誘い合う

今日は暑い。だから、こうしていても特段怪しまれたりはしないだろう。
シャツの釦を少し外して、胸元がちらりと見えるくらいに襟を広げる。リヴァイ兵長に紅茶をお出しする際に少し上体を傾けて、谷間を強調しようと二の腕にぎゅっと力を入れた。

「…おいリル。いくら暑いからって言ってもきちんと前は閉めてろ」

だけどリヴァイ兵長には直ぐにお小言を言われた。ちくしょう、失敗か。私が求めているのはそんな反応じゃないと言うのに。渋々釦を留めて、襟を正す。
でも、今日はリヴァイ兵長だって暑いと思っているだろうに。だって、普段は首を隠すように付けられているスカーフが、珍しく外されている。私が以前リヴァイ兵長の首筋が何となく好きだと告白してしまったのに、目の毒すぎる。

「…リヴァイ兵長だって、スカーフつけて無いじゃないですか。…暑いんですから仕方ないでしょう」
「…たまたまだ」

何が偶々なのだろう。今日に限って、私を天然で苛めるつもりなのだろうか。そんなの酷すぎる。
兎に角、こんな行動に出た理由は一つしかない。ぶっちゃけてしまえば最近ご無沙汰なのだ。だけど自分の口からそれを伝えるのは羞恥心に憚られて、こうやって遠回しに伝えようとしている。その気になってくれたら良いなと思って、色々と。
少しの間何も無いとそれが普通になり、それから再び前のようになるのは至難の技だ。このままでは普通の上司と部下の関係に戻ってしまうような気がして、何か行動を起こさないといけないと思い立ったは良いが、思いつくのはこんな事ばかり。自分でも馬鹿な事やってるなと思ってるが、仕方ないじゃないか。だってこれ以外に方法が思いつかないんだもの。
リヴァイ兵長が紅茶を飲み干すと、もう一杯と言わんばかりにテーブルの端にカップを置かれて、ポットの方へと視線がいった。何回も同じ事があって、何もいわずとも分かるようになった事は凄く嬉しい。こういうちょっとした事で幸福感を覚えるのは相手がリヴァイ兵長だから。だから、もっとその幸福を味わいたくて、肌を求める。一度直に触れてしまえば、その心地よさを自身の肌が覚えてしまった。それに、その時に見せる表情と、滅多に見ない汗が好きだった。その時は私だけが見ている、つまりは私がリヴァイ兵長にとっての特別だと感じられて、嬉しかったのだ。
取り敢えずはまた紅茶を注いで、ポットをテーブルに置く。何かする事はないかと周りを見渡すと、モブリットさんが大量の書類を運んでいた。

「モブリットさん、手伝いますよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「いえいえ」

モブリットさんから書類の束を受け取って、落ちないように下から抱え上げる。そして恐らくハンジさんに届けるのだろう、その歩き出した足を追って、転けないように足元を見ながら進んだ。辿り着いた先は書類やら本やらが積み重なっていて、一瞬倉庫に来たのかと見紛う程だ。その中に埋もれるようにして、ハンジさんは居た。モブリットさんはハンジさんを見つけると、少しだけ大きな声でハンジさんを呼ぶ。

「ハンジ分隊長、持って来ましたよ」
「そこに置いといてー」
「そこって…」

研究に没頭し過ぎて気付いてもらえない、なんて事にならなくて良かったが、ハンジさんの周りは本や書類で埋め尽くされている。少しでも身体が当たるとぐらついて倒れそうで。そのどこにこの多量の書類を置けば良いのか。モブリットさんはそれが当たり前のように、一旦足元に書類を置いてハンジさんの周りを片付ける。慣れてるなあ、と思いながら私もそれに続いてハンジさんの周りを片付けた。

「すみません、手伝ってもらって」
「いいえ。大変ですね」

こんな事を毎日のようにしてるのか、と思うと頭が下がる。ある意味ハンジさんの下に居ると良い部下に育つだろう。

「あれ?リル居るの?」

私の声がしたのを疑問に思ったのか、ハンジさんは顔を上げて私を見た。髪がぼさぼさだ。

「はい。ちょっとお手伝いに」
「丁度良かったー。リヴァイにこれ持ってってよ」
「これ…ってお酒ですか」
「なんかリヴァイが欲しがってたからね。恩を売っとこうかと思って」

はい、とハンジさんは私に酒瓶を渡す。今は仕事中なのに良いのだろうか。相変わらずマイペースな人だ。それを受け取ると瓶の重さに自然と握る手に力が入って、落とさないように底にも手を添える。受け取ったお酒が何なのか見てみると、それは蜂蜜酒だった。元々お酒は得意では無く、種類には疎いが甘いのだろうか。リヴァイ兵長が甘いものを飲むという事が想像出来なくて、首を傾げる。

「じゃ、よろしくねー」
「はい、わかりました」

でもリヴァイ兵長が欲しがっていたと言うのだから、渡すべきだろう。大事に抱え上げてモブリットさんとハンジさんに会釈をして、部屋を後にした。
同じような景色が続く廊下を、確かこっちだった筈と元来た道を戻る。人気のあまり無い道はずっと見ていると、いつの間にか知らない場所に迷い込んでいるようで。それでも歩を進めるとまるで目印のように、リヴァイ兵長が扉の前に立っていた。

「リヴァイ兵長」
「…早かったな」
「…はい。書類を届けるだけでしたので」
「…それはなんだ」

書類を届けるだけ、と言っておいて手には酒瓶を持っていたから純粋に疑問を持ったのだろう。私はそれを見せるように前に出すと、こう言った。

「ハンジさんからです。何でも以前リヴァイ兵長が欲しがっていたとかで…。リヴァイ兵長にと」
「…そう言えばそんな事言ったか」
「後で覚悟しておいた方が良いかもしれませんよ?リヴァイ兵長に恩を売っとく、なんて言ってましたから」

少し笑いながら、リヴァイ兵長にお酒を渡す。持つ物が無くなった腕が軽い。リヴァイ兵長が部屋から出ているという事は、今日はもう仕事は終わりだろうか。
リヴァイ兵長は受け取ったお酒を揺らすと、一瞬思案した後私にこう問い掛ける。

「…リル、今日はもう仕事は終わりだが、どうだ」

上司から部下へ酒に付き合え、と言っているのなら付き合わない訳にはいかないが、私とリヴァイ兵長の関係上プライベートで、という事だろう。勿論リヴァイ兵長と一緒に居られるのなら付き合いたいが、私はどうもお酒が苦手なのだ。甘めのなら少しくらいなら呑めるが。

「…それ、甘口ですか?」
「お前はこれを受け取った時に確認していないのか」
「蜂蜜酒だとは見ましたが…」
「そういう事だ」

ええと、つまりは甘いという認識で良いのだろうか。

「…じゃあ、ちょっとだけ」

リヴァイ兵長にそう告げれば、「来い」と言われ背を向けられ、そのまま歩き出した背中を追い掛ける。お酒を呑むなんて久しぶりだ。しかも、リヴァイ兵長となんて。
久し振りに足を踏み入れたリヴァイ兵長の部屋は、懐かしかった。座ってろと言われ素直に椅子に座ると、リヴァイ兵長がショットグラスに早速お酒を注ぐ。私がした方が良かっただろうか、と今になって思った。

「ほら」
「…いただきます」

リヴァイ兵長に渡されたショットグラスを受け取ると、リヴァイ兵長は私の前に座ってお酒を飲み始めた。私はと言うと口に含んで、少量ずつ嚥下していく。甘くて美味しいが、やはり喉を通る時の灼熱感に慣れない。それでもちびちび呑んでいたら、リヴァイ兵長は突然喋りだした。

「…時にリル」
「はい」
「アルコールには媚薬と同じような効果がある事は知っているか」
「…っ!?」

いきなりの一言に、思わず咽せてしまった。けほっと咳き込んで、テーブルにショットグラスを置く。

「い、いきなり何を」
「そして蜂蜜酒には強壮作用があるらしい」
「え、え…?」

あまりにも唐突すぎて、どういう反応を返したら良いか分からない。

「最後にしたのは何時だ」

その言葉に込められた意味に顔がぼっと熱くなる。最後にリヴァイ兵長としたのは、結構前だ。確か。

「二週間くらい、前…です」

そうだ、二週間くらいリヴァイ兵長の肌に触れていない。だから今日は少しでもその気になってもらおうとあんな事をしたのだ。華麗にスルーされたが。

「そうだ、二週間だ。お前に全く触れていない」
「…はい」

私と同じような事を言っている。それに内心笑ったが、リヴァイ兵長が言葉を続けたから黙って聞いた。

「其処でだ、お前は以前言ったな。俺の首筋が好きだと変態な事を」
「変態は否定しますがそう言いました」
「だから今日はスカーフを付けなかった。なのにお前と来たら全く反応しなかったな」
「…リヴァイ兵長だって、私が胸元開けててもそういう反応しなかった癖に」
「…あ?」
「いえなんでもありません!」

リヴァイ兵長に逆らうのはいくらこういう関係でも怖い。だからつい誤魔化そうとしてしまったが、リヴァイ兵長はそれを聞き逃さなかった。

「もう一回言ってみろ」

ガタンと音を立てリヴァイ兵長は椅子から立ち上がり、私が座っている椅子の背もたれに手を置く。逃がさないから観念しろとでも言っているみたいに。至近距離で見つめられて、胸がとくんと高鳴って顔が熱くなる。

「え…と、私も、リヴァイ兵長とその…したくて、今日、胸元開けてたん…ですけど…」

私自身がやった馬鹿な行いに、恥ずかしくて言葉が尻窄みになる。リヴァイ兵長にその気になってもらいたかったから、あんな事をして、誘っていたのだ。いや、リヴァイ兵長に伝わっていないのだったら、誘っていたつもり、になるだろう。

「…つまりあれは俺を誘っていたと」
「はい…」

漸く、今、伝わったらしい。嗚呼恥ずかしい。穴があったら入りたい、いや掘ってでも入りたい。この赤くなった顔はアルコールの所為でもあるだろうか。そうやってこの顔の熱が恥ずかしさ以外にも理由がつけられる事に、ほんの少しだけ救われた。

「…て、え?」

私が言った事を再度問われてスルーしていたが、さっきリヴァイ兵長は私が首筋を好きだから、今日はスカーフを外していたと言った。その言葉を言ったのは行為中で、つまり言ってしまえば性的に好きだという事で。それってつまり。

「…もしかしてリヴァイ兵長も私を誘ってました?」
「ああ」

いとも簡単に頷かれて、なんだか肩の力が抜けた。馬鹿みたいだ。互いに互いを誘っていたのにそれに気付かずに、欲ばかりが募って。

「そういう訳だ。…わかったな」

まだ殆ど注いだままの状態だった私のショットグラスを持ち上げて、リヴァイ兵長はそれを一気に煽る。一気に呑んで大丈夫なのだろうか。そんな心配も、次の瞬間消えて無くなった。コトンとテーブルに置かれたショットグラスに視線を奪われていると、くいと顎を持ち上げられて唇を重ねられる。アルコールのつんとした匂いがして、思わず唇を離そうとするがリヴァイ兵長の力に適う訳も無く。

「…ん、ん…っ」

舌をいとも簡単に絡め取られ、口内を弄られる。何時もより熱く感じるのは、気のせいだろうか。

「…今日は覚悟していろ」

その一言に、身体の芯が熱を孕む。ずっと待ちわびていた時が訪れたからか、それともお酒の所為か。それとも、さっきの蜂蜜酒の話の所為か。二週間もお預け状態だった私とリヴァイ兵長には余裕なんて無くて、貪るようなキスを交わしながら互いの服へと手を掛けた。

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