最強男 | ナノ


▼ 9

暫くして克己がパスタを持ってくる。克己の作ったパスタは旨かった。

食欲が満たされると眠くなる。さっきも寝たのにと内心笑う。

「克己」
「なにー」
リビングから克己が返事をする。作ったのは克己。だから洗い物は仁が引き受けた。さっさと洗ってしまい、ソファーに座る。


「俺はどんな事があっても千里のとこへ帰る」
「じゃあ、どんな事をしても引き止める。お前は、弟、見捨てられるのか」
「……」
「答えられない? なんで? 東雲に帰るんだろ、どんな事があっても」
「……帰る。帰りたい。克己、俺は岳から見ればいい兄貴じゃない。……千里と岳、どっちをとるか聞かれたなら千里をとる。でも、岳の前ではいい兄貴を演じたい」
「で?」
「でって言われても」
「あいつは、どんな兄貴でもいいと思ってるぜ、きっと。縁が思ってる以上に岳はブラコンだ」
「まさか」

岳はどこか冷めたところがある。
そして感情を表に出さないし口数が少ない。

「あいつは兄貴に対してはかなり熱い奴だよ」
「へぇ……」
「お前はブラコンじゃなさそうだな」
「岳だって。岳とはそれなりに話すし、仲が悪い訳じゃないけど……」
「お前、岳を知らなすぎ」
「そうかもな」
仲は悪くなかった。ただそれだけだ。腹を割ってまでの仲ではなかった。

兄弟なのに。いや、兄弟だからなのか。

仁は家が嫌いであまり家にいることがなかった。だから弟とも話す機会はなかった。なかったけれど、岳が仁に何か言いたそうなそんな雰囲気はいつからかあった。

「克己、あいつらを巻き込まないでくれ」
「やだよ。仁を手に入れる為なら弟だって、幼馴染みだって使う。それがヤクザだ。それに麻斗は自分からだろ。俺関与してないしな。麻斗はお前がとめろよ。恋は盲目。麻斗が聞き入れるかな」
「克己、お願いだから……」
「じゃ、縁は俺に何してくれるんだ。見返りは?」
「それは……」
「縁、世の中甘くはないぜ。ギブアンドテイクだ。……わかるだろ?」
「わかるさ、子供じゃないんだ」
「いい子だ」
克己は猫が懐くように仁に近づき、仁の腰を抱く。

「そのうち快適になるさ。そうしたら外に出してやる。俺を好きになれとは言わない。けど、一緒にいたいと思ってくれればいい」
「克己……は、それでいいのか」
「良くはない。けど、気持ちなんてそう変わるものでもないのは知ってるからな」
「そっか……」
仁は克己の髪を見て、柔らかそうな髪と関係ないことを思う。

「……じゃあ、克己は俺を外に出しちゃ駄目だ。俺、外に出たら最後、千里のとこに帰るよ。ここに閉じこめたままなら、俺は逃げないけど」
克己に答えるわけではない。だが、克己の気持ちは本物だと感じだ。


「俺さ、初めて千里に会ったとき、なんて強引で人を上から見るんだろうって思ったんだ」
でも、と仁は続ける。

「でもそれは彼の本当の素の彼かなって思った。千里は何十、何百の人を束ねる組長だ。多少、強引で上から目線じゃないとやってけないと思ったんだ。俺の千里の見る目を変えたら千里はすごくやさしい人だった」
「で、好きになったのか」
「ううん。千里は1人でも戦える人だと思う。でも、千里を見てると頑張り過ぎてる感じがして。支えてやりたいなって思ったのが最初かな。なんか守ってやりたいとも思った。それに……千里が毎日、口説くんだよ。ほだされちゃったっていうのもある、かな」
「じゃあ、オレが毎日口説けばほだされるのか」
「ないよ。男を好きになるのは千里が最初で最後な気がする。克己を好きになるなら、高校の時、してたはずだから。……言い訳に聞こえるかもしれないけど、高校の時、克己と友達になれたら楽しいだろうなって思ったのはホント。だから、いてやる、千里が俺を見つけるまでは」
ぐいっと顎をつかまれキスを仕掛けられ仁は思わず克己を押しのけた。

「な、何っ」
「やる」
「は!? んっ」
克己の舌が入ってくる。
抵抗しようにも押さえられてしまう。

歯列を割り舌が絡められる。絡み合う音がする。その音を聞いて恥ずかしくなる。それで仁は腕の力を抜いた。

「縁は俺のだ……」
「違う」
「俺のだ! やっと、手に入れた」
押されてソファーに寝っ転がる体勢になる。

「そうだな、外に出すなんて馬鹿のする事だな。縁」
くすくすと耳元で克己が笑う。

「克己」
「そうやって俺の名前を呼べ」
「克己」
気を良くしたのか克己はそれ以降ソファーの上では何もしては来なかった。

それについては仁にほっとさせた。


しばらくして激しく玄関が叩かれた。
来た、と克己が呟いた。

克己が意味深に仁の顔を見てから玄関を開けに行った。

どうやってエントランス入った?
克己の声がする。

ちょうど入る人がいた。
答えたのは仁がよく知る人物の声だった。

リビングに入ってきたその人物は仁を見るなり言った。


「ほんとにいた。なんでいるんだよ、兄貴」
「あー……。遊びに来た?」
誘拐されたとは情けなくて言いたくない。
疑問系で答えれば、岳は溜息をついた。

「千里さんが許すもんか。相手は東雲組と敵対してる久遠寺組だ」
「よくわかったな、うちがヤクザだって」
克己は岳に言った。

「うすうすそうかなってな。麻人からの電話でやっぱりと思った」
麻人の電話がきっかけで岳はここに来たのだ。

「克己さん、兄貴をどうするつもりなんだ?」
「さぁな」
克己が笑う。

「岳、麻人に言え。あいつの彼女は久遠寺組組長の愛人だ」
「……やっぱり」
仁の言葉に岳は呟いた。

「なんとかする」
「なんとかできるのか、岳。俺は全力で抵抗するぜ。ヤクザ相手に何ができる」
「何もしないよりいいだろ」
岳は助けようとしている。それを感じる。
岳はいつだって冷めた目をしていた。今、岳の目にそれはない。

「岳。千里についててくれる?」
「え?」
驚いた顔で岳が仁の顔を見る。

「千里に会って、伝えて。待ってるからって」
「わかった」
力強く岳は頷いた。

岳は決して冷めてはいないのだ。ただ仁からそう見えただけなんだと岳の横顔を見て思う。

「兄貴」
真っ直ぐ見つめてくる岳の瞳には光があった。迷いというものがない。

「岳。ここで岳に会えて良かった」
「オレも」
岳は決して、仁を裏切らない。そう確信できる。

岳が側に寄ってくる。仁を引き寄せると抱きしめてくる。

「岳?」
岳の懐かしいにおいした。

「助けるから。千里さん、連れてくる」
「うん」
「絶対、帰れる。だから、諦めるな。兄貴、たまに諦めちゃう事あるからさ」
よくわかってるなーと苦笑する。

「岳」
岳の肩に額を置いて呟いた。

「岳」
「うん」
「ありがと。大丈夫、諦めない」
ぎゅっと抱きしめ返すと岳はほっと息をつく。

「岳。千歳にもし会ったら、今みたいに抱きしめてあげてくれる? きっと、安心するから」
「千歳?」
「千里の息子」
「結婚してたのか」
仁は小さく頷いた。

「みんなに会いたい。千里に会いたい」
「俺が会わせてやる。絶対」
耳元で岳は力強く言った。

岳は絶対嘘つかない。だから信じられた。

岳の瞳を覗き込む。少しだけ岳の目線が高い事に気付く。いつの間にか身長を追い抜かされたのだ。

きっともっと高くなる。そんな予感がした。

「会わせない」
克己が睨むように仁と岳を見ていた。

「仁は久遠寺組にいる。絶対にな」
「させない」
「どこまでやれるか、見ててやるよ。岳」
「……克己さん、あんたいつか足元掬われる」
「東雲にか?」
「そうだよ」
「一応、気を付けておこうか」
「気をつけるだけでいいのか?」
挑発するかのようにと岳がふんと笑う。

岳が千里を信頼しているのがわかる。千里は短時間で岳の信頼を自分のものにした。

「千里さんは克己さんが思ってるより甘い人じゃないし、隙がある人でもない」
「隙があるから仁がここにいる」
「千里のせいじゃない。それは俺が甘かったせいだ」
そうだろう。
身内だと信じて仁は雲雀を事務所に上げたようなものだ。

ヤクザ商売はまず人を疑わなければならない。
仁がここにいるのは自分の甘さが招いた結果だ。誰のせいでもなく自分が悪いのだ。

千里から離れて数日。だが、ものすごく会いたかった。千里のぬくもりが欲しいと思った。

千里の声で、仁、と名を呼んで欲しい。

かさりと仁の手の中に岳が何かを握らせる。岳の目を見れば岳は仁だけが聞こえる小さな声でお守りと言った。
そして岳は仁から離れた。

「帰る。克己さん、今度会った時は敵同士だ」
「そうだろうな。じゃあな、岳。麻人によろしく」
それには答えず岳は出て行った。

岳はこれから千里に会おうとする。一緒についていきたかった。

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