエレンさんが緊張を解すように私の頭を撫でた。

「…言いたい事あるなら好きに言えよ?」
「う…、え、と…」

柔らかくそう言われて、言って良いのかな、と少しだけ遠慮の気持ちが和らいだ。エレンさんの顔を見て、その揺るぎない笑みに口元が緩む。…言って、良いかな。視線を下ろしてエレンさんの尻尾を見て、口を開いた。

「その、さ、触って…みたいなあ、と…」

私が照れまじりに両手の指先をくっつけながらそう言うと、エレンさんは何故かびくりとその肩を跳ねさせて、尻尾はピンと伸ばしてしまった。顔も見る見るうちに赤くなっていく。どうしたのかなとエレンさんの名前を読んでみると、こんな返答が返ってきた。

「…エレンさん?」
「ど、どこを…?」

どこを。ああそうか、肝心の部分を言って無かった。

「尻尾…ですけど…」

私がそう答えれば、エレンさんは更に顔を赤くさせて、けれどピンと立った尻尾はゆっくりと地についた。どこを触りたがっていると思ったのだろうか。

「…駄目、ですか?」
「い、いや。…駄目じゃねえ、けど」
「じゃ、じゃあ触って良いですか?」
「…ああ」

そう言ってエレンさんは背中をこっちに向けた。髪の間から覗く耳は少し赤く染まっていて、それを気にしていないのかそもそも気づいていないのか、平静でいるエレンさんがなんだか可愛い。前みたいに平静を装っているような気がして。
了承を貰った事だしと目の前で揺らめくエレンさんの尻尾に恐る恐る手を伸ばしてみると、指の先に尻尾の毛が触れる。更に伸ばせば尻尾に指先が埋もれて、柔らかい毛先が肌を擽る。なんだか暖かいし、肌触りも良くてついついその尻尾に顔を埋めてしまった。

「…っ」
「…あったかくて、気持ちいいです」

肌触りの良い毛布に触れているような、勿論それよりは軽い感じだが、兎に角至福の時間だった。やっと触れたという喜びと思っていた以上の尻尾の触り心地。それを味わうように頬ずりをすればエレンさんの尻尾がぴくんと跳ねた。

「すっすみません…っ、痛かったですか…?」
「いや、痛くはねえ…けど…っ」

慌てて尻尾から手を離し、エレンさんの顔を窺う。エレンさんは変わらず頬を赤らめていて、それを見て思わず私まで顔が赤くなってしまった。良く分からないけど、なんとなく恥ずかしくなったのだ。
尻尾は意外と敏感だという話を聞いた事がある。もしかして、私が触った事で不快になったりしたのだろうか。成る可く優しく触っているつもりだったが、もう少し優しく触るべきだったのだろうか。そんな風に少し不安になっていると、エレンさんが言葉を続けた。

「痛かったとかじゃ、なくて。その…なんか、変な…感じがするっていうか…」
「変な、感じ…?」
「…いや、やっぱ何でもねえよ。気にすんな」
「そう、ですか…?」

そう言ってエレンさんは黙ってしまった。気にするな、とは言われてもやはりきちんとした答が無いと気になる訳で。でも気にすんなと言われた手前それを訊く事は出来ない。が、やはり少しもやっとする。
それに、エレンさんが顔を赤くしているのも気になる。痛かったとかでは無い、という事はただ単に尻尾を触られるのが恥ずかしかっただけなのだろうか。いや、でも待て。エレンさんが顔を赤らめたのは私が触りたいと言ってからだ。尻尾を触らせてほしい、とはまだ言って無かった時。その時、どこを触らせて欲しかったのだと思ったのだろう。
今は微妙な空気が流れて二人とも無言のままだ。この際どんな話題でもいいやと口を開く。

「…あの、さっき私が触ってみたいって言った時、どこを触りたがってると思ったんですか?」
「え!?」

エレンさんのその反応に、やっぱり話題は選んだ方が良かったかなと思った。明らかにエレンさんが狼狽えているからだ。

「や、言いたく無かったら良いんですけど…っ」

慌ててそう言うが、エレンさんは良い、と言って恥ずかしそうに口を開いた。目線は合わせないまま、言葉を紡ぐ。

「…俺に触りたいって言われたのかと思ったんだよ」
「え…?えっと、エレンさんの尻尾を触りたいって言ったので…」

あまり意味は違わないのでは、と続けるとすかさずエレンさんが「そういう意味じゃねえよ」と言った。そういう意味じゃないとは、一体どういう意味だ。

「…こういう事かと思ったんだよ」

不意にエレンさんの身体が近付いて、ぎゅっと抱き締められる。背中に回された手は私の腰を撫でて、もう片方の手は後頭部を撫でた。そのまま髪をとかすように指先が髪の間を通る。

「え、えっと…っ」

いきなりの事に吃驚してしまう。これだから、エレンさんと一緒に居るのは慣れない。一緒に居るのは確かに落ち着くのだが、時々こうされるから心臓が持たないのだ。
そして少し身体を離されれば合わさる視線にどきりとした。そのまま顔が近付いてきて、思わず目を閉じてしまう。

「ん…っ」

ふに、と押し付けるように私の唇に触れるエレンさんの唇の感触に、声が漏れてしまった。だけどそれは直ぐに離れて、現状が飲み込めない私はそれを問うようにエレンさんを見つめる。熱っぽい視線を私に向けるエレンさんは、とても扇情的な表情をしていた。

「…リル…」
「あ、あの…エレンさ…んっ」

何時もと違う表情にどうしたのかと問おうとするが、何か言う前に再び唇を塞がれる。啄むような口付けに直ぐに息は上がって、それから逃れようにも後頭部にエレンさんの手があるから逃げられない。繰り返されるキスに次第に頭はぼーっとしてきて、けれども今まで感じた事のない感触にぴくりと身体を震わせた。
私の唇の上を這う、温かく湿ったもの。それは唇の間から私の口内に入り込み、舌先をつつく。それに吃驚してエレンさんの胸板を押せば、エレンさん自身も吃驚したのか慌てて私から身体を離した。

「あ…っ、わ、悪い…!」
「…?」

乱れた息を調える為に呼吸をゆっくりと繰り返して、さっきのは何だったのかと調べるように唇に指を滑らせる。ぬるりとしたその感触は直ぐに唾液だという事が分かり、だけどなぜそれが唇についているのかという事が分からなかった。ただ、何となく恥ずかしいもののような気がして、顔が熱くなる。

「…え、あ、え…!?」

何が起きたのか全く分からなかった。エレンさんが私にキスした事も、見たことないような扇情的な表情をしている事も。どこか現実的では無いようで、理解する事が難しかったのだ。エレンさんの言う触りたいの意味も、上手く咀嚼出来ない。ただ、エレンさんの新たな一面を見た気がして、どきどきするするのとは別に少し嬉しくも思った。恥ずかしくて、口に出す事は出来ないけれど。

[ 31/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -