▼ 015
グリーン車に戻りると千鷹と目が合う。ニヤリと千鷹は唇を上げた。
「……」
「時雨。どうしたの?」
春灯が顔を上げる。
「あ、いえ……」
首を振って再び千鷹を見ると、千鷹の唇が動いた。
やらしい、奴。
座席に座るとき、隣の千鷹の足をわざと踏んづけて座った。
横でくっくっと喉の鳴らして笑う千鷹にそっぽを向く。
「かわいいな、時雨」
「千鷹の馬鹿」
「馬鹿ですよー。時雨が……俺を馬鹿にしたんだぜ?」
「……そうなの?」
ぽんぽんと頭を叩かれて、笑われた。
「名古屋で起こせ。寝る」
「わかった」
千鷹の頭が時雨の肩にかかる。5分もしないうちに千鷹は眠っていた。
千鷹の寝顔を見ながら時雨は愛おしい気持ちになっていた。
もうすぐ名古屋だとアナウンスが入ったところで千鷹を起こす。目を開けた千鷹がかすれた声で時雨の名を口にする。
「水、いる? さっき、楓が見回りついでに買ってきてくれた」
「ああ」
ペットボトルを渡すと半分程飲んだ。
「名古屋に着く前に見回りしたのか」
「時間が長いからね。念の為」
名古屋に到着し、グリーン車に乗るビジネスマンが何人か降り、乗り込んできた。
発車すると時雨は見回りに行く。
帰ってくると千鷹は再び夢の国に飛んでいた。席に座るとコトンと肩に千鷹の頭が乗る。
「千鷹?」
返事はない。
スースーと寝息をたて眠る千鷹。
「よく寝るわ。昨日、時雨ったら寝せてないの?」
春灯が前の座席から顔を出して聞いた。
「そ、そんな事……!」
「あら、違うの?」
「昨日は千鷹のほうが先に寝て。だから、何にもないよ……!」
春灯は時雨の慌てっぷりにクスリと笑い、そうなのと呟いた。
「時雨」
春灯が硬い声で時雨の名を呼ぶ。
「ちょっと」
手招きされて顔を近付ける。
こそりと耳打ちされた。
「千鷹と神流ね、怪しいわ。証拠がある訳じゃないけれど、肉体的な関係、あるかもしれない」
「……まさか」
「今のところ、勘でしかないわ」
春灯は千鷹の寝顔を見ながら言う。
「そうなら、私は許さない」
時雨は春灯の顔を見た。
「時雨と千鷹ならいいの。神流は……、尻尾を掴ませないから余計に嫌なの。それに……」
「それに?」
「私、神流好きではないの。神流は千鷹が一番。それ以外の人は……態度悪いでしょ」
春灯は言葉を選んで言った。
神流は自分の仕事にプライドを持っている。完璧でいようとする。周りにもその完璧を求める。出来なければ失望する。
「僕は嫌いじゃないよ。僕にないものを神流は持ってる」
「でも、神流が持ってないものを時雨、貴方は持ってる」
「うん……」
結局、千鷹は新大阪で起こすまで寝ていた。
「あー、よく寝た」
ぐーっと伸びをして窓の外を見て言った。
「たこ焼き食いたいな」
「食べたい! お好み焼きもいいなぁ」
春灯が千鷹に同意する。
「向こうさんとくいだおれるか」
新幹線を降り、改札を抜けた所に迎えが着ていた。
二台の車が大阪の街を走り出し、相模組の敷地内に入ったのは3、40分後の事だった。
左右には相模組の者が並び、出迎える。
「よう来たな」
人なっこい笑みを浮かべ相模組組長は千鷹達を出迎えた。
「久し振りだな。航(コウ)」
「だな。会いたかったぜ。鷹はちっともこっちに来ないからな」
「お前もだろ」
相模航と千鷹が笑いあう。
「お招きありがとう。航」
春灯が千鷹の横で笑顔を見せる。
「ハル、元気そうやん」
「元気よー。さあり、久し振り」
航の隣に立つ組長夫人に目を向けた。
可憐に微笑む夫人は春灯と同じ年の少女のような人だった。
「お久し振りです。春ちゃん」
朗らかに笑顔を返す夫人の名前はさあり。航が惚れ込んだ相手だ。
「さ、どうぞ」
さあり自ら部屋へと案内してくれる。その間にも千鷹と航はなにやら言い合いをしている。
聞いてみれば、低次元な会話で情けなくなる。
「航……」
呆れた顔で航を見た航の右腕的存在、鏑木(カブラギ)卓真いた。
航が咳払いをして取り繕う。
拓真がしなければ多分時雨がしていた。
航と千鷹は何故か馬があう。
「千鷹、春灯さん達行っちゃったよ」
気付けばそこにいるのは千鷹と時雨、航と拓真の4人だけだった。
「行きましょう」
鏑木が航を促す。
いつの間にか止まっていた足がまた歩き出す。
案内された部屋は広い畳の部屋だった。卓上には食事の用意が出来ていた。
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