最強男 番外編 | ナノ


▼ 神流

どさりと千里はソファーに座った。不機嫌そうにテーブルに置いてあった煙草を手にする。

「……どうかしたの?」
千里はちらりと仁を見るだけだった。見るというより睨むといったほうがいいかもしれない。

何かやってしまっただろうか。仁は今日の行動を反芻するが、思い当たるものがない。


「……千歳の奴が神流(カンナ)を怒らせやがった」
「カンナ?」
「覚えてないか。ウチの幹部の神流だ」
「あ……」

一度挨拶に行った。それ以降会わないので忘れていた。
確か神流は千里の父、千鷹と同じ年でとても厳しい人だと聞いた。

「で、俺が更に神流に怒られただけだ。てめーのガキはてめーで管理しろってな。あいつ、千歳は神流の大事にしているものを破っちまった」
「よっぽど大事なものだったんだね、それ」
「俺から見ればだだの紙切れだ。大事にしてるならしまっとけってな。古いものだからな、破れやすくなってた」
煙を吐くと灰皿に煙草を押し付ける。

「千歳は?」
「泣き疲れて寝てる。……ついでに俺も泣きたい。神流に言われると駄目なんだ。昔っから」
仁が近寄ると千里は腕を伸ばし仁の手をとりキスをする。そして仁の手を額に擦り付ける。

「千里にも苦手な人はいるんだね」
「苦手? ……かもな」

千里の髪に指を差し入れ撫でると千里は顔を上げた。
「千里、」
言いかけた時、ノックの音と共に部屋に誰かが入ってきた。顔を上げれば彼は頭を下げた。神流だった。

「失礼。お邪魔なら日を改めます」
出て行こうとする神流を仁が呼び止めた。
「待って下さい。千里にご用でしょう? 俺、席を外します」
離れようとして千里に腕を掴まれた。いろ、と千里の瞳が言う。

向かいのソファーに神流が座った。

「これを」
スーツのポケットから取り出した古そうな折りたたんだ紙。破れた箇所があった。それを見て千歳が破ってしまったものかと思う。

千里の目がそれに落ちる。

「言い過ぎました。組長にも千歳にも」
「……千鷹はもういない」
「はい」
神流は千里の目を見て返事をした。

「晩飯、食っていけ。あと、千歳に謝ってくれ。それでいい」
小さく息を吐き出し千里は言った。神流はそれを聞くと頷いて出て行った。


「話がよく見えないけど、千鷹さんがなんで出てくるの?」
「神流は時雨さんと同じだ。時雨さんは親父に恋してた。神流もだ」
「神流さんも?」

日立時雨は千鷹の“日立”をしていた。いつも時雨は想い人の傍にいた。神流は……。

「だから時雨さんと違って結婚もしていない」
神流が置いて行ったその紙切れを千里は仁の前に滑らせた。

「いいの?」
「ああ」

それはこんなものだった。


『神流へ

立ち上がれ。
お前は俺が、この俺が見込んだ奴だ。
へこたれてんじゃねーよ、バカ。
          千鷹』


「神流にとっては親父からの唯一の手紙だ。そんなチンケな文章でも神流にとっては違った。言ったろ、俺にとってはただの紙切れ」
「神流は時雨さんに負けず劣らず、千鷹さんが好きなんだね。小さな千歳を怒るくらい。どうして置いていったのかな」
「神流にとっての区切りなんだろ」
「区切り……」
神流が出て行ったドアを見やる。

「神流は親父の“日立”にはなれなかった人だ。だから余計に神流はこの手紙を大事にしたんだろうな」
「神流さんて、日立神流? え、じゃあ、これは千鷹さんの“日立”になれなかった時、千鷹さんが励ましで神流さんに?」
「そうらしい」
「どうして、千鷹さんの“日立”になれなかったの、神流さん。時雨さんがいたから?」
「時雨さんと神流がガチンコ対決して神流が負けた。そう、聞いている」
「そっか」

どちらかと言えば神流のほうががっしりした体躯をしている。だが、当時どうだったかなど仁にわかるはずない。
今の神流と時雨を見れば神流のほうが強く見える。

「その後、神流は親父の傍にいるために幹部になった」
今はその千鷹によく似た千里の傍にいる。


「千里。俺、頑張って“日立”になるよ。千里の“日立”になるよ」
「待ってる」
その答えに仁は笑顔を見せた。


090315

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