自分勝手な焦燥感









恋人の話題に一気にテンションが下がった名前を連れて駅に向かい、階段に座り込んで30分。ずっと口をきかなかった名前が急に立ち上がった。先ほどとはうってかわって軽い雰囲気で階段から飛び降りると、ふう、とため息を吐く。それから俺の方を振り向くと、今度は名前が俺の腕を掴んで引っ張った。ふらつきながら立ち上がった俺を階段の下に飛び降りさせた名前は、もういつもの明るい笑顔を浮かべている。




『ごめんな』




なぜか一度謝った名前は寂しそうに笑むと、ポケットに両手を突っ込んだ。その時、今までちょっと人懐っこいただの高校生だと思っていた目の前の少年が、なんだか少しだけ大人びて見えた。それと同時に、哀愁を帯びたそのシルエットがいつもより一回り小さく見えて、俺が守ってやらなきゃ、なんてわけの分からない錯覚も起こったりして。どっちにしろこいつは俺にとって放っておけない存在なんだ。面倒だと思いながらも奴の悲しそうな顔を想像すると、いてもたってもいられなくなる。自分はこんな性格だったかなあ、と違和感を感じつつ、俺は頭をガリガリとかいた。




「頼れよい、俺のこと」




人生の先輩として、何かアドバイスをしてやれることがあるかもしれないし。そう思って言った言葉に、名前はきょとんと目を丸くすると、苦笑いをして、いいよ、と首を横に振った。誰にも言わねぇって決めたから。名前の言葉はとてつもなく重い何かを含んでいるようで、俺はそれ以上何も言えなかった。
結局その後すぐに俺たちは別れ、お互い電車で自宅に戻った。家についてからあの時の名前の“ごめんな”という言葉を思い出し、別に気にしてないと一通メールを入れておいたが、ついに返事が返ってくることはなかった。




翌日、朝から入っていたバイトに名前は顔を出さなかった。昨日のことがそんなにまずかったのか、とさすがに心配しながら仕事をしていると、突然マスターに呼び止められ、伝票をお客さんのテーブルに置くと、すぐにそちらに駆け付けた。マスターは店の隅に俺を呼ぶと、深刻そうな表情で唸った。いったい何があったのか。全く状況を理解できない俺は、ただマスターが口をひらくのを待った。しばらく頭をかかえていたマスターは、やっと俺の目を真剣な眼差しで見ると、口をひらいた。




「君は、名前くんが重い病気を持っていることをしっていたかい?」




あまりにも唐突な質問に、頭がついていかなかった。重い病気?そんなの全く知らない。
どうやら今朝名前からマスターに連絡があったらしい。名前曰く、当分バイトに出られない、と。とはいっても、学生の夏休みはあと約1週間。当分休めば夏休みは終わってしまう。とりあえず事情を説明してほしいとマスターが頼むと、かなり渋った様子の名前は悩んだ末、休まなければならない理由を軽く説明してくれたのだとか。それが、自らが重い病気を抱えているとのこと。そんなこと聞いていなかったマスターは当然驚き、もしかしたらと、詳しいことを知らないか俺に尋ねたらしいのだ。だが、俺もそんなこと聞いたことがなかった。名前が闘病しているだなんて。
俺はマスターに言われ、至急、名前に連絡をとることにした。




控え室に戻り、ケータイの電話帳を開くと、名前の番号を表示した。焦る気持ちから汗ばむ手で電話をかけ、ケータイを耳に宛がうと、すぐに呼び出し音が聞こえ、なぜだかそれだけで名前と繋がっているような気がして不安がすこし和らいだ。数回続いたコールのあと、プチッという電子音が聞こえ、次に耳に入ったのは名前のいつもと変わらない声だった。




「お前・・・!どういうことだよい!?」




“もしもし”とも言わずに、とにかく状況を説明しろ、と軽く怒鳴ると電話の向こう側の名前は、何をそんなに焦ってるんだとカラカラ笑った。こっちは心配しているというのにあっけらかんとしている本人にすこし苛立ち、爪先で地面を何度もたたく。しょうじき、どうして自分がこんなにも名前のことで焦ってるのか、不思議でしょうがなかった。




電話の向こうで笑っている名前は、大丈夫さ、とまるで他人事のようだった。でも俺は思った。名前は重い病気を抱えていて、こんなにあっけらかんとしてられるような奴じゃない。出会ってまだちょっとなのに何を知ってるんだと言われてもおかしくはないが、奴はきっと苦しいんだ。そんな名前のことを思うとなんだかいてもたってもいられなくなり、俺は衝動的に荷物に手を伸ばしていた。




「病院はどこだ?」




どうしても名前のところに駆けつけたくなった。側に行って、不安なことを全部聞いてやりたい。せめてこころの支えになってやりたい。そこには、やけに必死な自分がいた。
入院してるんだろい。そう言うと急に焦りだした名前。大したことないから来なくていいよ、とぼやくが、それじゃあ俺の気持ちがおさまらない。勝手だと言われようが迷惑だと言われようがかまわないから、とにかく会いたい。気持ちだけが俺を動かしていたんだ。




片手では電話をしながら、空いている手では身支度をした。マスターから許可はまだもらっていないが、エプロンを外して貴重品をロッカーから取りだし、鞄を掴むと、裏口から喫茶店を飛び出した。




「もう喫茶店を出てる!早く教えろ!」




自分でもびっくりするくらい苛つきを含んだ怒鳴り声は、ケータイの向こうの名前をも驚かせたらしい。一瞬言葉を発しなくなった名前は、それからしぶしぶといった様子で病院の名前を口にした。それはこの辺では一番大きくて設備が整っていると評判の病院だった。俺は病院の名前を聞くとすぐさま電話を切ってケータイをポケットに突っ込むと、電車に飛び乗った。ここからだと1時間あれば着ける。焦る気持ちをなんとか押さえ、高速で移り変わる窓の外の景色を眺めていた。が、実際どんな街並みも、ビルも、連なる家々の屋根も、何も視界には入ってこなかった。俺はただ、やけに経つのが遅い時間と進むのが遅い電車に気持ちを煽られ、時計と窓の外とを交互に見ていた。










自分勝手な焦燥感



(この感情が特別なものだということに、俺はもう気付いていた)









continue...





20111108


四話!
次回、夢主が抱えるものとはいったい・・・




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