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仁の家では仁が物心つく頃から縞リスを飼いだした。
誰が飼いたいと言ったか覚えていない。
まだ弟は生まれてなかった。
リスが繁殖して、そのうちなぜか左耳が少し切れたリスが生まれた。
遺伝かそのまま耳の切れたリスは日下家で繁殖し続け今に至るはずだ。
「日下の家に……?」
行ったのだろうか。
今、リスの世話をしているのはおそらく仁の弟だろう。
「岳に会った?」
前に一度だけ千里は岳と会ったことがある。
とりあえず千里の部屋に戻り千里を待つ。いつも以上の時雨の稽古の疲れに千里が風呂から戻る頃には眠りこけていた。
リスがじっと千里を見ているのに気付いて千里は自分の掌に乗せた。
「お前の名前を付けないとな」
ちらりと仁を見て昼間の岳を思い出す。
仁とはあまり似ていない岳。
「エル……Lでいいか」
本棚が目に入り、Lという字が目に飛び込んでくる。
「お前の名はLだ」
安易に付けた名だがそのリスにはあっているような気がした。
朝、仁が目を覚ませばリスが仁の前髪にじゃれていた。
それを千里が上から見下ろしていた。
「千里?」
「答えは?」
「……答え?」
「昨日の」
「……ああ、日下の家。だろ」
「そう。岳がこいつをくれたんだ。こいつ、Lな」
「L?」
「こいつの名前だ」
仁からリスを引き離し小さなリスを仁に見せる。
「生まれてまだ3ヶ月とか言ってたな」
「なんで日下の家に?」
「なんとなく。高校の時はたまに行っては眺めてたからな」
「ふうん。岳と話したの?」
「たまたま学校から帰ってきたところと重なったらしい」
「あいつ、なんでこいつくれたの」
「さぁな。ただ仁に渡してくれ、そう言って預かってきた。名前は俺が付けたけどな」
「あいつ、覚えてたのか……」
まだ仁が大学生の頃、いつも家にはリスがいたから、1人暮らしに動物飼えないのはさびしいと、岳に漏らした事がある。
仁が寂しい思いをしないようにだろうか、Lをくれたのは。
「岳に礼を言っとく。今何時?」
「8時だ」
「遅刻だ」
時雨の朝の稽古は6時開始だ。
「朝はいいそうだ。朝飯食って千歳を幼稚園に送ってやれ」
「わかった」
千里から離れようとして腕をひかれ、振り返る。
うなじに手を入れ仁を引き寄せると千里は仁の額にキスをした。
とんと押されて千里から離れる。
「行ってこい」
「あ、うん」
仁はキスされた額を撫でながら部屋を出た。
食堂に行けば千草と千歳が今日の朝食を食べていた。
「おはようございます」
「おはよう」
千草が返してくれる。
東雲の朝のメニューは和食と洋食の交互だ。
今日は和食。
ご飯とお味噌汁。納豆。おかず3品。味海苔。
朝から豪勢だ。
「ぅはよ」
そこへ千明がやってくる。
「おはよ。日立さんは?」
「時雨さんとこ」
欠伸を噛み殺して千明が答える。
「千歳、ついてる」
千歳の頬にご飯粒。
慌てて千歳はご飯粒を取った。
仁も千歳の隣で食べ始める。千明もならうように食べ始めた。
「仁、今日も圭介さんとこ?」
「うん」
「ふーん。早く帰って来いよ。暇だから」
「うん」
千歳を幼稚園に送り、その足で新宿に向かう。
歌舞伎町の日立探偵事務所に着いた時、表に圭介が立っていた。
圭介が仁に気付く。
「行くぞ」
「どこへ?」
「弾の仕事覚えて貰うつもりだったけどな、予定変更。東雲金融に行く」
頷いて圭介と肩を並べた。
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