選択肢は心の中に









気持ちを伝えてしまった。いろいろな事情を抱える名前にとってそれが負担になるかもしれないという考えは、一瞬頭を過っただけだった。近付く死の予感を感じる名前。自意識過剰なのは分かっているが、その不安を取り払ってやれるのは、もしかしたら俺だけかもしれない、と思った。
はやる気持ちを押さえつけ、俺は名前を抱きしめたまま、答えを待った。もしかしたら一生返ってこないかもしれない、と覚悟もしつつ、返事は今度でいい、と付け足した。すると名前は俺の胸板を軽く押して体を離すと、シーツに視線を落とした。




『やっぱり駄目だ・・・マルコ、駄「根拠もねェくせに」




射抜くように真面目な瞳で見つめると、名前は今まで聞いたことのない俺の声に驚いて目を丸くした。泣きはらした目尻は淡い赤色に染まっている。俺は名前の肩を掴んで言った。
名前がもうすぐ死ぬとか、俺に迷惑をかけるとか、そんなことやってみなきゃわからないじゃないか。お前は預言者か?自分のこと何も分かってねぇくせに、えらそうなこと抜かすな。出来るとか出来ないとか、自分の都合とか可能性じゃなくて、ちゃんと自分の意思で答えろ。お前は生きてるだろい。
思ったまま、野暮ったい台詞を並べただけの言葉。名前の胸にはちゃんと届いただろうか。名前はシーツをぎゅっと握ると唇を噛み締め、再び瞳を潤ませた。




『こんなに真面目におれのこと叱ってくれた人・・・マルコが初めてだ』




両手の甲で涙をごしごしと拭う名前の手を、目が腫れる、と掴んで止めさせると、名前は困ったように笑った。
以前名前の両親の話を聞いた。母親は名前を産むときに難産の末亡くなり、父親はIT企業の社長で、わずか5歳の名前を施設に預けて逃げるように海外へ行ったらしい。今でも毎月父親からの仕送りはあるが、差出人の欄は未記入。施設からは16になれば出なければならない規則で、いま名前は独り暮らしをしているというわけだ。
今度は名前が柔らかい表情で、しかしまっすぐに俺を見た。




『おれ・・・マルコが好きだ』




バイトは夏休みが終わったらやめてしまうけど、そこで関わりがなくなってしまうのは嫌だ。
徐々に名前は顔をうつむけた。俺は再び細い体を抱き寄せると、俺もおなじだよい、と自らの気持ちも言ってやった。名前は先ほどとは違い俺の首筋に顔をうずめると、落ち着いた様子でゆっくりと背中に手を回してきた。これでやっと俺の気持ちも名前の気持ちも報われるのだ。




『ずっと一緒にいたいよ・・・』




そう言った名前は気持ち良さそうに額を首筋に押し付けると、背中に回した手でシャツを強く握った。俺は名前の頭に頬を寄せ、何度も何度も髪を撫でた。柔らかな陽の光が窓から病室に差し込む。光が俺たちを包み込み、まるで白い世界に溶けていくような不思議な感覚に、俺は思わず目をつむった。




いま、この瞬間から始まった俺たちの関係。たとえ名前が俺よりも先に逝こうが、これはたぶん、死んでもずっと続いていくと思う。根拠はないが、終わりなんかない、そう確信できた。そしてまた、名前の死が確実に近付いて来ていることも、なぜかこの時の俺にははっきりと分かった。
12時の鐘が終わりを告げるその前に、色んな思い出を二人で作っておきたい。色んな初めてを経験させてやりたい。そう思った。




「名前、キスはしたことがあるか?」




抱きしめたまま少しだけ距離をとると、俺は尋ねた。俺が初めてだといいなあ、なんて下心は隠して、もし初めてならリードしてやらなきゃ、というおせっかいを全面にアピールするつもりで。
名前は一瞬、え、と顔を強ばらせると、初めてだと視線をそらした。それが高校生にもなってまだキスを経験したことがないという事実に対しての恥ずかしさからなのか、キス事態への恥ずかしさからなのかは分からなかったが、とにかくその仕草のひとつひとつが可愛くて仕方がなかった。




「じゃあ、名前は目つむってろい」




優しく微笑んで顔にかかる男にしては長めの髪を耳にかけてやると、くすぐったそうに目を細めた名前は、緊張する、と笑った。誰でも初めはそうだと説得すると、マルコもそうだった?と尋ねられ、素直に頷いた。俺は初めてのキスのことなんかより、今のキスのことで頭がいっぱいだったのだが。
名前は少し渋った後、顔は少しだけうつむかせ、目をつむった。それを確認して、俺は名前に顔を近付ける。近くで見ると色も白くて肌も綺麗でまつげも長くて、本当に女みたいだ。薄い唇を見据え、俺も目を閉じた。そのままゆっくりと顔を近付けると、すぐに触れた唇と唇。柔らかい感触が心地いい。




しばらく唇を合わせ、その後はゆっくりと唇を離した。目を開いた名前とばっちりと視線がぶつかり、一瞬ちょっと気まずかったが、それはすぐに笑いに変わった。クスクスと可愛らしく笑う名前につられて俺も口角を上げると、名前は、ありがとう、と呟いた。何に対しての言葉かわからずに軽く首をかしげると、名前は照れたように笑う。




『おれにキスを教えてくれて・・・ありがとう』




まるで俺たちを照らす陽のように目を細めて柔らかく微笑んだ名前は、マルコの唇って意外と柔らかいんだな、と照れ隠しに自分の唇をフニフニと指で押したりしていた。
話は変わるが、実は俺は名前への告白が成功したらあることを言う決意をしていた。ダメ元で考えていたことだから良い答えは期待していない。俺は、そういえば、と話題を切り出した。




「退院したら、うちに住まないか?」




そう、つまりは同棲。名前から独り暮らしをしていると聞いたときからずっと考えていたこととは、このことだったのだ。俺も独り暮らしだし、あんまり望ましくはないが入退院を繰り返す名前にとって入院中の家賃はただの負担にしかならないだろうし、お互いの利害も一致する。そして何より、一瞬でも長く名前と一緒にいたかった。
しかしあまりにいきなりの勧誘だ。答えはいつまでも待つから、と先ほどと同じような台詞を言うと、予想外に名前は目をキラキラさせていた。




『いいのか!?おれ、マルコがいいなら一緒に住みたい!』




無邪気な表情に胸が高鳴った。なら引っ越しの準備をしないといけないな、とまるで新婚夫婦か何かの気分で家具やら荷物やらの話を始めた名前に、俺の心も踊った。
出会ってたった3週間で先輩後輩から友達へ、友達から恋人へと関係を深めてきた俺たち。二人ならどんな困難も乗り越えられる。そんな気がしていた。









選択肢は心の中に



(始めよう、新しい物語を)









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20111119


六話!
次回、二人の同棲生活は波乱万丈!?




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