▼ 名もなき詩(ウタ)
「なんや楽しい事あったみたいやなぁ」
可笑しそうに目を細め珠希が言った。
仁とついさっき別宅に帰ってきた弾は珠希を見ると肩をすくめた。
「白状しぃ。久し振りやもん、弾が楽しそうな顔見んの」
「仁とはやってけそうだ」
「なんや、仁とおったん? 誘拐されたゆーとったんはガセなん?」
「いや。まぁ、仁が助けてくれた。……なぁ珠希」
「何」
「おれ、けっこう仁の事気に入ったかもしれね」
いいんじゃない?と珠希は弾の頭を撫でた。
「あんたが人を気に入るってないんやから。その気持ち大事にし。けど仁に惚れたらあかんよ、千里のやから」
わかってる、と頷いた。
「今は珠希が好きなんだ」
「モノ好きやね。でもうれしいで?」
ふふっと珠希が微笑む。
「弾の子生んでもええよ。けど、弾は男に恋してたほうがいい顔しよるからなぁ」
「……そうか?」
「自覚ないん?」
真顔で返され弾は困る。そんな自覚全然なかったからだ。
「男に恋して、もう少し毒舌直し。そしたら弾の子生んであげる」
珠希に受け入れられたのか受け入れられていないのか。
「られてないよなー」
弾は一人ごちる。
「恋ね……」
呟いて思い浮かぶのは仁。
と、もう1人。
厚也。
「いや、おかしいだろ。おれ」
恋しろと言われ、しちゃったわけか?
厚也に?
仁に片思いしてるあいつに?
「報われねー……」
弾の声が部屋に小さく消えた。
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