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千里が壱の存在を知ったのは、東雲組4代目・千鷹から5代目を継いでからだった。そして、壱の千鷹からの初仕事、日立が隠す秘密を聞いた。
それは、壱が日立の機密事項を奪い、成功した証であり、日立が東雲に隠すものをなくした本当の日かもしれない。なぜなら、千里が時雨に問いだだした日だからだ。
壱は代替わりしても、基本的に千鷹の側にいたが、千鷹が死んだ後は千里の情報サポートに回った。
壱の名は今や裏の世界では有名だったが、壱が東雲お抱えの情報屋だと知る者は身近にいる極僅かな人だけだ。
コードナンバー、1。
コードネーム、ichi。
彼のフルネームが東雲壱である事を知る人も極僅か。
「千鷹……」
千鷹の名を口にする。
壱の手元に調査書があった。壱の母親は銀座の会員制の店のホステスだった。店の客に時雨の父親の名があったと。
「よく調べたなぁ、千鷹」
生前、千鷹は独自に調べていた。壱に内緒で。時雨の父親が自分の父親かもしれないとわかったところでどうしようもない。今更認知されても仕方ない。千鷹だってそれはわかっていたはずなのに。
時雨と義兄弟かもしれないと何度も思った事か。時雨と壱はそっくりだからだ。だが、壱は表舞台に出るなど考えた事もないし。だから、時雨と今後も会うつもりはなかった。
壱には千鷹と儲けた金がある。今更名乗って財産目当てと思われたくないのが一つ。時雨の父親に認知されても日立の中へ入ると思えるほど日立に魅力を感じなかった。
千鷹と出会い、壱の生活はガラリと変わった。
千鷹がいなければつまらない。千里は千鷹にそっくりだが、千鷹じゃない。千鷹に会いたいと壱は思った。
千鷹が死んだ時、壱は千鷹を思う気持ちが恋なのだと気付いた。不幸だなと神流は嗤う。そうだろうか。壱は不幸だとは思わない。
神流に存在を知られたのは千鷹の葬儀後だった。それからなにかと一緒にいる。
「神流は千鷹を追おうとは思わなかった?」
「時雨に先を越された」
皮肉気に答える神流。いつだか千鷹は神流を繊細な奴だと言った。
神流の瞳を見つめる。
もしかしたら自殺しようとしたかもしれない。
「したとしても、千鷹は時雨同様、こっちに来るなって追い返す」
「……そうかもね」
千鷹なら追い返す事をするだろう。何、追って来てんだよ、なんて言って。
「壱。明日、月命日だろ。千鷹の墓参りに行こう」
「うん」
必ず神流は壱を墓参りに誘った。今、神流の心の拠り所は壱だった。
その月命日に神流は壱を抱いた。いつもより激しく。
壱は引き出しを開け、取り出したものを神流に握らせた。
「あげるよ」
神流が手を開く。白い塊。
「千鷹の骨だよ」
神流は驚いたように壱を見たが、そっと大事そうに骨を握った。
「壱」
「何?」
「俺が死んだら骨を拾ってくれ。千鷹の骨と一緒にお前が持っててくれ」
「どうしたの、神流」
「お前しか頼む奴がいない。俺は日立だ。決して千鷹と一緒にの墓には入れない」
「わかった。けど、神流の骨の中にこの千鷹の骨を紛れ込ませたらいいんじゃないの?」
それに神流は首を振る。
「それはいい。お前に持っていて欲しい」
「……それ、少しは神流に信頼されてると思っていいの?」
「してないなら言わない」
微笑んだ壱の唇に神流の唇がそっと重なった……。
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