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もぞりと仁は寝返りをうった。
その寝返りで千里は目が覚めた。
時計を見ればまだ午前3時過ぎだった。
小さな灯りが付けられた暗めのオレンジの部屋。
こちらに顔を向け、眠る仁。
ベッドから出て、煙草の箱を手に取った。
「……」
仁の隣で眠る千歳に目がいって、箱をテーブルに戻す。
明日から夏休みとおおはしゃぎ、結果仁から離れず川の字となったのだ。
再び仁の顔を見る。眠る仁の顔はふと過去を思い起こさせた。
―想い人―
それは11年前。
千明が東雲家に来た年の7月だった。
高校2年の千里と中学1年の千明がいた。
「あ……」
カバンを持った千明とすれ違う。
「出掛けるのか」
「あ、うん」
「どこに?」
千里はなんとなく聞いた。
「え、っと。仁に会いに、というか」
「仁?」
千明の親友になんとなく興味が湧いた。
千明についていったのはそんな理由から。
千明が住んでいた街はそれほど遠く離れていたわけではない。千明と仁が決して会えない距離ではなかった。
電車を1つ乗り継ぎ、千明との会話もなく、千明の住んでいた街に着いた。
まだ、これといった共通の話があるわけでもなく、二人は無言で歩く。
10分ほど歩いた先に仁の家はあった。
そっと千明は家を伺う。
「ここが仁の家か?」
「うん」
仁の家は人気がなかった。出掛けているのだろう。
「部活かな」
千明が通うはずだった中学のグラウンドを覗く。
野球部、陸上部、サッカー部。
「いるか?」
「……いない」
けれど意外にも仁は近くにいた。
「あんの、バカ力。まだ関節いてぇ。西野の奴」
ははっと笑う声が近づいてくる。
「あー、くそ。いてぇ。厚、明日西野の奴しめようぜ」
「よしきた! 千明がいたら癒されんのにな、仁」
「あー、千明の元気いっぱいの笑顔が見たい」
「あいつ、どこ引越したんだろなぁ」
「……」
声が横を通っていった。2人が角を曲がり消えた。
「話しかけなくて良かったのか」
千明は小さく頷いて駅への道を歩きだす。
「仁が元気ならそれでいい」
「会いに来たんじゃねーの?」
「……いいんだ」
きゅっと拳を握る千明。
「ヤクザだからな」
千明が振り向いて千里を見た。
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