▼ 12
再び役所に行き、仁は離婚届を出した。
ようやく、仁は本当の日下仁に戻ったのだ。
提出した届けを出して振り返った時、千里が数メートル離れた長椅子に腰かけていた。
椅子へと仁は近づいた。
「どうしたの?」
「いや、日下に戻ったなと思ってな」
「うん。なんか実感わかない。もう戻ってると思ってたし」
仁は千里の横に座る。
「千里さん、日下仁として改めてよろしく」
「ああ。お前は、木村仁より日下仁のほうが似合ってるよ」
「そう?」
仁が首をかしげる。
「千里さん」
千里が仁に顔を向ける。
「担保だなんて言ってごめん」
「実際そうだろう? けどな仁、自分は借金引き替えにいるとか思うなよ」
「思わないよ。千里さんは俺にいて欲しかったから、借金チャラって言ったんだろ。俺は千里さんの傍にいたくているの。オッケ?」
その話は終わりとばかりに仁は立ち上がった。
ああ、と思い出す。
――幸せになろうね。
そう言った彼女に仁はこう答えたのだ。
――未散といることがもう幸せだよ。
そう答えてまだ3年。
未散と結婚して幸せが続くと信じたあの頃。
「千里さん、幸せってなんだろうね」
「さぁなぁ。難しい質問だ」
千里も立ち上がって、仁は肩を並べて歩く。
「千里さん、運転変わるよ」
仁が言うと仁の手に鍵を落とした。
庭に面した部屋。そこに用意されてるビュッフェ形式の食べ物の数々。
庭では千歳をはじめ、日立と千草、弾が縁側に座り花火の用意をしていた。
「おっせーよ、何してたんだ」
声の元に目をやれば千早だった。
「先輩!」
「よ、仁」
「来てたんですか」
「んー、毎年花火の時にはな、里帰りしてる。まぁ、別宅にはオレ、出入り禁止だしな」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
にこっと千早が笑う。
千早のこの笑顔が大好きだった。
「先輩の笑顔、久し振りに見た」
「そ? 仁、またうちに泊まりに来いよ。仁がいるとなんか癒されんだよな」
「えー。俺、先輩の笑顔に癒されてたよ?」
「マジ? 癒される?」
うん、と頷く。
「そっか」
千早がまた笑う。
ほっとする。
これも幸せの1つかな、なんて思う。
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