最強男 | ナノ


▼ 8

その後、本宅の屋敷に戻り、仁は時雨に稽古をつけてもらった。

仁が学ぶべきものは沢山ある。

まず自分を守る自衛。反撃、攻撃。
主人を持った時の守り方。その時に攻撃された時の対応、対処の仕方。

ヤクザが持つであろう銃の扱い方、使い方。手入れの仕方。
これはある程度、警察学校で習った経験が仁にはあった。


「あの、時雨さん」
「なんだい?」
「時雨さんは前の組長に付いていた“日立”なんですよね? 前組長ってどんな方だったんですか?」
「千里から聞いてない?」
「聞いてないです」
「名前は千鷹(チタカ)っていってね、すごくかっこいい人だよ」
「千里みたいに……ですか?」
「千里っていうより千草かな、いや千早かな。まぁ、彼らの父親だからね。……千鷹は僕の憧れの人だよ」
時雨は、憧れの人だっだと、過去形にはしなかった。それだけでどれだけ時雨が千鷹を慕ったのかわかる気がする。

「仁。仁は昔の僕みたいだ。あまり千里に深入りしないほうがいいよ」
「どういう意味、ですか?」
「今の仁のように僕は千鷹に恋をしていた」
仁は時雨の顔を見た。

「違うのは僕の場合は片想いというところだね。どちらにせよ、つらいよ? 千鷹に限らず千里も何かあれば必ず珠希や千歳の手を取る」
「……そうですね。でも、俺はそれでも傍にいたい」
「仁。仁にとって千里がすべて。そんな状態にだけはならないようにね」
「……はい」
きっと時雨はそんな状態になったんだと思わせた。
時雨の表情はとても硬い表情をしていた。

きっと時雨は本当に千鷹を好きだったんだろう。


「時雨さん」
「ん?」
「後悔してますか? 千鷹さんを好きになった事」
「いいや」
「じゃあ、俺もきっと後悔しません」
それを聞いた時雨はくすりと笑い、稽古再開と言った。

「え、今日は終わりじゃ?」
「誰がそんな事言ったかな。今のままじゃ千里の“日立”には程遠いぞ」

その後、2時間稽古は続いた。



明日動けるだろうか、ソファーの上でくたりとしていると頭上でくふりが声をかけて来た。

「よう、どうだ」
「身体動きません」
「ははっ。ま、今までのは序の口だからな。これからもっと厳しくなるから覚悟しとけ?」
「はいー」

「仁、お疲れ?」
ちょこんと隣に座って首を傾げる千歳。

かわいいなーと思う。

視線を上げればくふりがいる。くふりと千歳はあまり似ているところがない。

「何だ、仁」
じっとくふりを見上げていればその視線に気付いたくふりが見下ろしてくる。

「あ、いえ」
なんでもないですと視線を外す。

「お前わかりやすい。誰に聞いた? 千里か、いや珠希か? 特に千明には言うなよ」
「わかってます。千明、嫉妬深いから……」
言いかけて、嫉妬深い千明がどうしてくふりと東雲の女性との関係を知らなかったんだろうと思った。

「おれ、仁が今何を考えてるかわかる」
くふりは少し困った顔でそう言った。

「仁はもう少しポーカーフェイスを学んだほうがいい」
「すみません」
「きっと仁は知るだろうな。けどな、今は聞いてくれるな。あいつの口からあいつが言うだろうから」
「はい」
「で、あいつ帰ってきた?」
「え? 知らないです」
「あいつ、どこ行ったんだ」
「帰ってきてないですか?」
「千草が迎えに行ったから、もう帰って来てもいい頃なんだが……。ま、いい。千歳、仁に遊んでもらえ」
「うん! 仁、ゲームやろ」
千歳がテレビ台の中からゲーム機を引っ張り出してくる。

ひとしきりゲームをやると仁に寄りかかって眠りだした。

千歳を抱えて千歳の部屋へ運ぶ。
そっとベッドに寝かせると静かに部屋を出た。


「千歳は寝たか」
千里に声をかけられ振り返る。

「おかえり、なさい」
「仁」
仁はぎゅっと千里に抱きしめられた。

「千里?」
「帰ってきても仁はいないんじゃないか、ってな。……思った」
「そっ、そんなわけっ」
「ないな」
抱きしめた腕を緩め千里は仁の瞳を覗き込む。

「千里、……ずっと花やしきに?」
「いや」
「どこにいたの?」
「……内緒だ」
少し照れ臭そうに、うれしそうに、そう言うと千里は仁の手を広げさす。

その手の中に小さな縞リスをのせた。

「当ててみろ、どこに行ったか。ヒントはこの縞リスだ」
「ええっ!?」
リスが仁の腕をつたい肩に乗り、立ち上がる。

「わかんないよ」
千里は笑うと風呂場の方へ歩いていった。

「……縞リス? 千里、ペットショップ行ったとか?」
この答えは誰でもすぐ思いつくものだ。違う、と仁は否定する。

「お前、どこの仔だい? ……あれ?」
仁はその縞リスの左耳が少し切れているのに気が付いた。

「お前、うちの……?」

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