出逢い

辛そうな顔をしてる人を見るのが嫌だった。嬉しそうな顔をしてる人を見ると私も嬉しくなった。それは、今私とエレンが身を投じている危険な戦いの理由にも、多分に含まれていると思う。

「…っエレン、そっち!」
「ああ!」

驕奢な装飾が施された銃の銃口を獲物に向かって狙いを定め、引き金を引く。だけど銃口から発した銀の弾丸は、スレスレのところを掠めただけ。獲物の肩を掠り闇へと消えていった。あーあ、これ高いのに勿体無い、なんて思いながら獲物を目で追う。エレンは獲物の後ろを取ろうと動いて、それに反応した獲物がエレンに意識を取られた。今だ、と思い獲物の心臓目掛けて引き金を引く。それは今度こそ当たり、獲物は灰になって消えていった。

「はあ、は…っ」
「お、わった、な」

エレンがそう言うと、途端に身体から力が抜ける。いつやられるかという緊張から解放されて、ほっと息をついた。

「はああ…、エレーン!」

事が済んで、喜びにテンションが上がってずっと離れていたような温もりに抱きつく。

「おっ、リル。良くやったな」
「うん!」

ぎゅっと抱きつくとエレンはご褒美だと言って、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。私はそれに甘んじてエレンの胸元に額を擦り付けて、存分に甘えた。今、私が遠慮無しに甘えられるのはエレンしか居ないのだ。
私とエレンは血の繋がった兄妹で、親は今私達が倒した獲物…吸血鬼に血を吸われてこの世を去った。それからは敵を討とうと日々吸血鬼を倒す為の術を学んだ。念願叶ってその吸血鬼を討ったのが凡そ一月前。其処から、同じように吸血鬼に苦しめられた人達を見て、これからはヴァンパイアハンターとして生きようとエレンと共に決めたのだ。
勿論、吸血鬼の中にはただ生きる為に必要な分だけを、相手の了承を得て血を貰う良心的な吸血鬼も居る。が、大体は己の欲望に忠実に、その肌に牙を立て血を啜り続け殺めてしまう吸血鬼が多い。そもそもそれが目的の吸血鬼も居るから、更に許せなくなるのだ。
今日も生き残れた喜びをエレンに伝えるようにぎゅっと抱き締めたままでいると、不意に手首を掴まれた。そしてまじまじと手首を見られる。

「…リル、怪我してんじゃねえか」
「あれ…ほんとだ」

エレンに指摘されて気が付いた。手首の皮膚が少し切れて、血が滲んでいる。大した怪我ではないが、それに気づくといきなり痛くなってきた。ズキズキと脈打つように痛むそこにエレンはハンカチを当てて、血を拭い取る。

「気をつけろよ。血の匂いに奴らが引き寄せられるかもしれないんだから」
「うん。…ありがと」

こうやって優しくされるのにほうっと胸が暖かくなる。今ではたった一人の兄なのだから、ここまで仲が良いと本当に救われるのだ。
吸血鬼を討った時に使った銃をコートの下に直して、家に帰ろうと思ってエレンの手を掴もうとした瞬間、何故か後ろから引っ張られてエレンから身体が離れる。あれ、なんでと思ったが、腰に回された何かによって、今の私の状況を理解した。
ぐいっと怪我をした方の手を引っ張られて、すん、と匂いを嗅がれる。

「…良い、匂いだな。美味そうだ」

其方に目を向ければ、やっぱりと言うべきか、独特の深紅の瞳に開いた唇から見える白い牙。吸血する時の、吸血鬼の特徴だ。

「…っリル!」

エレンが私の名を呼んだのと同時に、私は一旦直した銃を空いている方の手で引き抜いた。家に帰るまでは安全装置を外したままでいたのが幸いだった。そして銃口を吸血鬼の頭に向ける。例え死ななくても、少しだけ隙が出来れば、この腕から逃げる隙が出来ればそれでいい。そう思って引き金を引くが、その銃を持っている方の手首も捕まれて弾丸は空を切っただけだった。

「…危ねえな」

その吸血鬼は危ない、などと良いながらも表情は余裕そのものだ。私の両手首を吸血鬼は片手で掴み、頭上に持ち上げた。
微妙に真ん中からずれている髪の分け目から覗く肌は白く、深紅の瞳と相俟ってやはり私達とは別の存在なのだという事を思い知らされる。両腕を掴まれて大した抵抗が出来ない今の状況に恐怖を覚え、後ろ足で蹴ろうとした所相手の足が私の脚の間に割って入ってきて、それすらも無駄に終わった。

「良い匂いさせやがって…。なあ、良いだろ…?少しだけ吸わせてもらうだけだ。直ぐ終わる」
「…っや、離して…!」

耳元でそう囁かれて、あまりの近さに身体がぴくっと震える。吸血鬼に掴まれた手を振り解こうと手首に力を入れるが、びくともしない。この吸血鬼は少しだけ、なんて言っているがそんなのは死ぬまで血を吸ってしまう吸血鬼の常套句だ。それを絶対に許してはいけない。私の人生的にも、プライド的にも。

「痛いのなんて一瞬だ…。怖がらなくて良い」
「…っ」

ぺろり、とまるで消毒をするかのように首筋を舐められる。今からそこに牙を立てると言わんばかりに吸血鬼の唇が触れて、顎を掴まれた。吸血鬼の毛先が首の皮膚を掠めて、びくりと身体が震える。
どうやれば此処から逃れられるのか、それを考えても両腕を掴まれ脚もまともに使えない今の状況では、エレンに全てを託すしか無かった。ただ最後の抵抗として頭を動かそうとするが、それも叶わず耳元で吸血鬼が口を開いた音がする。だが、それと同時に聞こえる発砲音。

「…リルから離れろ…!」

その発砲された弾丸は吸血鬼の耳を掠り、動きがぴたりと止まった。

「…今のは威嚇だからな。次は、頭狙ってやる…」

そう言って銃口を吸血鬼の頭に向ける。傷口を確認したいのか吸血鬼は私の顎を掴んでいた手を自身の耳に当て、指先でそこを触る。血は滲むくらいしか出ていないようだったが、その痛みよりも吸血を邪魔された事に怒りを覚えたようだ。
吸血鬼は忌々しそうにエレンを見ると、私から手を離してとん、と背中を押した。私はいきなりの事に少しよろめきながらエレンの方へと逃げて、後ろに隠れる。

「邪魔しやがって…」
「…当たり前だろ。俺の大事な…妹だ」

せっかくの獲物を逃がした口惜しさか、チッと舌打ちをして吸血鬼はそのマントの襟で口元を隠し、顔を背けた。
エレンの服を掴んでひょこっと背中から顔を出して吸血鬼の動向を見ていたら、隠れてろと言わんばかりに肘でつつかれる。私はそれに素直に、出していた顔を引っ込めた。

「…まあいい。興が削がれた」
「…っな、待て!」

ひらりとマントが翻されたかと思えば、一瞬にして吸血鬼は黒い蝙蝠へと姿を変えて飛んでいった。エレンが慌てて仕留めようと弾丸を撃っても、もう遅い。

「…逃げられちゃったね」

遥か彼方へと飛んでいく蝙蝠から目を離して、エレンへと目を向けようとすると途端に温もりに包まれて、吃驚する。それはエレンにぎゅっと抱き締められている所為だと理解するのに、大した時間は掛からなかった。

「はぁ…、良かった…リル」

存在を確かめるように抱き締められて、その暖かさに心の底から安心する。比べるものでもないが、さっきの吸血鬼に抱き寄せられた時とはかなり違う。さっきは恐怖で一杯だったのに、エレンにこうしてもらうと安心出来るのだ。

「…ありがと、エレン。助けてくれて…」
「当たり前だろ?リルは俺の大事な妹なんだから」
「…うん」

そうだ、今となっては互いが、たった一人残された家族なのだ。だから、もう家族を失いたく無いから、勝手に相手を守ろうとしてしまう。もう、大切な人と離れ離れになるのは沢山なのだ。
一旦身体を離して帰ろうと声を掛けると、エレンは私と手を繋ぐ。何時もの光景だ。そのまま麓まで歩を進めて、色んなお店に目を奪われながら、後ろ髪を引かれる思いで家への帰路を辿る。だけど、その中でもこれだけは欲しいと思った物が視界に入って、思わず立ち止まってしまった。

「…リル?どうした?」
「エレンエレン!これ欲しい!」

これ、と言って指差したのは小さな十字架が付いたチョーカーで、真ん中には小さな可愛らしい石が付いている。透明感のある薄ピンク色の石が付いている物や、他にも色々あって目移りしてしまう。

「これって…別に要らないだろ」

でもエレンにはそう一蹴された。くそう。だけど、こんな時にエレンにこう言ったら折れてくれる言葉を私は覚えてしまっているのだ。

「駄目?…お兄ちゃん」

私が頼りたい時、甘えたい時。はたまたこんなおねだりの時、こう言うとエレンは私に凄く甘くなる。お兄ちゃん、の一言に血の繋がりと、それ位仲が良いという事を表現しているみたいで嬉しがっているのか、それともただ単にそう言われるのが好きなだけなのかは分からないが。こう言えば、大概受け入れてくれるのだ。今回だって、そう。

「…し、仕方ねえな」
「わーい!ありがとうお兄ちゃん!大好き!」

喜びを表現しようと抱きつくと、どれが良いんだよとエレンは頬を赤く染めて言う。どれにしようかな、やっぱ最初に見たやつにしようかな。ピンク色がやっぱり可愛かったし、そうしよう。

「んとね、これ」

そう言って私が指さすと、エレンはこれ下さいと店員さんに言って、お金を払って可愛くラッピングされたチョーカーを私に渡す。それを受け取ると、大事にすると言いぎゅっと握りしめた。

「じゃあ、今度こそ一直線に帰るぞ」
「あ、ちょっと待って!向こう向いてて!」
「なんで…」
「お願いだから!」

私の手を引いて今度こそ帰ろうとしたエレンの手を引いて、身体を反転させた。さっき、見つけてしまったのだ。エレンの誕生石がはめられているチョーカーを。それをエレンがこっちを見ていないのを確認して、買って、エレンの所に戻る。

「はいこれ!エレンにプレゼント」
「俺に?」
「私のとお揃い」

にこっと笑ってエレンに買ったチョーカーを差し出せば、エレンは元々赤くなっていた頬を更に赤く染めて、それを受け取った。同じ物を身に付ける姿を想像すると、それだけで嬉しくなってしまう。それが互いに贈りあった物だとしたら尚更だ。私のはおねだりした物だが、それはまた別だ。

「ほんとにありがとね。今日はエレンの好きなシチュー作るから、楽しみにしてて」
「…まじで?」
「うん!」

ただのご機嫌とりだと思ったのか、エレンはそれが本当にそうなのかと聞き返してきた。材料は勿論あるし、何時でも作れると言うのに。手間が掛かる訳でも無いし、エレンが喜ぶのなら毎日作ったって構わない。まあ、そんな事したら流石に食傷気味になるからしないが。

「…そっか、ありがとなリル」
「…えへへ」

甘やかすように、褒めるように頭を撫でられれば、口からは嬉しさの余りふにゃりと力の抜けた声が出てしまう。こうやってエレンに撫でられるのは、気持ちが良い。存分に甘やかされるのは、悪い気がしないどころか寧ろ嬉しいのだ。好意を分かり易い形で伝えられているみたいで、単純な私はそれが一番心地良かった。

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