あの日の放課後、消えてしまいそうに見えた女子は、勿論消えたりなんかしなかった。翌朝登校するあの女子を眺めて、なんであんな風に思ったのだろうと不思議に思った。解らなかったけど、ただ、何となく気になった僕は草壁に、並中に来た季節外れの転校生について、その様子を調べる様に指示をした。

草壁の話によれば、苗字名前は普通の女子生徒だった。問題を起こす事もなく、特に目立つ処もない。転校生という余所者を受け入れたクラスも、すっかり日常を取り戻し、普段通りの学校生活を送っているとの事だった。

僕の目から見ても、苗字名前はそうだった。登校時の服装検査にも引っ掛かる事もなく、遅刻もない。だけど苗字名前に関して何かひとつ注釈をつけるとすれば、ひとりでいる事が多いという事だった。転校してもう二ヶ月が経とうとしていたけれど、特に親しい友人はいないようだったし、登下校は常にひとりだった。けどそれは風紀委員長の僕にとって別にどうでも良い事だった。そして多分苗字にとっても。苗字を見ている限り、それを苦痛にしている様には見えなかったからだ。


そしてその日も、苗字はやっぱりひとりで図書室にいた。








「また君かい?苗字名前、下校時刻は過ぎてるんだけど」


僕の声に、苗字は本へと落としていた視線を上げた。入口に立つ僕を見付けた苗字は驚きを治める様に何度か瞬きし、そして辺りを見回した。壁に掛かった時計に、もうこんな時間、といつかと同じ様な言葉を口にする。そんな苗字を眺めながら、どうやらこの子は熱中すると周りが見えなくなるタイプらしい、そんな風に思った。





「すみません、直ぐ帰りますね」


二度目だったからなのか、苗字は前よりも幾分急いで帰り支度を始めた。鞄へしまおうと再び本を手にした苗字に、僕はなんとなく声を掛けた。




「その本、好きなのかい」


「え?…ああ、これは」


僕と本を交互に見遣った苗字は、本にもう一度目を落とした。その口許がゆるりと上がる。



「前の…此処に来る前の学校でも借りたんですけど、読み終わる前に転校してきてしまったので」


何が可笑しいのか、微笑みながらそんな事を言った苗字に、僕は小さく眉を寄せた。





「並中に来る前は何処にいたの?」


「いろんな処です」


「…転校したの、初めてじゃないんだ」


「そうですね」


笑みを崩さず、まるで他人事の様に話す苗字に僕は益々眉を寄せた。そんな僕に気付く事もなく苗字は本を鞄へしまった。座っていた椅子を戻し、鞄を手にした苗字は、またあの日の放課後と同じく、じゃあ、と頭を下げた。その口許には相変わらず笑みが浮かんでいる。







「待ちなよ」


低い声に、苗字は足を止めた。僕の視線を真っ直ぐに向けられた苗字はその黒くてまるい瞳を見開き息を飲む。そんな苗字に僕は口を開いた。





「施錠確認、した?」



「…あ、」



僕の言葉に苗字は気後れした様な笑みを浮かべた。その顔はさっきまでの貼付けた様な変な笑みじゃなくて、僕は初めて自分の口許が自然と上がるのを自覚した。







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101205





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