終わりよければ全て良し

※ジャンが夢主の幼馴染み設定


エレンと恋人同士になって、恋が実った事が嬉しくて、ここ数日舞い上がっていた。
以前の友人関係だった時とはまた意識が変わって、一緒に話しているだけでも少しどきどきする。
それが楽しくて、嬉しくて。
でも、最近は少しそんな気持ちの中に、一種の感情が混ざり始めた。

「エレン、ここ。怪我してる」
「ん?…ああ、こんくらい大したことねえよ」
「駄目。ちゃんと消毒しなきゃ」
「平気だって!俺はお前の弟か!」

目の前には、ミカサとエレン。
ミカサはエレンが怪我をしている所を指先で撫で、エレンはその痛みに顔をしかめた。

「…ミカサ!お前、何すんだよ!」
「ほら、痛がってる。きちんと手当てしなきゃ駄目」
「ミカサが触るからだろ!」

ほっといても治るからそのままで良いんだよ、と言ってエレンはミカサの手を振り解いてすたすたと歩き出した。
それでも黴菌が入ったら大変だからとミカサは引かない。
相変わらず仲が良いなあ、と思う。
エレンはミカサに少々きつい言い方をしているが、其処には幼なじみならではの遠慮のなさを感じられて、少し羨ましい。
ミカサはエレンに対してはかなりと言って良い程過保護で、そんなミカサに対してエレンはかなりの確率で反発する。
ミカサの言い分は最もなのだが、エレンはこうやって世話をやかれるのはあまり好まないのだろう。
まあ確かに端から見ると世話を焼く大人と世話を焼かれる子供の図で、同期のからかいの種になるような事だから人前ではやめてほしい、というのは解る。
だけどミカサが引かないのは何時もの事なのだから、いっそのことエレンが折れた方が事が穏便に済むのではないか。
その方が、すぐに話は済むのに。
そこまで考えて、いやいやと頭を振った。
それは只の私の願望だ。
ミカサとじゃなくて、私にもっと構ってほしいなんて。
ミカサと仲良さそうにしているエレンを見ているのが、辛いだなんて。
そんなの私の我が儘で、我が儘な、嫌な部分をエレンに知られたくはない。

「リル、どうした?」

不意にエレンが私を振り返って、そう言った。
私の様子がどこかおかしいと思って、心配してくれたのだろう。
その透き通った、濁りなんてない瞳に捉えられて、更に嫌な部分をエレンに見せたくなくなる。

「…別に、なんでも無いよ?」

えへへ、と場を誤魔化すように微笑んだ。
エレンに我が儘だと知られてしまったら嫌われるかもしれない。
そう思ったら、本当に何も言えなくなった。
ミカサくらい、遠慮無しに言い合える仲だったら少しくらい我が儘を言っても受け止めてもらえただろうか。
そのくらい仲良くなりたいと思ってる今の私には、そのくらい仲良くなれているという自信は無かった。

「それなら良いけど…。言いたい事あったら言えよ?」
「…うん、ありがとう」

エレンの優しい言葉に、胸がちくりと痛んだ。
私の我が儘な気持ちとはかなり懸け離れた、純粋な優しさ。
今の私にはその優しさは凶器に近い。
私との考えの違いを見せつけられているみたいで、今の私とエレンの距離を示しているみたいで。
心の中で思ってる事を口に出すと、更に距離が生まれる気がして。
だから言いたい事を素直に言う事は出来ずに、その場を誤魔化した。
気まずくて、その場に居づらくて、自然とエレンから離れるように歩くスピードを遅くする。
エレンが角を曲がるのを遠目に見て、視界からエレンが消えた後、建物に寄りかかった。
ふう、と溜め息を吐いて視線を下ろす。
エレンとミカサが仲良く話している姿から目をそらすのはただ逃げているだけと解っていても、それでも今見続けているのは辛かった。
何の解決にもならないけど、少しばかり心が軽くなる。

「リル?」

私の名前を呼ぶ声に、ぴくりと反応する。
顔を上げて私に話し掛けた人物を確認してみると、それはジャンだった。

「…ジャン」
「お前、なんか表情暗いぞ。どうしたんだよ」

そう言われて、ぺたりと頬に手を添えてみる。
自分では分からなかったが、人に指摘されるほど暗い表情をしていたのか、私は。

「…ん、ちょっと、ね」

むにむにと表情が少し和らがないかと頬を指先で揉んでみるが、私はそんなに演技が上手い訳でもない。
表情を一瞬で変えるなんて芸道が出来るはずもなく、頬から手を離しジャンを見上げた。
どうしよう、言っても、相談しても良いのだろうか。
相変わらず目つきは悪いが、それでも私の小さい頃からの付き合い…所謂幼馴染みと言う奴だ。
長い付き合いで外見と中身は比例しないと言う事を分かっている。
見た目に反してジャンは結構優しくて、今ではあまり機会は無くなったが小さい頃は結構甘えさせてくれて。
まるで兄妹みたいな関係だった。
その分何でも遠慮無く言える関係で、何を言っても受け入れて貰えるという安心感がある。

「…何か、あったのか?」

その一言に、目頭が熱くなった。
心配して貰えると言う事と、小さい頃から変わらずに優しいのが嬉しくて。
1人で悩みを抱えるというのは意外と苦しくて、気付いたら口を開いていた。

「あのね…」

それから私は話を始めた。
エレンと付き合っている事は知っている筈だから、それからの事を、自分が話せる分だけ。
言葉にするのにも勇気が要ったが、ジャンがきちんと聞いてくれていたから少し気持ちが楽だった。
言える事を全て言った後ジャンが私の頭に手を乗せてきて、髪をぐちゃぐちゃにするみたいに撫でてきた。

「ちょ…、ジャン?」
「まあ、そんくらい普通じゃねーの」
「普通?かなあ…」
「俺だってあいつが…その。いや、俺の話は良いんだよ!」

ジャンから言ってきたのに、なんて言葉は飲み込んで、ああそうか、と思った。
ジャンはミカサが好きなのだ。
きっとジャンも同じような気持ちになった事があって、今は私と同じ気持ちを共有している仲間みたいな、そんな感じなのだろう。
私だけじゃ無いのだ、こんな気持ちになったのは。
そう思ったら、急に心が軽くなった。
解決はしてないけれど、人に聞いて貰うだけでこんなに違うのか。

「愚痴くらい何時でも聞いてやっから、溜め込むより俺にぶつけろよ」
「わ、ちょ…っ」

髪を更にぐちゃぐちゃにされて、しまいには頬をむに、と摘まれる。

「いひゃいんだけど」
「辛気臭え面してると、悪い方に物事は転がってくぜ?」
「…ん」

ジャンにしてみれば暗い表情を変えようとしたのだろうが、頬を摘まれるというのは意外に痛い。
未だに手を離そうとしないジャンに、お返ししてやると私もジャンの頬を抓る。
ぐい、と少し引っ張ると、予想していた通りの間抜け面。
吃驚したのか私の頬から手を離した。

「…ふ」

それが可笑しくて、つい口からは笑い声が漏れる。
さっきまで気持ちは沈んでいたのに、不思議と今は楽しい。

「ジャン、面白い顔してる…っ」
「いや、痛えんだけど」
「私も痛かったもん。お返しだよ」

そう言って一層強く摘んで手を離した。
私が手を離した所は赤い跡が残っていて、なんとも面白い顔になっている。

「…も、変な顔…っ」
「おい、人の顔であんま笑うな」
「ご、ごめ…っ。でも…っ」
「…ま、元気になったみたいで何よりだ」

ジャンは安心したようにふっと笑って、ぽすん、と今度は優しく頭を撫でてくれた。
きっと、何時まで経ってもジャンにとって私は手の掛かる妹みたいなものなのだろう。

「…ありがと、ジャン」

その優しさにそう御礼を言って、また明日と言ってジャンと別れた。
心はすっかり軽くなっていて、明日からはもっとエレンと距離を縮められるように頑張ろう。
あんな風に悩んだりしなくて済むように、頑張ろう。
そう、思った。

それから次の日、意を決してエレンに話し掛けてみたが、返ってきた反応は私の想像とは少し違ったものだった。
エレンは少し元気が無い…いや、私との会話が気まずいように見受けられる。
それがどうしてなのかがよく分からなくて、そこからどう話を広げて良いか解らない。

「…エレン?ね、あの…」
「…リル、さ…」
「!うん」

沈黙の中、漸くエレンが話し掛けてくれて、喜びに自然と声が大きくなる。

「俺と居るの、あんまり楽しくないのか…?」
「…え?」

だけど、そんな喜びは一瞬にして消え失せた。
エレンと居るのが楽しくないなんて、そんな事は全くない。
寧ろそうだったら付き合うなんて事に至らないだろう。
なのに、どうして。
そう思って、エレンが変わったのに気づいたのは今日だから原因は昨日にあるはず、と思考を働かせた。
もしかして、昨日何も言わずにエレンの側から離れたから、そう思われたのだろうか。
勿論それはエレンと居るのが楽しくないからでは無くて、エレンとミカサが仲良く話しているのを見ているのが辛かっただけ、という理由だが。

「そんな事無い…。そう言う訳じゃ」

だけどそれを素直にエレンに言う事は出来なくて、確固とした理由を言えないまま、ただ違うとしか告げれなかった。
それに対してエレンは吐き捨てるように言う。

「…だったらなんで、ジャンとはあんな楽しそうに喋ってたんだよ」
「…っあれは」

もしかして、聞かれていたのか。
私がジャンに愚痴を零している所を。
そして私が思っていたのがエレンが変わった理由じゃ無い、と言う事でまた思考を巡らせる羽目になった。

「俺とはあまり話さないし、気付いたら居なくなってて…。探したらジャンと仲良さそうに話してるし」
「あれは、ちょっと相談してただけで…」
「だったら、俺に話せば良いだろ!」

エレンの、初めて私に向けられた怒声にびくっと肩が震える。

「俺言ったよな?言いたい事あったら言えって。ジャンには話せて、俺には話せないのか?」
「…だって、」

言える訳がない、エレンとミカサが仲良くしてる所を見るのが辛いだなんて。
そんな事言ったら、エレンに重いって思われるかもしれない、嫌われるかもしれない。

「…ジャンの方が良いのかよ」

だけど、エレンに嫌われるかもしれないなんて気持ちは、その一言でどこかへ飛んでいった。
エレンが好きで、エレンが良いから付き合い始めたのに、そう言われて黙っていられる程私は大人しくない。
その一言は今までの私の気持ちを否定するのと同じ事で、其処まで言われたら今更嫌われるかもしれないなんて考える事こそ愚かだ。

「…そんな訳ない!」
「だったら!」
「エレンに言える訳ないじゃない!私がどんな悩み持ってたかなんて…!」

一度喋り出したら、どうしたって止まる訳がない。
今まで内に溜めていた物を吐き出すように口に出した。

「…エレンとミカサが仲良く話してるのが嫌だったの!だけどそんな事言ったら、私嫌な子じゃない…っ。我が儘だって思われて、エレンに嫌われたらどうしようって…。だから言えなかったの!」
「…は?そ、そんなのリルだってジャンと仲良さそうに話してたじゃねえか!俺がどんな気持ちで見てたと思って…っ」
「だからその時はそれを相談してたの!ジャンは私を元気づけてくれてたの…!エレンが…っ、…え?」

今、凄く聞き逃せない事を言われたような。
エレンがどんな気持ちで、私とジャンが話してる所を見ていたか。

「…どんな、気持ちで…見てたの…?」
「…俺だって、リルとジャンが仲良さそうに話してるのが嫌だったよ!正直に言うとすっげー苛々した」
「え…」

嫌だった、苛々した。
その二つの言葉に、既視感を感じた。
だってそれは、私がエレンとミカサの仲良さにちょっと思っていた事と近かったから。
私と、殆ど同じ気持ちだったから。

「…同じ、だったんだ…」

馬鹿みたいだ。
互いに互いの交友関係に嫉妬しあって、それを素直に言えなくて、話が拗れて。
こうなるんだったら、最初から素直に言っておけば良かったかもしれない。
こんな、口喧嘩をするくらいなら。

「…ごめんね、ちょっと、感情的になりすぎたかも…」
「いや、俺も…ごめん」

ただ謝る事しか出来なくて、辺りに静寂が流れる。
喧嘩した後、この微妙な空気のままは好ましくなくて何か話そうとするが、特に話題が見つからない。
どうしよう、何を話そう。
そうした空気を打ち破ったのは、エレンだった。

「…リル、またこんな風になるのは御免だからな。だから、今度からちゃんと言えよ」
「うん…ほんと、ごめん」

こんな事にならないように、今回の事でそれが身にしみた。
私のせいでこうなって、申し訳無さすぎてただ謝るのを繰り返すばかり。

「あと」

ぐいっと肩を掴まれ、引き寄せられる。
エレンの真剣な表情に、あと何があるのかと緊張で心臓がどくんと跳ねた。
だけどその緊張は杞憂だったようで、直ぐに空気は変わった。

「あんま簡単に触らせるなよ」

むに、とエレンに頬を摘まれたのだ。
自分がされているのだが、その端から見たら間抜けな光景に気まずさなんて吹っ飛んでしまった。

「…うん」

思わずふっと笑みが漏れて、エレンの手に私の手を重ねる。
エレンも私につられたのか柔らかい表情になって、頬から手を離した。
終わりよければ全て良し、その言葉が頭に浮かんだのは初めてだった。
頬に痛みは残っているし少し回り道をしてしまったけれど、今こうして笑いあえているのだから。








―――――――


レイカ様リクエストのエレンすれ違い切甘夢でした!お、お待たせして申し訳ありません…。
最後は和解させましたがこれで宜しかったでしょうか。
すれ違いで互いに表に出せないままもやもやしてるのも凄く楽しかったのですが、やっぱ最後は和解で閉めたいな、と。
ちょっと切ない感じに仕上がっていると良いなあと思っていますが、切ない感じ出てますかね…(^_^;)
すれ違いからの痴話喧嘩みたいなの好きですが、上手く書けてるかどうか心配です…
初めての嫉妬(?)、初めての喧嘩、そして初めての頬摘まれで初めてづくしな夢でした(笑)
こういった初めてを書くのはその分労力も要しますが楽しいですね…!
経験してないからこそ良い選択が出来なくて悩んだりとか不器用な感じが好きです。
それでは、リクエストありがとうございました!

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