▼ 11
役所に行く車の中は1つの会話もなく静かだった。
役所に着き、離婚届を書く段階で仁は印鑑がないのに気付く。
「仁が届けを出して」
未散はバックから印鑑を取り出す。
「銀行に用があって、たまたま持ってたの」
署名し判を押し、届けを仁に渡す。
「残ってる仁のもの、どうしたらいい?」
「処分していいよ」
「……わかった」
未散が一歩下がる。
「元気で。日下君」
「未散……木村さんも」
それだけ交わすと仁は未散に背を向けた。
振り返らない。未散はきっと自分を見ているから。
仁は真っ直ぐ、千里が待つ車を目指して歩いた。手に離婚届を持って。
判を押して明日、ここへ出しに来よう。
「千里さん」
車に寄りかかり煙草を吸う千里に声を掛ける。
千里はゆっくり振り返る。
千里の前に立つ。
「やっぱり今日出す。早く日下に戻りたい」
離婚届を見やり千里は判がないのに気付いたのか頷いて車に乗った。
「俺、運転するよ?」
「いいから乗れ」
素直に仁は助手席に座った。
東雲の屋敷に着いた時、車を降りようとした千里を引き止めた。
千里が椅子に引き戻される。
「仁?」
仁が千里のネクタイを引っ張る。
唇を重ねた。
触れ合うようなキス。重ねた唇が少し離れ、そうして絡み付くようなキスをした。
「誘うな、仁」
「誘ってな……い。っツ」
唇が吸い上げられる。
見上げれば千里も仁を見ていた。
「千里さんに、キスしたかった、から」
ネクタイから手を話す。
仁の頭を引き寄せた千里が仁の耳元に囁いた。
「襲っていいか……?」
「だっ、ダメ!」
そう言って仁は千里から逃げた。
屋敷に入っていく仁に千里は苦笑して車から出た。
逃げたところで戻ってくる。ちゃんと忘れず離婚届を持って行ったから。
「千里さん」
再び戻って来た仁は片手にスイカを持っていた。
「渚から。なんかみんなで縁側に座って食べてた」
「ああ、今日か」
くすりと千里が笑って息を吐いた。
「何が?」
「東雲家恒例花火大会」
「花火大会?」
「昔、ここが別宅だったんだ。盆の頃時雨さんが花火を買ってきて庭でやったもんさ」
「時雨さん?」
ああ、話してなかったかと千里は仁を見た。
「日立時雨、くふりの父親だ。ずっと親父に付いていた“日立”だ」
「今は何やってるの?」
「さぁ、な」
千里が黙ってしまい、触れてはいけないのだと悟る。
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