最強男 番外編 | ナノ


▼ 008

そんな顔ですら千鷹に似ている。千草より千早より、千里は千鷹に似ていた。

こんな事言えば千里が怒り出すだろうなと時雨はこっそり笑った。

千森が戻ってくる。

「じゃ、春灯さん。帰るわ。時雨さん、行こう」
「ご苦労様」
春灯は千森に笑いかけた。

「え、時雨さん、帰るの?」
あからさまに残念そうに見てくる千里にごめんと謝る。

「また来るよ」
「うん」


屋敷を後にして、車に乗り込む。

「千森」
「んー?」
「預かり物って何だったの? いつもなら僕に託すのに」
「日立には関係ないもんだ」
突き放すように千森は言った。

「……」
時雨は口を閉ざす。

「時雨。ホテルにやって」
「はい」
千森は、事務所にほど近い場所にホテルを三つ建てた。ラブホテルというやつだ。

それなりに組の収入にはなっている。

つまりラブホテルのオーナーでもある。

「……千森。千鷹、死ぬかもしれない」
「は?」
「千咲が……、千鷹にそう言ったらしい」
「マジかよ……」
「まだ先らしいけど、どうしたらいいんだろう。僕は千鷹を守れないのかな。千鷹の“日立”は神流なら、千鷹は千咲に死ぬなんて言われなかったかな」
「死ぬ運命なら、“日立”が誰でも結果は同じだ。時雨さん」
「そう……かな」

友として接する時、千森は時雨を時雨さんと呼び、東雲として接する時、時雨と呼ぶ。

「今じゃないんだろ」
「うん……。いつなのか聞いた感じだったけど、僕には教えてくれなかった」
「……ふうん」
「神流にも言うのかな。自分が死ぬ事」
「言わない。兄貴は言わないよ。わかる。言わない。俺が兄貴なら神流には言わない」
「どうして?」
100パーセント言わない理由が欲しかった。

「簡単だ。時雨さんが兄貴の“日立”だからだ。だから、兄貴は言ったんだ」
「……そうか」

時雨から笑みがこぼれた。

「時雨さん。東雲にとって“日立”は特別なだってわかってる? 東雲にとって自分の命と同じ重さがある。それ、時雨さん、わかってない」
「わかってる。わかったるんだ。でも、神流がちらつくと駄目なんだ。だって千鷹は神流を信頼してる」
千森はやれやれと頭を振る。

「時雨は優しい。でも、神流にはっきり言わないと。千鷹に近付くなってね。でないと、神流、未練が残る。それは神流が俺の“日立”になったら、俺に集中してくれない……」
「あ、そうだね……」
「兄貴にも言っておく。神流を近づけさせるなって」
時雨は頷いた。

都内に入ってから雨足が少し緩和する。

「雨、止むといいけど」

この雨は自分を現していると時雨は思う。

妻も子もいる。なのに千鷹を好きな自分。報われないとわかっている恋。でも神流よりマシかなと運転しながら雨を見る。

時雨は千鷹に抱かれている。千鷹と肉体関係にある。千鷹の気持ちは手に入らないけれど、身体を貰っている。

神流にはそれすらないのだ。神流は千鷹を想うだけ。だからだろうか。神流は時雨に嫉妬を隠そうとしない。

日立は東雲を好きになる。それは宿命といっていい。日立の遺伝子に組み込まれている。そう感じるくらい。

神流は千鷹の“日立”にはなれなかったが、今でも慕い続けて、他の東雲に見向きもしない。

「神流が兄貴を諦める為にも、神流を俺の“日立”にしたい」
「……わかった」

神流を千森の“日立”にする。
神流も最初は首を縦には振らないだろうが、神流は必ず千森の“日立”を引き受ける。

引き受けたほうが千鷹に近付けるからだ。

でも、近くて遠い存在にもなる。神流は千森の“日立”としてそこにいなきゃならないからだ。

それでも神流は“日立”を引き受ける。時雨はいや、時雨と千森は確信していた。



千森の持つラブホテルで事務仕事を手伝い、顔を上げた時、時計は午後8時を過ぎたところだった。

「帰ろうか、時雨さん。時雨さんのお陰で仕事はかどった。助かった」
「良かった」

まだこの時間、千鷹は帰って来ていないだろう。時間が早い。その時電話が鳴った。

「外線だ」
千森が電話をとる。すぐに時雨に受話器を渡してくる。

「神流から」
千森が呟く。

『……時雨、すぐ、来てくれ』
切れ切れの神流の声。
何かあったのだとピンと来た。

「何かあったのか?」
『……千鷹が――』
続く言葉が聞こえない。

『時雨か?』
千鷹の声に、何があったと、聞いていた。

『事務所に襲撃があった。神流が怪我した。すぐ来い』
「わかった」
電話を切って千森を見れば、すでにいなくて慌てて追いかけた。事務所はホテルから5分程のところにある。

prev / next
bookmark
(8/16)

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -