最強男 番外編 | ナノ


▼ 001

それはまだ千鷹が組長の頃。
本宅も東京世田谷区にあって、横浜の別宅と入れ替えになる少し……いや、大分前の話。




朝から雨が降っていた、6月の梅雨の時期だった。

「千鷹、何して!」
千鷹の姿がなく捜してみれば千鷹は細かい霧のような雨の中、庭の真ん中に立ち灰色の雲を見ていた。
慌てて僕は千鷹に駆け寄った。いつからいたのか千鷹の身体は冷たかった。

「ほっとけ。気がすんだら戻る」
「でも」
「いいからほっとけ」
しぶしぶ僕は千鷹から離れ、バスタオルを用意して縁側から千鷹を見ていた。

千鷹が戻って来たのはそれから1時間もしてからだ。

「なんだ、いたのか」
濡れた髪をかき上げ時雨からタオルを受け取る。

「時雨」
耳障りの良いバリトンの声に時雨はぞくりと背を震わせた。時雨はこの千鷹の低い声に弱かった。時雨の名を呼ぶ千鷹の声が好きだ。

「風呂。沸いてるか」
「沸いてるよ」
「入ってくる」
裸足で廊下を歩いて行く。濡れた筋が出来た。


風呂から上がった千鷹は新しいシャツに袖を通しソファーに座った。

「何してたんだ?」
「何が?」
立っている時雨を見上げる千鷹に庭を指して見せた。

「ああ。頭冷やしてただけだ」
テーブルの上にある煙草を1本取ると火をつけた。


「千咲……が朝早く来た」
「千咲さんが?」
「未来が見えたってな」
千咲は、東雲の預言者といったところだ。

「……なんて?」
めったに千咲は表には出てこない。

「んー、死ぬってね」
「死ぬって……」
千咲の予言にはずれはない。

「ずっと先の話だ。千咲は見えたから言いに来た。それだけだ」
「いつ……」
千鷹はただ笑っただけだった。

「時雨、俺からお前に予言してやろうか」
「え……?」
「お前は俺が死んだらあとを追うんだろうな。けど、お前は死なない」
「どうして? 僕は死ぬよ。妻子がいようが関係ない。千咲さんが言ったのか!?」
「俺の“日立”だからって、お前まで死ぬことないぜ、時雨。千咲はお前の事まで言わねーよ。俺がそう感じるんだ。……千里、千里だな。お前を助けるの」

日立は代々、東雲に仕えた。自分の主人が死ねば、“日立”は主人を追い、自害する。決まりのようにそれが続いてきた。




まさか千鷹の予言が当たるなどその時、時雨は思っていなかった。
確かに時雨は千里に助けられ、生かされるのだ。




千鷹の手が時雨の服の裾を掴む。

「時雨、そんな泣きそうな顔するな」
「だって、っ」
「ウソウソ。信じるなよ。ほら、来いよ」
裾を引っ張り時雨を隣に座らせると煙草を灰皿に押し付けた。

「目、真っ赤だな。ウサギちゃん。泣きやめ」
「泣いてな……」
「キスしてやるよ、ウサギちゃん」
時雨の目尻に千鷹の唇が触れる。千鷹は時雨の千鷹への想いを知っていてするのだ。けれど、千鷹に時雨のような想いがないのは、時雨は十分知っていた。けれど、時雨は千鷹を離せない。


「千鷹」
「何? もっと欲しい?」
「……。うん」
「しょうがないな。嘘ついたお詫びに今日は甘やかしてやるよ、ウサギちゃん」
千鷹の唇が目尻ではなく唇に降りてくる。目を上げれば千鷹と目が合った。


いつもはこんな甘い雰囲気はない。千鷹とは身体の関係はあるものの、それは千鷹の性欲処理。そこに愛はない。

千鷹の瞳は優しかった。多分、今日は本当に甘えさせてくれるのかもしれない。そんな事めったにない。

「どうしてほしい、ウサギちゃん」
「いっぱいキスして、千鷹」
千鷹の柔らかい唇の感触に小さく口を開くと唇を舐めてから舌が侵入してくる。
歯列を割り、時雨の舌と絡まる。

「ん……」
時雨の小さなあえぎ声。

「感じた?」
離れていく唇。吸いつきたくなるような千鷹の唇。銀色の糸が引き、途中で切れた。

「敏感だもんな、ウサギちゃんは」
今度はこめかみに降りてくる。

「時雨。ウサギちゃん」
こめかみから頬へ、そして首筋へとキスが降りて来ると再び唇に触れる。

「ここも?」
胸の突起に噛みつくようにキスされて声が出る。

「痛かったか? でも、痛いの好きだろ? ん?」
「……ん」
「素直だな」
首筋を吸われて赤い鬱血ができる。

「俺、キスマークって嫌いなんだよ。所有印みたいだろ。けど、ウサギちゃんは違うよな。つけられたいんだもんな。いいよ、つけてやる」
シャツのボタンをゆっくり外していく千鷹の手を目で追う。

下まで外されたシャツを肩から引き抜くと千鷹は時雨をソファーに押し倒した。

見上げれば千鷹の顔がある。
千鷹は真っ直ぐ時雨を見ていた。

「どうした?」
「好きだよ。大好きだよ。千鷹」
「知ってる」
千鷹の指が時雨の頬を撫でる。そのまま指は降りていく。胸の突起を掠め、腹の上で止まる。

prev / next
bookmark
(1/16)

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -