印象

大変だ、大変なのだ。
私が昨日仕上げたレポートが、バッグの中に入っていない。
提出期限は今日で、今日先生に渡しにいかないと凄く不味い事になる。
余裕を持ってレポートを仕上げておくべきだと解ってはいるのだが、どうしても後回しにしてしまって何時もギリギリになるのだ。
それにしてもきちんとやったのに家に忘れてくるとは、そそっかしいな自分。
…なんて言ってる場合ではない。
これはどうにかしないと私に待っているのは、体罰と言う名の暴力だ。
少しくらい優しくしてくれたって良いのに、なんて思いながらレポートを家に忘れた私が言えた柄ではないな、と頭の中でつっこんだ。

「…どうした?」

私の隣から聞こえてきたのは、エレンの声だった。
私がファイルの中身を机の上に出して、さらに教科書の間に挟まってないかとぱらぱらページを捲っていたからだろう。

「レポート忘れた…」

私が少し震えた声でそう告げると、エレンは少しの間の後、ご愁傷様、とだけ言った。
畜生、その笑顔が憎たらしい。
人の不幸は蜜の味、なんて言うが今その言葉を言われたら洒落にならない。
どうしよう、ちょっと怖いが先生に言ってレポートをもう一回貰って来て、誰かに見せてもらうか。
そう思って周りに視線をやると、疎らに人が残っていた。
それもその筈、今は放課後だ。
大体の生徒が帰るか部活に行くか此処で喋っているかで、今この教室に残っているのは数人だけだ。
取り敢えずは隣に居るエレンに話し掛ける。

「エレン、ちょっと聞きたいんだけど、レポートまだ持ってる?」
「残念、もう出しちまった」
「…このやろう」
「なんでそう言われなきゃなんないんだよ!」
「だってリヴァイ先生怖いんだもん…」

そう、出しに行こうかと思っていたレポートの出題者はリヴァイ先生だ。
職員室でくどくど説教垂れ流されて、挙げ句の果てに頭叩かれて、あんな痛い思いするのは一度で充分だ。
なんか恥ずかしいし。
でもどうにか行動を起こさなければその痛い思いを回避する事は出来ない。
後残って居るのは何時もエレンと一緒に帰っているミカサとアルミンと、他はクリスタにユミルにサシャ。
殆ど真面目な人しか残っていない。
つまり登校時にもう出しに行った可能性があるという事で。
駄目もとで聞きに行ってみたが、やはりもう出してしまっていた。
サシャだけは「え、今日レポート提出日だったんですか」だったが。
いやいやさっき授業終了時に言われただろう。

「もう夕飯の事で頭一杯でした」
「だったらサシャ一緒に来て!一緒にしよ!」
「でも私もうとっくに出してしまいましたよ?」
「…え、どういう事?」
「レポート出された次の日に出しに行ったんですよ。何時もぎりぎりか忘れてたのでやばいかなーって。なので今回は貰った日にやって次の日にすぐ出しに行きました!」

私偉いですよね!なんて笑顔で言われたら何も言う気がおきない。
仲間が見つかったかと思ったのに、残念だ。
というか何回も怒られていたのか、サシャは勇者だな。
さてどうしよう、これはもう1人でレポートを貰いに行って最速で仕上げるしかない。
自分1人だけで。

「…帰れるの夜になっちゃうよ」

ちらり、時計を見てそう呟いた。
昨日レポートを仕上げたのは深夜だ。
一度やったものだから少しは早く終わらせる事が出来るかもしれないが、それでも結構な時間が掛かるだろう。
それに今からリヴァイ先生に会いに行くという事が憂鬱だ。
レポート貰うだけでも色々言われるんだろうな、それか無言の圧力を掛けてくるんだろうな、と自然と溜め息が漏れる。
机の上に広げたプリントを纏めてファイルに入れ直して、バッグの中に入れて教室を後にした。

「…つまりレポートを忘れてきたと」
「はい…」
「…前も同じ事あっただろ、お前の脳みそは何覚えてんだ?」
「リヴァイ先生に叩かれました」
「そこじゃねえだろ。レポート忘れねえように散々言い聞かせたよな?」
「一応やったんですよ?やったんですけど…家に忘れてきて」
「今出せねえんならどっちも変わんねえよ」

ですよねー、としか言えなかった。
明らかに不機嫌、というか何時も不機嫌なのだが、今はそれより更に不機嫌に見える。
下手に動けないようなトゲトゲしたオーラを身に纏うリヴァイ先生から、自然と身体が後退してしまう。

「…おい」
「はい!」

しまった、いきなり声を掛けられたから声が裏返ってしまった。

「今すぐ仕上げてこい」
「え」

そう言われて机の引き出しの中からレポートを渡された。
というか。

「今すぐは無理です…」
「…良いからやってこい」
「はいっ」

どことなく声のトーンが下がったように思えて、恐怖から自然と声が出てしまった。
今すぐ、とはどの程度の時間なら容認してくれるのだろうか。
そんな直ぐには出来る自信は無い。
でも受け取ってしまった手前、今更どう言っても駄目なんだろうな、と急ぎ足で職員室から出た。
早く仕上げなければ、そう思って教室に入り教科書を開く。
ついでにファイリングしたプリントも開いて、解る所から埋めていった。
教室内からは人が消え、今は私1人で少し寂しい。
外はオレンジ色の夕日が、どんどん濃くなっていった。
暫く経った後も解らない所が一つだけあって、プリントと教科書を交互に見ながら答えを探す。
でもそこに該当しそうな答えはなくて、もういっそのこと適当に書いて空欄を埋めて出してしまおうか。
そう思って握ったシャーペンに力を入れて、いざペンを滑らせようかとすると、ガラッと教室の扉が開いた音がした。

「…まだ掛かってんのか」

開かれた扉の方へ視線をやると、良く見知った、それでいて苦手な人物が立っていた。

「…リヴァイ先生…」
「そんな難しかったか?今回のレポートは」
「…難しいです」

シャーペンを握る手から力を抜いて、リヴァイ先生がこつこつと足音を響かせて近付いてくる緊張感に、身体が強張った。
リヴァイ先生の前で適当な文字で空欄を埋めようなんて、出来る筈がない。
止まってしまった手の動きを、書こうとした文字を確認するかのようにリヴァイ先生は私の手元を覗き込んだ。

「…あと一問じゃねえか」
「その最後の一問が解らないんですよ」
「…仕方ねえな」

そう言われて、小声で此処は、と答えを言われた。

「…え」
「ほら、早く埋めろ」
「は、はいっ」

珍しい、というか仮にも教員が答えを言って良いのだろうか。
少しどきどきしながら残った空欄を、文字で埋めていく。

「…やっと終わったな」
「はい…」

シャーペンを机の上に置いて、ふう、と息を吐く。
何故か、凄く疲れた気がする。
レポートが終わった解放感と、未だ残るリヴァイ先生と二人きりという緊張感に、身体は振り回されてばっかりだ。
本当だったら身体から力を抜いて休みたいが、リヴァイ先生が居る手前そんな事は出来ない。
失礼に値するんじゃないだろうか、とちらちらと様子を窺ってしまう。

「リヴァイ先生…出すの遅れてすみませんでした…」

レポートを手にして、椅子から立ち上がりリヴァイ先生に差し出した。
緊張する、お小言を言われたらどうしよう、叩かれたらどうしよう、なんて考えが頭の中で巡ってぎゅっと身体に力が入る。
何も言われずに私の手からレポートが引き抜かれると、思わず反応を窺おうとリヴァイ先生を見上げた。

「ああ。…確かに受け取った」

そう言われてぽすんと頭の上に手を置かれて、反射的に瞳を瞑る。
直ぐ瞳を開くと、リヴァイ先生の腕と、その横から見える表情が目に入った。

「…あ」
「…なんだ」

つい、声を出してしまった。
私が声を出してから直ぐに私の頭の上からリヴァイ先生の手が離れ、見知った表情が良く見える。

「いえ、何でもないです…っ」
「…そうか。もう遅いから早く帰れ」
「はいっ」

慌ててペンケースにシャーペンやら消しゴムやらを突っ込んで、バッグに机の上に出したものを入れる。

「そ、それではリヴァイ先生、さようなら!」
「ああ」

バッグを肩に掛け、椅子を直して教室から逃げるように出て行った。
途中足を滑らせる所だったが、なんとか持ちこたえて床に伏す事態は避ける事が出来た。
階段を下りて昇降口について、靴箱に手をついて息を整える。

「…吃驚した」

いつも顰めっ面の不機嫌な表情が、あの私の頭に手を置いた時、少しだけ柔らかくなったのだ。
あんな表情もするんだ、リヴァイ先生って。
厳しいだけじゃない、優しさも持ち合わせている。
少しだけ、ほんの少しだけ苦手意識が和らいだ気がした。

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