▼ 6
昨日目を向けたステンレス製のドアが電子音と共に開く。ドアの向こうは更に廊下だった。
前を歩く克己はすぐ近くのエレベーターのボタンを押した。
エレベーターが上がってくる。
ポン、と軽い音がしてエレベーターのドアが開いた。
地下駐車場に降り、近くの車へと仁は押し込まれた。
両脇に男が2人。助手席に克己。運転席にも男。
運転席にいた男は仁を拘束した男達とは違っていた。雰囲気からして違った。
普通のどこにでもいそうな大学生に見える。
「いいかげん教えてくれる? 何なの、これ。その人誰なの」
大学生風の青年は克己を横目で見て答えない克己に溜息を付くと車を発進させた。
地下駐車場から出て驚いた。場所は新宿だったからだ。
まさか自分が歌舞伎町の事務所に近い位置に自分がいるとは思っていなかった。
桐生が歌舞伎町の帰りに寄ったと言うのは頷ける距離だった。
克己が言った久遠寺のスポーツジムと言うのは、一応は警戒して嘘をついたのかもしれない。
「久遠寺」
「何?」
「どこ、連れて行かれるんだ?」
にやっと克己は笑っただけだった。
「……」
車が止まり仁が車から降りる時がチャンスだろうか。
車に乗り男達の拘束は今はない。車に乗ってからの手錠等の拘束もない。
「仁。降りる時がチャンスだなんて思うなよ」
克己の声に顔を上げるとくっと克己は笑った。
「わかりやすいんだよ、お前」
克己は仁より一枚も二枚も上手だった。というより、仁が素直なのだろう。素直で顔に出やすいのだ。
それでも克己は仁に拘束するような物はつけなかった。
本来ならつけられていてもおかしくはない。
「……わかった。逃げようなんて思わないし、しない」
約束のように言った。
「そうしてくれるとこっちも楽」
「……」
流れる景色をぼんやりみていると克己が言った。
「鎌倉」
「……え?」
「行き先」
「……そっか」
克己は仁の態度を嘘はないとしたのか、先程の答えをくれた。
「オレが住んでたマンション」
そこに連れて行かれるということなんだろう。
「高校の時、1人暮らししてた」
独り言のように克己はぽつりとそう言った。
「一度お前来たことあるんだぜ」
「久遠寺のマンションに? 覚えてない」
そんな事あっただろうか。全くもって記憶になかった。
ふと朝の寝顔を思い出す。その寝顔をずっと前に見た気がしたあれは、克己のマンションに来たことと関係あるのか。
「いつ?」
「3年の10月、文化祭の後」
「ふうん」
いつか聞けば思い出すかもと思ったが思い出せなかった。
「何しに俺、久遠寺の家行ったんだ?」
接点など殆どなかった。
「文化祭の打ち上げでお前のとこのクラスの奴が数人加わって、なし崩しな感じでうちに来た」
「あー、なんか朧気に覚えてる。あれ、久遠寺のマンションだったのか」
「そう。高校最後の文化祭だろ、誰が持ち込んだのか酒入ってて。よく教師にバレなかったよなぁ」
懐かしむような克己の声になんとなくあの頃を思い出す。
そういえば、仁もアルコールを摂取した覚えがある。だから朧気なのかと納得する。
ふと可笑しくなった。なんでこんな話をしてる?
「仁?」
「気安く呼ぶな」
強い口調で言えば怪訝な顔をした克己と目が合う。
「気安く呼ぶな。久遠寺」
「……」
こくっと克己の喉がなる。仁の不穏な雰囲気に飲まれていた。
仲良くなってはいけない。こんな話をしてはいけない。そうだろうと、自問する。
同級生であれ、克己は東雲組と敵対する久遠寺組若頭なのだ。そして自分はその若頭に捕らわれているのだ。
「どんだけ上から目線だよ。お前さ――」
青年が何か言いかけ克己に遮られた。眉を寄せはしたが青年はその後何も言わなかった。
仁。
そう呼ばれたい。千里にだ。
それから一切、仁は口を開かなかった。
高校までいた地元鎌倉。克己は藤沢に住んでいた。
マンションの前に車が止まる。車から降りて仰ぎ見る。なんとなく見覚えがある気がしなくもない。
男達が再び仁を拘束しようとした時、克己はいいと言った。
「辰巳、こいつら連れて帰れ」
「わかった」
青年の名前は辰巳と言うようだ。
車を見送って克己はマンションのエントランスへ入って行く。
「来いよ」
仁は動かなかった。今なら側に克己しかいない。
「……」
エントランスで仁を待つ克己。逃げようなんて思わないんだろ、という不遜な目で仁を見ていた。
仁は克己を目を見て歩き出す。エントランスに向かって。
ここで逃げたら、負けだ。そんな気がした。
克己の前までやって来ると克己が口を開いた。
「お前、いいわ」
仁の肩を叩きオートロックの扉をカードで開けた。
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